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8.看病する侍女

「……うぅ……」

 朝、目を覚ましたルーカスは、身体がやけに怠い事に気付いた。何だか熱っぽいような気もする。


 またか、とルーカスは溜息をついた。

 心当たりは一昨日の夜。自分の部屋を抜け出して、王宮の庭園に行っていた事で、身体を冷やしてしまったのだろう。昨日、若干寒気を感じていたのは、ブライアンを容易に凌ぐルナの実力を目の当たりにしたから、という理由だけではなかったのかも知れない。少しでも無理をすれば寝込む羽目になるこの身体が、ルーカスは恨めしかった。


「失礼致します、殿下」


 ノックの音がして、ルナが部屋に入って来た。何とかして起きなければ、またルナに抱き上げられてしまうに違いない。せめてこんな日くらいは勘弁して欲しい、とルーカスは眉を寄せる。


「殿下? ……失礼致します」

 断りを入れるルナの声と共に、額にひやりとした手が触れた。


「……熱があるようですね。すぐに先生をお呼び致しましょう」

 何も言っていないのに、一目で自分の状態を見抜いたらしいルナの後ろ姿を、ルーカスは目を丸くして見送っていた。


 ルナが呼んで来たジェイソン・トルーマン医師の診察によると、ただの風邪だろうとの事だった。言われるままに薬を飲んで、大人しくベッドに横になる。少しの間、眠気に襲われてうとうとしていたが、ふと目を覚ますと、枕元にはルナの姿があった。


「お目覚めになりましたか?」

 額に置いていた布を取り上げ、冷水に浸して絞るルナを、ルーカスは驚きの目で見つめた。


「お前……、もしかして、ずっと付いていてくれたのか?」

「はい。そうですが」

 平淡な声で返答したルナは、再び額に布を乗せる。その心地良い冷たさに、ルーカスは息を漏らした。


 子供の頃から身体が弱かったルーカスは、しょっちゅう熱を出して寝込んでいた。広い自室で一人で寝ていると、どうしても気が滅入ってしまう。侍従達が定期的に様子を見に来たり、今は亡き兄達が、忙しい合間を縫ってお見舞いに来てくれたりする事もあったが、ずっと付きっきりで看病してくれるのは、ルナが初めてだった。


「……変わっているな、お前」

「何がでしょうか?」

 ルーカスの呟きに、ルナは小首を傾げる。


「他に仕事とか無いのかよ。今までの奴らは、俺が寝ている間に、隣の居間を掃除したり、俺の食事の打ち合わせに行ったりと、別の仕事をしていたぞ」

「殿下がお望みであれば、そのように致しますが。私は、私がして欲しかった事をしているだけでございますので」


 その返事に、ルーカスはそっとルナを見上げた。ルナは相変わらず感情の読めない無表情で、じっとルーカスを見下ろしている。


「……お前も、寝込む事とか、あったのか?」

「はい。子供の頃は、何度も」

「……そうか」


 それなら、一人で寝込む心細さ、虚しさを、ルナも知っているのかも知れない。ルナの優しさがじわじわと心に沁みてきて、ルーカスはルナを少し身近に感じると同時に、徐々に罪悪感が湧いてきた。

 夜に部屋を抜け出して庭園に行っていたのは、カエルやムカデを集めてルナに嫌がらせをする為だ。それで身体を冷やして風邪をひいてしまったとなると、完全に自業自得だろう。それなのに、ルナはずっと自分に付き添ってくれている。ルナからして見れば、あれは嫌がらせだと認識していなかったようだし、付き添いも仕事の一環なのかも知れないが、今はその気遣いが、ルーカスには有り難かった。


「いくら子供の頃とは言え、お前が寝込む所とか、想像できないけどな」

 照れ隠しに視線を逸らして言いながら、ルーカスはルナの子供時代が気になった。


「なぁ、お前はどんな子供だったんだ? ……いくら平民の出とは言え、ミミズを食べるなんて、普通じゃないよな?」

「……私の子供の頃の話など、何一つ面白い事はありませんよ」


 変わらず無表情で、平淡な声色で答えるルナ。だが、その目が昏いように見えるのは、気のせいだろうか?


「そうなのか? 俺は気になるけどな。どうやってあんな武術を習得したのか、とか」

「私のような者の過去にご興味をお持ちになるなど、殿下も相当変わっておられますね」

「いや、お前程じゃないだろう!」


 呆れたような視線をルナに送られ、思わず大きな声を出したルーカスは、咳き込んでしまった。ルナに背を向けて咳をしていると、優しく背中を撫でる手の感触がする。落ち着いたルーカスが再び仰向けになると、ルナは毛布を引っ張り上げて整えてくれた。


「少し水分を摂られますか? 宜しければお食事も用意しておりますが」

「いや、今はいい。……また少し寝る」

「そうですか。それではごゆっくり」


 先程飲んだ薬の効果なのか、ルーカスはまたうつらうつらとしてきた。だが、寝ると宣言したのにもかかわらず、ルナは枕元から動く気配が無い。どうやら、このまま付き添い続けてくれるつもりらしい。額に冷たい布を乗せ直し、乱れているのであろう髪を優しく撫でて整えてくれる手に、どんどん気が緩んでいく。


(……意外と優しいんだな、こいつ)


 嫌っていた筈の相手なのに、今は妙にこの空間が心地良く、安心できるような気がするのは……、僅かでも、この侍女に親近感を覚えたからだろうか?

 そんな事をぼんやりと考えながら、ルーカスは再び微睡んでいった。

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