60.応援する侍女
「宜しければ、アリシア様のご都合とやらを、是非お伺いしたいのですが」
まさかとは思うが、アリシアもブリアンナのように、何かの欲望に目が眩んでいたりするのだろうか。そんな疑惑を抱いたルナの口調は、知らず厳しいものになってしまったにもかかわらず、アリシアは泰然として答える。
「シャーロット様が辞退なされたので、残る王太子妃候補は三人。ですがブリアンナ様は私が見る限りでは、王太子妃に相応しい方だとは思えませんの。となると、王太子妃になるべき候補者は私かルナ様の二択に絞られますわ。私の目から見ても、ルナ様は十二分に王太子妃に相応しい器をお持ちですし、ルーカス殿下もルナ様を気に入られているようですので、後はルナ様にそのお気持ちがあるのならば、私は是非、ルナ様に王太子妃になっていただきたいと思っておりますの」
アリシアの真意が分からず、ルナは質問を重ねる。
「アリシア様は、王太子妃になりたいとは思っておられないのですか?」
「ええ。私が王太子妃候補になったのは、父の一存です。実は私、他にお慕い申し上げている殿方がおりますの」
「そうなのですか?」
思わぬアリシアの告白に、ルナは目を丸くした。
「ええ。父の一存とは言え、私も貴族令嬢ですから、他に誰も相応しい方がいらっしゃらないようであれば、私が王太子妃になるのも止む無しと思っておりました。ですが、この三週間程、一緒に試験を受けさせていただいて、ルナ様こそ王太子妃になるべきお方だと確信致しましたの。ですから私、勝手ながら、ルナ様が王太子妃になられるよう、全力で協力させていただきますわ。そして無事にルナ様が王太子妃になられた暁には、今度はルナ様に、私の恋が成就するよう、お力添えをお願いしたいのです」
アリシアの申し出に、ルナは戸惑う。
「……私にご協力いただけるのは嬉しい限りなのですが、アリシア様の恋路につきましては、私如きがお役に立てるかどうか分からないのですが……。アリシア様に想いを寄せられている、その幸運な殿方はどなたですの?」
取り敢えず相手を訊いてみると、アリシアは少しばかり頬を染めてはにかんだ。
「貴女のお兄様であり、次期ゴードン伯爵でもある、ブライアン・ゴードン第一騎士団長ですわ」
「お兄様ですか!?」
予想外の相手に、流石のルナも驚きを隠せなかった。
「ええ。通常ならばいくらブライアン様が次期伯爵になられるとは言え、モラレス公爵家の娘の嫁ぎ先としては見劣りがして相応しくないと、プライドだけは無駄に高い父は認めてくれないでしょう。ですが、ゴードン伯爵家から王太子妃が出れば話は別ですわ。父の理想は私を王太子妃にして、王家と直接縁を結ぶ事ですが、それが叶わなかった場合、多少縁が遠くなろうとも、私とブライアン様の婚姻が、王族と縁続きになれる手段になるとあらば、きっと父は婚姻を認めざるを得なくなる筈。後はブライアン様のお心を射止める為に、妹であるルナ様に是非ご助力いただきたいのですが……、どうかお願いできないでしょうか?」
両手を胸の前で組んで懇願してくるアリシアに、ルナは漸く合点がいった。
自分が王太子妃になれば、確かにアリシアには利点が多い。望まぬ結婚をしなくて済む上に、好きな人と結ばれる可能性さえ出てくるのだ。
……が、アリシア程の令嬢が、いくら騎士団の中では出世頭とは言え、暇さえあれば稽古や鍛練をしているような、女っ気の無い兄に想いを寄せる理由が、今一つ分からなかった。
「……ご事情は分かりましたが、アリシア様は、兄の何処が良いのですか?」
そうルナが尋ねた途端。
「筋肉ですわ!!」
令嬢然としていたアリシアが、突如として目を輝かせた。
「誰よりも鍛え抜かれたあのお身体は、眼福そのものですわ! ブライアン様の逞しくてぶ厚い胸板に頬を押し付けながら、あのがっしりした太い腕で優しく包み込んでいただけたら、さぞかし幸せな一時を過ごせるに違いありません! 自分に厳しく、日夜鍛練に明け暮れているお方ですから、お年を召されてもきっとお父様であるゴードン伯爵のように、筋骨隆々な素晴らしい体型を保たれ続けるに決まっていますわ! 理想的な筋肉の付いたブライアン様のあのお身体で、毎日抱き締めていただけたなら……ああ、考えただけで幸せですわー!!」
頬を染めて語り続けるアリシアに、ルナは目が点になっていた。
「やはり私は、ヒョロヒョロとした体型の殿方よりも、分厚い筋肉を鎧のように身に纏った殿方の方が、魅力的だと思いますの! いざという時に絶対に守ってもらえそうな安心感があると思いません? ルナ様もそう思われるでしょう!?」
「え、え……?」
首を傾げて考えるルナの返答を待たず、アリシアは更に自分の世界にのめり込んでいく。
「ああ、ルナ様が羨ましいですわ! お父様もお兄様もあれだけご立派な筋肉をお持ちだなんて……! 私も是非、あの素晴らしい体躯をされた方々を、毎日目の保養にできる至福の生活を送ってみたいものですわ!!」
「……はぁ……」
勢い付いて語り続けるアリシアに呆気に取られながらも、ルナは紅茶を一口啜った。
(……まあ、人の好みは人それぞれだし。意外な一面があったとは言え、アリシア様なら安心してお兄様を任せられそうだし。後はお兄様の気持ち次第よね)
取り敢えずアリシアを応援する事にしたルナだったが、その後小一時間、アリシアの筋肉談議に付き合わされる羽目になるとは、この時はまだ知る由も無かった。




