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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
12. から騒ぎは程々に

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12-7

 扉を開けると、そこには少々驚いた様子で目を見開くユスティーナの姿があった。今の今までキーシンの秘宝についての資料をまとめていたのか、部屋のテーブルには書類が散乱している。

 慌てて出直そうとしたリアを、大巫女はすぐに引き止めた。


「リア、待ちなさい」

「ご、ごめんなさい大巫女様、やっぱり後で良いです」


 言い終えるより先に肩をそっと掴まれ、宥めるように背中を摩られる。ここへ来るまでに止まったはずの涙が、また視界を覆い始めた。

 リアの異変を一目で見抜いたユスティーナは、同行していた二人の騎士に軽く手を払う。


「そなたら、見張っておれ。誰も中に入れるな」

「はっ」


 彼らが扉を静かに閉めた後、リアは大巫女に促されてカウチに腰を下ろす。近くの椅子を引いた大巫女は、途中で思い直したようにリアの隣に落ち着いた。幼い頃から身近に感じていた、懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。

 濡れた睫毛を指先で拭ったところで、資料を片付けたユスティーナがおもむろに口を切った。


「リアが私のところへ泣き付いてくるなど久しいな。何があった?」

「……あったというか、何と言うか……私もよく分かってなくて」


 素直な気持ちを伝えると、笑い交じりの相槌が寄越される。つかえた胸を摩りながら、その先の言葉をどう表現したものかとリアは迷う。彼女は急激に湧いた苦しさを処理しきれぬまま、大巫女の元までやって来てしまったから。

 母代わりまでは届かずとも、ヨアキムと同様に幼い頃からリアが頼ってきた人だ。そんなユスティーナなら、もしかしたら──この不確かで、焦燥を伴う痛みの正体を教えてくれるかもしれないと期待して。

 しかしながらリアの口からは意味のない音ばかりが漏れ、相談の第一歩がなかなか踏み出せなかった。

 何か言わねばと逸る気持ちのまま、彼女はようやく手探りに言葉を紡ぐ。


「ええと、さっき……エドウィンに会ったんです」

「ああ、無事に帰還したようだな」

「前から手紙のやり取りもしてて、ずっと会いたかったはずなのに、あの」

「うん?」

「……に、逃げて来ちゃって」


 消え入るような声で、まとまらない思考を何とか形にしていく。

 そわそわとしだしたリアを見兼ね、ユスティーナは「何故?」と問いかけながら彼女の肩を引き寄せた。ヨアキムとはまた違う、優しい手つきで腕を摩られる。


「喧嘩でもしたか」


 その問いにすぐさま首を左右に振ったリアは、先程の経緯をぽつぽつと語った。

 皇宮の門前で、エドウィンが年若い令嬢たちに言い寄られていたこと。

 それを見て一抹の虚しさを覚えたこと。

 直後、ノルベルトから皇女と婚約するかもしれないという噂を聞いたこと。

 喉が絞まり、涙が溢れ出したこと。


 ──エドウィンの顔を見たくないと思ったこと。


「……ふむ」


 リアの頭頂部に片耳を押し当て、ユスティーナはまた静かに相槌を打った。二人はテーブルの向こう、青から茜へと変わりゆく空模様を見詰めたまま、しばしの沈黙に浸る。

 その間もゆっくりとリアの肩を撫でていた大巫女は、やがてこんなことを尋ねてきた。


「リア」

「はい」

「お前は賢い子だ。落ち着きはないやもしれんが、ものを考えることにおいては優れておる。……卿から逃げてきた理由など、私に聞かずとも分かっとるのではないか?」


 どきりと心臓が跳ね、リアは視線を落とした。三つ編みの先を彩る菫色のリボンが、彼女の動きに併せて揺れる。


「わ、分かってたら、大巫女様のところまで来てな……」

「いいや、違う。……そういえば昔、リアと同じように“分からない”と宣った奴がいたな。そやつは段々と、他人と関わる機会すら減らしていったが」


 ユスティーナが語ったのは、ある若者の話だった。

 若者は賢く、人を思いやれる器の持ち主だったが、常に他人と一定の距離を置いていたという。それは人間という難儀な生き物の特性を鑑みた、俗に言う世渡り上手とやらの範疇から少しばかりはみ出る程度だ。

 早くに親を亡くしたがゆえ、他者と親密な関係を築くことに臆病になっているのかと、ユスティーナも最初は思った。

 だがよくよく若者を観察していると、彼の抱える問題──誰にも破れぬ檻によって、厳重に閉ざされた心が垣間見えたそうな。


「自分はどうやっても、他の者と同じように生きられない。誰かと……人間と共に、長く生きていけるはずがない。──愛情など抱けば、後悔や未練しか残らぬと言っていた」

「……」

「リア。お前も無意識のうちに、そんなふうに決め付けておらぬか」


 叱るのではなく、宥めるような声音で大巫女が問う。

 瞬間、長く聞こえない振りをしていた声が、途端に大きく主張を始める。

 輪郭を露わにした感情が、涙と一緒になって溢れ出す。

 大巫女の言う通りだ。半年前に出会ってから今に至るまで、リアはエドウィンに向ける感情の正体に気付かなかったわけではない。

 ただ必死に「違う」と、その感情を存在しないものとして言い聞かせていただけ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。


「──……だって私、いつか精霊に喰われるもの」


 いつの日か忽然と消えてしまうであろう愛し子は、大切な誰かに固執するべきではないのだ。



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