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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
12. から騒ぎは程々に

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103/135

12-5

 晴れ渡った青空の下、輝く白亜の大神殿を視界の端に捉えながら、リアは皇宮の城門までやって来た。

 イーリル教会の総本山である建物には、今日も多くの人々が祈りを捧げに訪れている。観光地として有名なだけあって、皇宮と同じぐらい抜きん出て美しい外装だ。

 全体的に古びた印象が強いメリカント寺院とは、また違った荘厳さを感じさせる。


「……オーレリア様、あちらに」


 ぼけーっと目を奪われていたリアは、護衛の一人に呼ばれて振り返る。

 するとちょうど、城門の広い階段を下りた先に複数の馬が駆けてきた。跨るは外套と軽鎧に身を包んだ騎士たちだ。

 その先頭、身軽な動きで鞍から降りた青年に、リアの視線が吸い寄せられる。

 騎士たちと言葉を交わす横顔は涼しげで、伏しがちな瞼が少しの冷たさを彼に纏わせていた。


「……エドウィン!」


 不思議と声が引き攣ってしまった。呼びかけた後になって、速まった胸の鼓動がリアの緊張を知らせる。

 じわりと首筋から熱が上がってくると同時に、階段下で藍白の髪が風に靡いた。こちらを見上げては菫色の瞳に驚きを滲ませた彼は、やがて蕾がほころぶような笑みを浮かべたが。


「リア──」

「エドウィン様ーっ!」


 久々の再会をぶった切ったのは、きらびやかなドレスを着た見知らぬ少女たちだった。

 エドウィンの横から後ろから、果てには皇宮の中からも現れた乙女の群れは一目散に彼の元へ駆け、生じた凄まじい風圧がリアの黒髪をぶわっと煽る。

 一体どこに待機していたのかと目を剥いている間にも、彼女らは持参したバスケットを掲げて我先にと声を上げた。


「エドウィン様っ、お帰りなさいませ! お疲れではありませんこと!?」

「此度は北の方へ赴かれたとか……!」

「わ、わたくし出発前に刺繍をお渡しした者です! 覚えておられますか!?」

「エドウィン様」

「エドウィン様ーっ!」


 あまりの勢いに圧倒されていると、一足先に我に返った護衛騎士がリアに声を掛ける。


「オーレリア様、お怪我は……」

「……あ、大丈夫です……ええと、あの人達は?」

「未婚の令嬢がたです。ゼルフォード卿が皇宮に滞在するようになってから、日に日に迎えや出待ちが増えていまして」

「出待ち」


 やっぱりエドウィンもアナスタシアと同じで歌劇役者なのだろうかと、(せん)のないことを考えてしまったリアは階段下の人だかりを見下ろした。

 溢れ返る令嬢たちのおかげでエドウィンの姿は完全に埋もれてしまっている。彼女らは皆、ただのみいはあでエドウィンに群がっているわけではないのだろう。

 ──あれは彼を将来の結婚相手と見なし、欲しているからこその行動だ。

 そんな激烈な競争を勝ち抜いた令嬢が、いつか伯爵夫人としてエドウィンの隣に立つわけで……。


「…………」


 リアは眉間に皺を寄せて黙りこくってしまった。

 また胸の辺りがもやもやとして、呼吸がしづらくなる。おかしい。彼が女性の視線を掻っ攫う場面は何度も見ているはずなのに。

 意識して息を吸い込み、吐き出すと同時にリアは踵を返した。

 護衛の二人がそわそわと顔を見合わせていることなど露知らず、彼女は心なしか重い足を引き摺って皇宮の中へ戻ろうとしたのだが。


「おっと、これは意外な奴に出くわしたな」

「ぎゃあー!?」


 視界に大きな靴の爪先を捉えたときには、既に体を抱きすくめられていた。腹の底から絶叫を上げたリアに、彼女を拘束した男はくつくつと笑う。

 弾かれるように顔を上げれば、眼帯姿の美丈夫がリアを迎えた。


「相変わらず色気のない。久しぶりじゃあないか、お嬢さん。まさか皇宮で会うとは」

「うわ、ノ……ノルベルト、さん様」

「適当に敬うな」


 べドナーシュ共和国の元老院議員ノルベルト・フォルティーン。大公国の国立図書館で破廉恥な現場を目撃したことがきっかけで知り合った──破廉恥な男である。

 彼の親しい友人が精霊にかどわかされてしまい、ノルベルトは残された家族のためにその行方を追っていた。今日は、彼が豊穣の女神クロリスが住まう森へ向かって以来の再会となる。

 彼もキーシンの件で皇帝の招集に応じたのだろうかと呆けたのも束の間、リアはがっちりと背中を引き寄せる腕から抜け出そうともがき始める。


「ちょっと、もう何で抱き締めるのよ。放して」

「お嬢さんのおかげで精霊の森から生還できたんだぜ? 感動の再会だ」

「え?」


 ノルベルトは片手でリアを抱いたまま、懐から小瓶を取り出した。それは餞別にとリアが握らせたものと同じだが、中に入っているのは彼女の髪ではなく。


「……それ……ピアス?」

「ああ。クロリスの森の奥地で見付けた……あいつの遺品ってところだ」


 ノルベルト曰く、このピアスが落ちていた場所には不自然なほど多くの花が咲いていたという。それまで薄暗かったはずの森に陽光が射し込み、立ち込めていた霧の代わりに蝶が舞う、幻想的かつ本能的な恐怖を引き起こす神域だったと。

 途中、背筋を撫でるような寒気に襲われ、彼が咄嗟にリアから貰った小瓶を投げると──。


「精霊ってのは本当にとんでもないねぇ。お嬢さんの髪を一瞬で喰っていったよ」


 愛し子の髪を食して満足したのか、それを機に異様な冷気は鳴りを潜めた。

 その隙にノルベルトは友人のピアスを回収して森を脱出し、二つあったうちの一つを故郷の家族に渡したという次第だった。

 一連の経緯を静かに聞き届けたリアは、小瓶の中にあるピアスを一瞥し、ゆるやかな笑みを浮かべる。


「見付かって良かったわ。あなたも五体満足で安心した、腕ぐらい味見されちゃったかと」

「そりゃ味見で済む話か……? ま、とりあえず一件落着だ。お優しい精霊術師様には感謝しなきゃな。何か欲しいもんあれば言ってみろ」

「いいわよ別に。お礼ならもう貰ったし」

「欲がないな。なら……」


 やれやれとかぶりを振ったノルベルトは、思案げに顎を摩り、ちらりとリアの後方に視線を遣った。


「なに?」


 リアが釣られて後ろを振り返ろうとしたその時、無防備な頬にやわらかな感触が押し当てられる。

 それがノルベルトの唇であると気付くまでに、少し時間が掛かった。

 固まること数秒、かっと熱くなった頬を押さえてリアは飛び退く。


「んぎゃあ!? ちょっと何すんの!」

「あー怒るな怒るな、エルヴァスティには友好のキスって文化はないのか? 銀騎士殿だって腐るほどやってんだろ、いろんな女に」

「え、はっ……!? いろんな女の人に……ほっぺチューしてんの!?」

「ほっ……そういや銀騎士殿と言えば、最近面白い噂があってだな」

「う、噂って……?」


 噴き出す寸前で堪えているノルベルトと、背後から大股に迫る足音に気付かぬまま、リアは恐る恐る噂話について尋ねた。

 そうして軽薄な口調で語られた内容は、彼女の思考をあらぬ方向へ吹っ飛ばしたのだった。


「銀騎士殿がアナスタシア皇女殿下と婚約するんじゃないか、ってな」



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