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62.幼馴染と侍女

 正式にルーカスの婚約者になったルナは、王太子妃教育を受けるという名目で、そのまま王宮に留まる事になった。とは言え、既に必要事項を習得済みである事は試験で証明されているので、実際はルーカスの右腕として、実務で経験を積み重ねている所である。


「ルーカス殿下。こちらの書類に御目通しの上、捺印をお願い致します」

「ああ、分かった。ありがとうルナ。そこに置いておいてくれ」


 仕事が一段落し、ルナが小休止していると、紅茶を差し入れてくれたジュリアンが、心底ほっとした様子で口を開いた。


「ルナ様が来てくださって、本当に助かっています。ルーカス殿下のお仕事も、大幅に効率が良くなりましたし、何よりもルーカス殿下のご機嫌がずっと良いですし」

「当たり前だ。ルナは有能だからな。資料を持って来るよう頼めば、資料室を何往復もするようなお前とは違う」

「そ、それはルーカス殿下が、後からあれも見たいこれも確認したいって仰るからで……」

「ルナは予め要りそうな資料を全部持って来てくれるぞ」

「すみません。僕はまだ経験が浅いですから」


 ルーカスに指摘され、しょぼんと項垂れてしまったジュリアンを見遣りながら、ルナはジュリアンが淹れてくれた紅茶に口を付けた。


「この紅茶、とても美味しいです。ルーカス殿下のお好みの淹れ方を、頑張って習得なさったのですね」

「は、はい! そうなんです! ありがとうございます!」


 ルナが微笑むと、ぱあぁっと表情を明るくするジュリアン。何となく、ルナは子犬を連想する。


「ルナ。他の男に微笑むな。変な虫が寄って来るだろう」

「僕は虫じゃありません。それに、ルナ様がちょっと微笑んでくださっただけで睨むだなんて、ルーカス殿下のお心が狭過ぎるように思うのですが……」

「煩い。ルナの笑顔は貴重なんだよ」

「そんな事だと、明日の婚約披露パーティーが思い遣られますよ? 基本的にルナ様はずっと微笑んでらっしゃらないといけないと思うので」


 ジュリアンの言葉に、ルーカスだけでなくルナも一緒になってゾッとした。

 正直に言うと、面倒臭い。面倒臭過ぎる。表情筋を酷使し過ぎて、翌日筋肉痛になるのが目に見えるようだ。


 明日が少しばかり憂鬱になりながらも、一日の仕事を片付けてルーカスと共に夕食を摂り、部屋に戻る。ルーカスと結婚したら同じ寝室を使う予定だが、今はまだ婚約段階なので、部屋は別々だ。

 入浴を済ませてエマが退室し、ベッドに入ろうとしたルナは、ふと感じた覚えのある気配に目を見開いた。と同時に、天井裏から人影が降って来る。


「レイヴン様……!!」

 部屋に降り立ったレイヴンは、真っ直ぐにルナを見据えた。


「……久し振りだな、ルナ」

「お久し振りです、レイヴン様。死罪が決まった、と伺っていましたが、脱獄されて来たのですか?」

 戸惑いつつも、警戒心を露にしながら尋ねるルナに、レイヴンは首を横に振る。


「王太子の進言を、国王が聞き入れた。俺は表向きには死刑に処せられる事になったが、実際は、今後王太子に仕える事を条件に、秘密裏に助命された」

「そうだったのですか……」


 安堵したルナの表情が綻ぶ。人の死を厭うルーカスもこれで安心するだろうし、自分としても、唯一の幼馴染を失わずに済んで喜ばしい。


「……それは良かったのですが、レイヴン様が秘密裏に生存されている事を、私が知っても良かったのですか?」

「お前は俺の気配を感じられるだろう。隠していても意味が無い」

 それもそうか、とルナは一人納得する。


「そんな事よりも……、お前、本当にこのまま王太子妃になるつもりなのか? 恩を感じている王太子からの求婚を断り切れず、周囲に流されているだけじゃないのか?」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるレイヴンに、ルナは目を丸くした。


「今ならまだ間に合う。お前が『本当は嫌だ』と言うのなら、俺がお前を連れて逃げてやる。たとえ追手がかかった所で、俺とお前なら容易く逃げ切れるだろう」

 レイヴンが差し伸べてきた手を、ルナは呆然として見つめる。


「ルナ、王太子妃になりたくなければ、俺の手を取れ。俺が必ずお前を守り抜いて、逃げ切って見せる」

 真剣な表情で見つめてくるレイヴンに、ルナはゆっくりと首を横に振った。


「私は、ルーカス殿下をお慕いしています。そしてルーカス殿下も、私を望んでくださいました。人に言えない過去を持つ私が、王太子妃に相応しいのか、今でも自信はありませんが、私は私の意志で、ルーカス殿下と生涯を共にしたいと思っております」


 薄っすらと頬を染め、真っ直ぐに見つめ返してくるルナに、レイヴンは息を呑んだ。

 子供の頃は、ずっと死んだ魚のような目をして、命令に淡々と従っていたルナ。だけど今のルナの瞳には、強い意志が宿っている。自分の主張をはっきりと口にするルナを目の当たりにして、レイヴンは力無く笑みを浮かべた。


(ルナをこんな風に変えたのは、あの王太子か……)


 心を失い、命令に従うルナを当然だと思っていた自分と、ルナが失っていた心を、取り戻させたルーカス。

 力には絶対の自信を持っていた自分を、自らの結界魔法で無力化させ、更には敵対していた筈の自分の助命を国王に嘆願したルーカス。

 ……自分が敵わないのも無理はない、とレイヴンは自嘲した。


「……そうか。なら、俺は幼馴染として、お前を祝福しよう。これまで命を奪ってきた人々への贖罪の為にも、大人しく王太子に仕えながら、お前を見守っていてやる。……幸せになれよ、ルナ」

「ありがとうございます、レイヴン様」


 締め付けられるような胸の痛みはおくびにも出さず、嬉しそうなルナの笑顔を目に焼き付けて、レイヴンは再び天井裏へとその姿を消して行った。

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