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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
12. から騒ぎは程々に
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12-6

 エドウィンとアナスタシアの婚約──?

 どくりと心臓が大きく脈打つ。

 嫌な動悸に胸を押さえたリアだったが、彼女の脳内では既に奇妙な回路が繋がり始めていた。


「アナスタシア様……相手は遊び人……エドウィンがいろんな女の人に手を出して……ちっとも振り向いてくれなくて……」

「ん……んん? おい、何の話……お嬢さん一旦戻ってこい」

「でも婚約するからやっぱり両想いになりたくて、惚れ薬を……うわあああ!! そういうことだったのね!?」


 リアは頭を抱えて後ずさる。

 アナスタシアの想い人は──きっとエドウィンだ。

 先程サロンで話したときだってエドウィンの話題が多かったし、昔から親しくしているような口振りだったではないか。

 男装の麗人スターシェスとしての振舞い方も、どことなくエドウィンのそれと似ていたような気もするし。

 段々と俯いていくリアの表情を窺ったノルベルトが、ぎょっと頬を引き攣らせる。


「待てお嬢さん、今のは」

「リア!」

「ああー」


 そのとき彼女の肩を後ろから引き寄せたのは、令嬢たちの包囲網を無理やり突破してきたエドウィンだった。

 彼は物凄く気まずそうなノルベルトを怪訝な目で一瞥したが、そんな時間も惜しいとばかりにリアの頬を持ち上げ、石のごとく硬直する。

 リアは──菜の花色の瞳に、溢れそうなほど涙を湛えていた。

 まばたきを我慢して辛うじて決壊を防ぎながら、ぼやけまくったエドウィンの手を押し退ける。

 何がこれほどまでに感情を昂らせるのか、何が嫌で涙が出てくるのか、それが分からなくて余計に胸が搔き乱された。


「……部屋、戻る」

「え」


 それだけ絞り出したリアは、固まっている男二人の間をすり抜けて皇宮の中へ直行した。

 一連のやり取りを気まずさ全開で見守っていた護衛騎士たちも、それぞれに頭を下げつつ後を追ったのだった。




 とんでもなく重苦しい沈黙の後、しれっと城門から立ち去ろうとしたノルベルトの肩を、エドウィンが無言で引き戻す。

 骨が砕けそうな強さで肩を掴まれ、逃げられないと察したノルベルトはゆっくりと振り返ってみた。

 すると案の定、銀騎士の射殺すような据わった眼差しに迎えられる。


「リアに何を言ったのです」

「いやー……俺としては、ちょっとばかし焚きつけるつもりだったんだがな。銀騎士殿のためにも」

「は?」

「待て待て剣に手を掛けるな。いつもの愛想はどこに捨てて来たんだよあんた」


 このままだと軽く締められそうな気がしたノルベルトは、どうどうと怒れる青年を宥めつつ溜息をついた。


「銀騎士殿と皇女殿下が婚約するかもしれねぇって噂を、お嬢さんに話した」

「悪意で?」

「善意で──いや嘘だ、悪意が大半だ。どうせまたぎゃーぎゃー騒いで終わりかと思ってたら、予想以上の反応が来ちまってだな。ぶつぶつとよく分からんことを言い出して……あんたが遊び人に認定されていたような」

「……貴殿と関わって良かったと思えることが、今のところ宝石商を紹介していただいたことしかありません」

「辛辣だなおい」


 エドウィンは片手で額を覆うと、用は済んだとばかりに皇宮へ向かう。蛇に睨まれた蛙よろしく緊張していたノルベルトが、後方で胸を撫で下ろしていることを知りつつ。


 ──……部屋、戻る。


 低く沈んだ声、合わない視線。瞳に溜まった涙や、突き放すように手を押し退けられた瞬間が何度も頭の中で再生され、エドウィンは思わず小さく唸ってしまった。

 リアの故郷であるエルヴァスティ王国を離れて数か月。手紙のやり取りしか出来ぬ状況下、彼女と交わす他愛ない話に嬉しさを覚える反面、常に物足りなさを感じながら過ごしてきた。

 だからこそ、青空を背負って現れたリアの元気な姿に、ついさっき多大な驚きと喜びを覚えたというのに……一気に崖から蹴り落とされたような気分だ。

 自分は特別に間が悪いわけでもないはずだが、あんまりではなかろうか。


「おやゼルフォード卿、おかえりー…………五人ぐらい殺してきたのかな?」


 ひとまず帰還報告はせねばとサディアスの元へ向かうや否や、そんな言葉を投げ掛けられる。

 自分が相当ひどい顔をしていることを知りつつも何一つ気の利いた返しが思いつかず、エドウィンは取り敢えず頷いてしまった。

 周囲が騒然となる一方、彼の頭が働いていないことを察したサディアスだけが適当に笑う。


「ご苦労様。報告なら同行した騎士から聞いたよ」

「左様でございますか」

「あ、そういえば今朝オーレリア嬢が到着したんだ。良いねぇ、僕なんてイネスから手紙の返事すら来ないのに。ここまで相手にされないと逆に興奮してくるよ」

「殿下……」


 爽やかな笑顔で新しい扉を開こうとしている皇太子を見て、ようやくいくらかの冷静さを取り戻したエドウィンであった。



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