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13-2

 予定と違う──否、そもそも明確な予定すら立てていなかったリアは、隣に座ったエドウィンをちらちらと盗み見ながら途方に暮れる。

 出来るだけ、極力、頑張って想いを伝える決意はしたが、本当にそれだけだった。そこに付随する段取りなんてものは一つも思い付いておらず、目標だけが宙ぶらりんの状態。

 だから今の状況みたく、急に機会を与えられてもリアの頭は真っ白になるのみ。


「……ユスティーナ様の手伝いをされていたんですか?」

「ぶぁっ!? う、うん! さっきまで」


 飛び出た奇声についてはもはや聞き慣れたものなのか、エドウィンは気にすることなく「そうですか」と微笑む。

 そこに気まずさや白々しさは見えず、食事を進める手も滑らかだ。いつも通りなエドウィンを横目に、リアも食べかけだったサンドイッチをかじる。


「エドウィンは?」

「似たようなものです。サディアス殿下の執務を少し」


 エルヴァスティの大罪人ダグラスと、彼が掌握しているキーシンの残党を追跡する傍ら、皇太子の元には帝国に関する仕事も山積みになっている。

 ユスティーナと同様、過密なスケジュールの下で皇宮のあちこちを行き来しているとか。


「……実は昨日、またキーシンの残党が南方の村を襲ったとの報告がありました」

「えっ、だ、大丈夫だったの?」

「幸い被害は小規模でしたよ。ですが……ダグラスの姿はやはり見当たらなかったそうで」


 その村にはあらかじめ、キーシンの襲撃に備えて兵士を駐屯させていたという。おかげで多くの命が守られたのだが──各地でこう何度も襲撃が続いては、さすがのクルサード帝国も手が回らなくなってきていた。

 イヴァン王子いわく、ダグラスが帝国軍を撹乱しているのは、キーシンの民から継続して信用を得るため。恐らく本気で帝都を陥落させるつもりはないと見て良いが、かと言って奇襲を看過できるはずもなく。

 ダグラスの策略通り、帝国軍はじりじりと疲弊させられているのが現状だった。


「大公国やエルヴァスティからも、追加で応援が来ることになるかもしれませんね」

「そっか……またエドウィンも遠くに行ったりするの?」

「いえ。殿下の側近が病で倒れてしまって、しばらく代わりを務めろと言われました」


 ということはエドウィンが休息を取る時間はもちろん、こうして会える機会も増えるのかと、リアは嬉しさを隠すことも忘れて頬をゆるめる。

 上機嫌にサンドイッチを咀嚼する彼女を一瞥し、エドウィンはおもむろに片手を伸ばした。


「リア」

「なぁに……!?」


 優しい手つきでそっと顎を引き寄せられたリアは、心臓が跳ねると同時に咀嚼していたものをごくりと飲み込む。

 向かい側、それまで静かに食事をしていた護衛騎士二名が激しく咳き込み、慌ただしく視線を逸らした。

 当のエドウィンはと言えば、完食した皿を退けてテーブルに頬杖をつき、何やら思案げにリアの姿を眺めている。勿論、顎を捕らえる手はそのまま。


「ど、どうしたの?」


 触れられている箇所が熱い。加速する胸の鼓動に急かされて、何とか問いを絞り出せば、ようやくエドウィンの視線が寄越される。

 彼は顎のすぐ横、リアの三つ編みに指先を移すと、その先端に揺れる菫色のリボンを軽くつまんだ。


「これ、昨日も着けてくれていましたね」

「……あっ、そ、そうよ! エドウィンから貰ったんだった! お礼を言うの忘れてたわ、わざわざ贈ってくれてありがとう」

「いいえ、気に入っていただけましたか?」

「ええ、いつも紐で縛ってるだけだから新鮮だわ」

「それは良かった。……思った通り、よく似合っています」


 ふわりと笑みが深まれば、菫色の双眸が甘く煌めく。

 ──髪の毛、もう少し綺麗に伸ばそう。

 楽しげに三つ編みを撫でるエドウィンを見て、柄にもなくそんなことを考えてしまった自分に頭を抱えたくなる。ここまで自分が恋愛にうつつを抜かしやすい気質とは思わなかったのだ。

 とは言え、所構わず甘やかしてくるエドウィンの態度を思えば、ふわふわ浮かれてしまうのも仕方ないだろう。結局のところ心が乱れている原因は都会の美青年ではないかと、リアは一周回って憎らしい気分に陥る。


「ところでリア、皇女殿下と一体何のお話をされたのですか?」

「え!?」

「昨夜、何か勘違いされていたようなので」


 彼のやんわりとした質問に暫し思考を止めたリアは、やがてハッと口元を覆う。

 すっかり忘れかけていたが、リアは帝国の第一皇女ことアナスタシアから惚れ薬を作ってほしいと依頼されていたのだった。

 その振り向かせたい相手がエドウィンだと思い込んでしまったことで、昨日は多方面に心配と迷惑を掛けてしまったわけで。

 改めて落ち着きのない自分に反省しつつ、リアは当たり障りのない返答を口にした。

 しかし。


「あ、ええと……アナスタシア様から、その、ちょっと薬を作ってほしいって頼まれたのよ」

「薬……? ……すみません、差し支えなければ詳しくお聞きしても?」

「え。だ、駄目よ! いくらエドウィンでも、依頼者の相談内容は口外できないわ」

「リア……そこをどうか」

「……」

「……」

「そ──そんな切実な目で訴えないで! 何で知りたいの!?」


 危ない。うっかり口を滑らせそうになった。

 まず無言でじっと見詰め合うこと自体が心臓に悪い。リアが勝手に一人で満身創痍になっている間、エドウィンは未だ神妙な面持ちを維持したまま眉根を寄せていた。


「いえ……リア。想像してみて欲しいのですが」

「なに?」

「皇女殿下はサディアス殿下の従妹ですので、物事の考え方が非常に似ておられまして」

「うん」

「端的に言えば、何をしでかすか分からないと言いますか」

「……うん」

「……僕としては、リアがとんでもないことに加担させられないかと不安なのです」

「とんでもないことって何!? もう不法侵入とかは嫌よ!?」


 どういうことだ。もしやアナスタシアに揶揄われているとでも言うのだろうか。

 いやいや、女性に優しいアナスタシアがそのようなことをするはずがない──と首を振りたくなる反面、従兄のサディアスから一度騙されている身としては油断禁物である。


「そもそも皇女殿下が男装を始めたのも──」


 エドウィンは頭痛を堪えるように額を押さえていた手を、不意に離す。彼が振り向いた先には、何やら急ぎ足にこちらへやって来る兵士がいた。



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