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7.戦慄する王子

「おい、ブライアン。お前の妹は一体何者なんだ?」

 その日、稽古の休憩中に、ルーカスはブライアンに尋ねてみた。


 ゴードン伯爵家の養女であるルナは、いくら平民の出とは言え、普通の令嬢とは余りにも違い過ぎる。敵を倒すにはまず敵を知る事からだ、とか何とか授業でセバスチャンが言っていた事もあり、ルーカスはルナの情報を集めてみる事にしたのだった。


「何者、と訊かれましても……?」

「あいつはどういう経緯で、ゴードン伯爵家の養女になったんだ? お前なら知っているだろう?」

 戸惑った様子のブライアンに質問を重ねると、ブライアンは困ったように眉を下げた。


「実は、私もルナの過去の事は、詳しく聞かされていないのですよ」

「え、そうなのか?」

 てっきり、ルナの義兄であるブライアンに訊けば分かるだろう、と思っていたルーカスは、拍子抜けしてしまった。


「はい。五年前、父が急にルナを家に連れて来て、養女にする事になったと宣言しまして。驚いて詳細を尋ねても、色々と事情があるだとか、お前は知らなくても良い事だとか、適当にはぐらかされてしまいましたもので」

「……お前、よくそれで納得したな……」

 ルーカスが呆れながら口にすると、ブライアンは苦笑を浮かべた。


「まあ、当時のルナは、訳有りだという事は一目瞭然でしたからね。まだ十歳の少女だと言うのに、無口で無表情。その癖、戦闘時の眼光だけは異様に鋭い、武芸の達人でしたから」

「ぶ、武芸の達人?」

「ええ。父もその腕を見込んで、養女にした面もあったのではないかと、容易に推測できるくらいには。私はルナよりも四歳年上ですが、それでも一度も勝てた事はありませんしね」

「お、お前が一度も勝った事が無いのか!?」

 ルーカスはあんぐりと口を開けた。


 ブライアンは、僅か十九歳にして、第一騎士団長の地位を任される程の実力者だ。騎士団の中でも、総帥であるゴードン伯爵に次ぐ腕前を持つ。


(そのブライアンが、ルナに一度も勝った事が無い……!?)


「今では大分私達にも心を開いてくれるようになりましたが、それまでは本当に父にしか懐いていませんでしたからね。ルナの過去に何があったのか、彼女が話したくないのであれば、無理に聞き出す必要は無いだろうと思いまして。そういう訳で、私もルナの過去については、よく知らないのですよ」

「そ……そうか。だけど、一度も勝った事が無い、と言うのは冗談だろう? あいつが只者じゃなさそうなのは分かるが、いくら何でも、お前ならあいつに勝てるんじゃ……」

「では、お見せしましょうか? ルナの実力を。父からは口外するなと言われておりますが、ルナがルーカス殿下付きの侍女になった折に、殿下には何か訊かれたらお教えしても良いと言われましたので」


 そう言うと、ブライアンは訓練所の隅に控えていたルナを呼び、部下に人払いを命じて、三人で室内訓練所に足を踏み入れた。

 騎士団員達は今日みたいに晴れている日は基本的に屋外で鍛練するが、雨が降った時等の為に、訓練所の片隅にある事務棟の一階部分が室内訓練所として使用されているのだ。


「ルナ。久々に俺に稽古をつけてくれ」

「……まあ、構いませんが……。ルールは如何致しますか?」

「何でも有りの実戦形式だ。武器が必要なら、用意するぞ?」

「いえ、私はこのままで構いません」


 室内訓練所の壁に掛けられている、練習用に刃を潰した剣を構えるブライアンに対し、ルナは侍女服で丸腰のままだ。これではブライアンが圧倒的に有利ではないかと思いつつも、対峙する二人から距離を取ったルーカスは、固唾を呑んで見守る。


「行くぞ!」


 掛け声と共に鋭く踏み込み、瞬時にルナとの距離を詰めたブライアンは、勢い良く剣を振り下ろす。並の騎士なら、その早業を躱す事も儘ならず、その重い斬撃を剣で受け止められるかどうか、と言った所だろう。

 だがルナは難なくそれを躱しながら一瞬でブライアンの背後に回り込み、左腕をブライアンの首に巻き付け、何処からか取り出した針をブライアンの喉元に突き付けていた。


「……相変わらず見事な腕前だな、ルナ」

「お兄様こそ。また腕を上げられましたね」

「お前に言われても実感が湧かんな」

 ブライアンを解放したルナを、ルーカスは愕然として見つめる。


(な……何なんだ、今のは!?)

 あのブライアンが、ルナにはまるで歯が立たなかった様子を目の当たりにして、ルーカスは改めて、ルナに戦慄を覚えた。


「殿下も、これでご満足いただけましたか?」

 急にルナに話を振られ、ルーカスは飛び上がらんばかりに驚いた。


「な、ななな、何の事だ!?」

「兄とこそこそとお話をなさった後、急に兄に稽古を申し込まれたものですから、私の実力をお知りになりたかったのかと思いましたが……違いましたか?」

「あ、いや、そうだ、うん」

 しどろもどろに返事をしながら、ルーカスは思わず後退ってしまった。


「ルナ、折角の機会だから、もうちょっと稽古に付き合ってくれよ。ああ、ルーカス殿下も如何ですか?」

「い、いい! 俺は見ているだけで!」


 ルーカスは思いっ切り首を横に振りながら叫んだ。

 何が悲しくて、自分がまだ勝った事も無いブライアンですら一度も勝てないルナと対戦しなければならないのだ。たとえ試合でも御免被る。


 小一時間程して、三人は室内訓練所を後にしたのだが、いつもと全く変わらない様子のルナは兎も角、何故か酷く疲れ果てた様子のブライアンと、青褪めた顔を盛大に引き攣らせているルーカスに、その場に居合わせた騎士達は首を傾げるのだった。

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