61.祝福される二人
「皆様、一ヶ月に渡る選抜試験、お疲れ様でした」
遂に王太子妃選抜試験の全日程が終了し、令嬢達は謁見の間に集められた。国王に王太子、そして国の重鎮達が居並ぶ中、宰相のジェームズが厳かに告げる。
「王太子妃選抜試験の成績を基に重臣達と話し合いを致しました結果、正妃はルナ・ゴードン伯爵令嬢に決定致しました」
「何ですって!?」
悲鳴に近い声を上げたのはブリアンナだ。
「納得できませんわ! 私達よりも多少出来が良いからと言って、元平民風情が王太子妃になるだなんて……!」
「多少、ではありません。ルナ嬢は全ての科目において一番の成績を収められています。反対していた方々が皆納得せざるを得ない、素晴らしい成績をね」
「そんな……! そんな事って……!!」
ジェームズに即座に反論され、わなわなと全身を震わせていたブリアンナは、鬼のような形相でルナを睨み付けた。
「きっと、何か裏があるに違いありませんわ!! そうよ、この女が何か不正を働いて点数を稼いだに決まっています!! そうでなければ、この私が元平民に負ける筈がありませんわ!!」
「少しは落ち着かれたらどうなのですか? ブリアンナ様。不正などできる余地が無かった事は、同じ試験を受けている私達が一番良く分かっているのではなくて?」
頭に血が上った様子のブリアンナを、真っ先に窘めたのはアリシアだった。
「教養試験は口述、討論が主でしたし、筆記の場合も常に監督官がいらっしゃいましたわ。ダンスやマナー等の実技は言わずもがな。一体どうやってルナ様が不正を行われたと仰るのです?」
「それは……っ! そうだわ、試験の内容を事前に入手して、対策を練っていたのですわ!」
「情報漏洩を防ぐ為、試験内容は私が当日の朝に決定し、必要最小人数の部下達に指示していた。念には念を入れて、毎回違う人員にしていたので、事前の入手は困難だったと思うのだがね。それともブリアンナ嬢は、私が不正に加担していたと仰るのかな?」
「……っ! い、いいえ、決してそのような事は……」
ジェームズに睨まれ、ブリアンナは青褪める。
「それにブリアンナ嬢。貴女はルナ嬢に嫌がらせをしていたな。ランドール侯爵家からバッタやミミズを箱に入れて届けさせてルナ嬢の部屋にばら撒いたり、ルナ嬢を突き飛ばして怪我をさせようとしたり。選抜試験の初日に、『全ての言動に、我々が目を光らせている』と断っておいた筈だがね」
(あ、あれ嫌がらせだったんだ)
ジェームズの指摘に息を呑むブリアンナの傍らで、ルナは目を瞬かせた。
確かに試験期間中、ルナが部屋に戻ると虫が飛び交っていた事が何回かあった。毎回瞬時に一匹残らず捕まえて、王宮の庭園に放してやっていたので、実害は全く無かったのだが。窓も閉まっているのに何故だろうと首を捻りながらも、王太子妃選抜試験が始まってからは殆ど身体を動かせていなかったので、多少は運動になったからまあ良いか、とあまり気に留めていなかった。
言われてみれば、試験期間中、ブリアンナが妙に勢い良くルナに向かって来る事が多かったような気がする。容易に身を躱していたので、全て大事には至らなかったし、おっちょこちょいな人だなぁ、くらいにしか思っていなかった。
「ブリアンナ嬢。貴女は王太子妃どころか、貴族令嬢の風上にも置けないな。自分の行いを振り返って、しっかりと反省するべきだ」
ルナが他人事のように回想している間に、ルーカスに睨まれながら吐き捨てられて、顔面蒼白となったブリアンナがふらりとよろめいた。
「ブリアンナ様!」
咄嗟に反応したルナがブリアンナを抱き上げる。
「大丈夫ですか? ブリアンナ様!」
「え……? ル、ルナ様!?」
少しの間呆然としていた様子のブリアンナだったが、ルナにお姫様抱っこされている状況を認識して目を見開いた。
「皆様方、誤解ですわ。私はブリアンナ様に嫌がらせをされた覚えはございません」
ブリアンナを抱き上げたまま、ルナが訴える。
「え? いや、しかし……」
「何らかの思い違いでもあるのではないでしょうか? 今はそんな事よりも、ブリアンナ様は体調が優れないご様子。早急にゆっくりと休まれるべきですわ」
「ルナ様……」
戸惑うジェームズを尻目に、腕の中のブリアンナに微笑みかけて、ルナは同席していたランドール侯爵にブリアンナを預ける。ランドール侯爵に連れられて退室する際、ちらりとこちらを振り返ったブリアンナの顔色に赤みが戻っていたので、一時的な貧血かな、とルナは少し安心した。
「結局、ブリアンナ嬢は嫌がらせをしていたのか……?」
「だが当のルナ嬢が、真っ向から否定していたぞ……?」
ざわめく謁見の間に、ゴホン! と国王の咳払いが響き、場は静粛を取り戻す。
「おめでとう、ルナ。其方ならきっと有無を言わせぬ成績を収めると思っておったよ」
アーサーが満面の笑みを浮かべてルナを祝福する。
「あ……ありがとうございます、国王陛下」
ルナもぎこちないながらも微笑みを浮かべる。
王太子妃になるという実感はまだ湧かないが、国王に祝福され、これからもルーカスの側に居られるのだと思うと、徐々に嬉しさが込み上げてきた。
「ルナ嬢。貴女がルーカス殿下付きの侍女となってから、殿下は心身共に健康になり、見違える程立派に成長されました。これからは王太子妃という立場で、どうか殿下を支え続けてあげていただきたい。ルーカス殿下の臣下として、そして甥を思う叔父として、心からお願い申し上げます」
ルナに対峙したジェームズは、深々と頭を下げた。
「あ、頭をお上げください、サリヴァン公爵閣下。……大変畏れ多い事ですが、これからも精魂込めて、ルーカス殿下にお仕えしていく所存でございます」
恐縮しながらも、ルナがはっきりと宣言すると、アーサーの隣に座っていたルーカスが立ち上がり、微笑みながら近寄って来た。
「ルナ・ゴードン伯爵令嬢。改めてお願い申し上げます。どうか、俺と結婚してくれませんか?」
片膝を突き、ルナの手を取るルーカスに、ルナも微笑みを返す。
前回は、戸惑うばかりだった。生粋の貴族ではない上に、公にできない過去を持つ自分で本当に良いのか、不安で仕方なかった。
だけど、ルーカスは過去は気にしないと、自分が良いのだと言ってくれた。そして国中でも指折りの貴族令嬢達と競い、その上で反対していた人々にまで認めてもらえた。何よりも、今は自分の気持ちをしっかりと自覚している。
だから、今度は。
「ルーカス殿下……。喜んで、お受け致します」
ルナの返事に、ルーカスは喜色満面の笑みを浮かべ、二人は万雷の拍手に包まれるのだった。