63.想いを告げる侍女
ルーカスとルナの婚約披露パーティーは、盛大に執り行われた。ヴァイスロイヤル国内の全ての貴族が招かれ、王宮の大広間は大勢の人々で溢れ返っている。
「やはりルナ様が王太子妃になられるのですね! ルーカス殿下の想いが叶って、何よりですわ!」
「優れた令嬢方が集められた試験でも、全科目でルナ嬢が一番だったそうだぞ」
「ルーカス殿下も初恋が実って、さぞ嬉しいでしょうなぁ」
集まった人々がこぞって二人の婚約話で盛り上がる中。
「……流石に人が多過ぎて、うんざりするな」
「できればもっと簡素なものにしていただきたかったのですが……」
主役二人は、揃って引き攣った表情を浮かべていた。
「何を言っている。王太子の婚約という慶事は滅多に無いんだぞ。盛大に祝わなくてどうする」
ジェームズに指摘された二人は、仕方ないとばかりに溜息を吐き出すと、気合を入れて顔に笑みを貼り付けた。
「この度はご婚約、おめでとうございます」
「お二人のご婚約、心よりお祝い申し上げますわ」
「これでヴァイスロイヤル国も益々繁栄する事でしょう。誠におめでとうございます」
入れ替わり立ち替わりやって来る貴族達の長い挨拶が終わる頃には、二人はすっかり疲弊していた。
「やれやれ、やっと終わった……」
「流石に疲れましたね……」
周囲にバレないよう、こっそりと溜息をつく二人。
「ルナ様、ご婚約おめでとうございます」
声に反応して、即座に淑女の笑みを貼り付けたルナが振り返ると、そこに立っていたのは緊張した様子のブリアンナだった。
「先日は大変失礼を致しました。誠に申し訳ございませんでした。それなのに、あのように庇ってくださって、本当にありがとうございました」
「……何の事でしょう?」
ルナが小首を傾げると、目を真ん丸に見開いたブリアンナは、やがてフッと笑みを漏らした。
「……ルナ様には敵いませんわね。お二人のご婚約、心からお祝い申し上げますわ」
「ありがとうございます、ブリアンナ様」
丁寧にお辞儀をしたブリアンナは、小声でルナに耳打ちする。
「あの時のルナ様は、まるで王子様みたいで、本当に格好良かったですわよ」
何処かで聞いたような台詞だな、とルナが乾いた笑みを浮かべている間に、ブリアンナは楽しげな笑顔を見せながら去って行った。
「ルナ、この後のダンスは踊れそうか?」
「問題ありません。精神的にはとても疲れましたが、体力は有り余っていますので」
ルナの力強い返事に、ルーカスは微笑んで手を差し伸べた。
「なら、是非一曲お相手を」
「はい。喜んでお受け致します」
ルーカスのエスコートで大広間の中心に進む。二人の息の合ったダンスに、周囲からは感嘆の溜息が漏れた。
「ルナ、見事なダンスだったぞ」
ダンスが終わると、オースティンとマリア、ブライアンが二人を迎えてくれた。マリア以外の二人は、心なしか気疲れしているように見える。
「オースティンか。お前達も、今日は挨拶に来る連中が多くて大変だっただろう」
「はい。とは言っても、ルーカス殿下程ではありませんが」
互いに労うルーカスとオースティンを尻目に、周囲に視線を巡らせたルナは、目的の人物を見付けた。相手もタイミングを計っていたようで、さり気なくこちらに近付いて来る。
「ルナ様、ご婚約おめでとうございます。相変わらず素敵なダンスでしたわ」
「アリシア様にお褒めいただけるなんて、光栄ですわ。その節はお世話になり、ありがとうございました」
ルナと親しげに話す公爵令嬢に、ルーカスとゴードン一家の視線が集まる。
「アリシア様、家族を紹介致しますわ。父オースティンと母マリア、兄のブライアンです。こちらはアリシア・モラレス公爵令嬢。試験の時に親しくしてくださいましたの」
「アリシア・モラレスと申します。どうぞお見知り置きください」
完璧な淑女の礼を取るアリシアに、ゴードン一家の目が和らいだ。
「そうでしたか。娘がお世話になりましたようで、感謝致します」
「いいえ、大した事はしておりませんわ。私の方こそ、ルナ様に親しくしていただいて感謝しておりますの」
オースティンと話すアリシアは、何処となく嬉しそうに見える。アリシアの視線がオースティンの胸筋や二の腕の辺りを彷徨っているように見えるのは気のせいだろうか。
「お兄様。アリシア様は、以前からお兄様と一度お話しされてみたかったそうですわ。折角ですから、一曲踊って来られたら如何ですか?」
「え!?」
「ル、ルナ様!?」
あまりにも単刀直入なルナに、慌てたアリシアがルナの耳元に口を寄せる。
「ルナ様、私は確かにご協力をお願い致しましたが、これではあまりにも明け透け過ぎるのでは……!?」
「女っ気が無くて鈍感な兄に対しては、これくらいが丁度良いと思いますわ。下手をすれば一生アリシア様のお気持ちに気付かないままかも知れませんもの。少し意識させる事ができればしめたもの。単純な兄の事ですから、後は勝手に向こうから転がり落ちて来てくれると思いますの」
「ほ、本当でしょうか……?」
「では頑張ってくださいませ、アリシア様」
女同士、ひそひそと小声での会話が終わった所で、ブライアンがおずおずと切り出した。
「あの……では、私と一曲踊っていただけますか? アリシア嬢」
「ええ、喜んで」
恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、アリシアはブライアンの手を取った。
「あらまあ、ブライアンも隅に置けないわね。あんなに美しいご令嬢に気に留めていただいていたなんて」
移動する二人を見送りながら、マリアは目を輝かせてオースティンに話し掛けている。
「いつも鍛練してばっかりの、あのブライアンが何時の間に……。ルナ、アリシア嬢はブライアンの何処が良かったんだ?」
やはり同じ疑問をもったらしいルーカスがルナに尋ねる。
「筋肉だそうです」
「え?」
ルナの答えに、ルーカスは目を点にした。
「アリシア様曰く、分厚い筋肉を持つ殿方は魅力的で、いざという時に絶対に守ってもらえそうな安心感があるのだとか」
「ル……ルナも、そう思うのか?」
自分の力こぶを確認し、不安げに尋ねてきたルーカスに、ルナは即答する。
「いいえ。私はルーカス殿下の、貴賤を問わず命を大切になさる姿勢に惹かれましたので。筋肉があろうとなかろうと、ルーカス殿下が私にとって唯一の、お慕い申し上げる殿方です」
はにかんだように頬を染め、笑顔を見せるルナに、ルーカスは顔を真っ赤にした。
(ルナが、俺に惹かれたって……! 俺の事を唯一慕っているって……!!)
初めてルナに想いを告げられ、ルーカスは天にも昇る気持ちになる。
「それに、私は殿方に守られる必要はありません。寧ろ、私がルーカス殿下をお守り致しますのでご安心ください」
「いやそういう問題じゃない!」
胸を張って自分を守ると宣言するルナに、男心が分からないのは相変わらずか、とルーカスは頭を抱えるのだった。




