6.反発する王子
「ルーカス、最近はよく頑張っているそうだな」
ルナが侍女になってから一週間程経った晩餐の席で、やけに上機嫌な父王に声を掛けられ、ルーカスは目を丸くした。
「朝が弱かったお前が、きちんと起きられるようになったと聞いている。手を付けようとさえしなかった肉料理も、頑張って食べているそうだし、授業も稽古も、真面目に受けているらしいな。偉いぞ、ルーカス」
「……はい。お褒めいただき光栄です……」
ルーカスは困惑しながらも返答する。
朝起きるようになったのは、何時までもベッドの中にいると、ルナに抱き上げられてしまったり、赤ちゃん扱いされてしまったりするかも知れないからだ。肉料理は、食べてみたら意外と美味しかったし、授業もルナに哀れみの視線で見られるのが嫌で真面目に受けるようにしたら、内容が分かってきて少しは興味が出てきただけだ。剣の稽古も、魔法を使えるようになって、今までよりも自分の成長が実感できて面白くなってきているだけなので、ルーカス自身には、自分が頑張っているという実感は今一つない。
「ルナのお蔭だな。彼女をお前付きの侍女にして正解だった」
満足げに頷く父王に、ルーカスは目を見開いた。
「父上、ルナのお蔭、とはどういう事でしょうか?」
「ん? 彼女のお蔭で、お前がちゃんと朝起きるようになったり、肉料理を食べるようになったり、授業や稽古を真面目に受けるようになった、と専らの噂になっているぞ。彼女は優秀だな」
ご満悦で語る父王に、ルーカスは愕然とした。
確かにそうだ。間違いではない。思い返せば、最近のルーカスの変化は、全てルナが切っ掛けになっている。
だが、ルーカスはそれがルナのお蔭である、とは認めたくなかった。
(ああああああ! 俺は何をやっているんだ!? あいつの事は気に食わないから、早く自分の方から辞めると言わせたいのに! 何時の間にか良いように操られて、あいつの評価が上がってしまっていたなんて……!!)
これ以上あの女をのさばらせたくはない。絶対にあの生意気な侍女を辞めさせてやる! とルーカスは改めて決意したのだった。
***
翌朝、ルーカスはベッドの中で、ルナが起こしに来るのを今か今かと待ち構えていた。
(フッフッフ……。これならいつも無表情のあいつも、取り乱して泣き叫ぶに違いない!)
ルーカスが手にしている袋には、昨夜こっそり部屋を抜け出して、王宮の庭園で集めておいた、ミミズやカエルやムカデ等が入っている。この中身をルナにぶちまけてやれば、流石のルナも泣き喚くに違いない。そして、こうした嫌がらせを繰り返していけば、いずれはルナも侍女を辞めさせて欲しいと言い出して来るに違いない、とルーカスは想像してにやついていた。
秘密兵器を手にルーカスが寝た振りをしていると、扉をノックする音がして、ルナが姿を現した。
「殿下、起床時間になりました。起きてください」
ルナがベッドに近付いた所を見計らって、ルーカスは勢い良く身を起こしながら、手にしていた秘密兵器をルナ目掛けてぶちまけた!
……筈だった。
「……殿下。これは一体、どういう事ですか?」
身に着けていたお仕着せのエプロンの裾を持ち上げたまま、問い掛けてくるルナに、ルーカスは絶句していた。
目の前で起こった出来事が、俄かには信じられなかった。
袋の中身をルナにぶちまけた途端、ルナは瞬時に後ろに下がったように見えた。そして、エプロンの裾を持ち上げて、ぶちまけた袋の中身を全て、瞬く間に回収してしまったのだ。それも、床に落ちる前に。
実際、ルナが持ち上げているエプロンの中で、ムカデ達がゴソゴソニョロニョロと元気に蠢いている。ピョン、とカエルが外に飛び出そうとしたが、ルナは素早く動いてエプロンの中に着地させた。
「これらは、私へのプレゼント、という解釈で宜しいのでしょうか?」
ルナの問い掛けに、ルーカスは衝撃と気まずさで答えられない。
「ありがとうございます。新鮮な食材ですね。後程いただきます」
懐からハンカチを取り出し、エプロンの中身を移すルナの台詞に、ルーカスは目を剥いた。
「し、食材!? お、お前まさかそれ、食べるのか!?」
「ええ、全て食べられますよ。あ、殿下も召し上がりますか? 何なら料理して差し上げますが」
「い、要らん! と言うか、食べるな!!」
エプロンの中身を包み終わったハンカチを奪い取るルーカスに、ルナは首を傾げる。
「私へのプレゼントではなかったのですね。失礼致しました。では殿下、洗顔してお召し換えを。朝食の準備ができております」
何事も無かったかのように、平然と居間に足を向けるルナを、ルーカスは唖然として見送っていた。
(な……何なんだよ、あの女……!? 平民でも、ミミズやムカデを食べるなんて話、聞いた事も無いぞ!? どうなっているんだ!?)
頭が混乱しながらも、ルーカスは朝食後、危うく食材にされかけた哀れなカエル達に、心の中で謝りながら、庭園の元の場所に戻してやったのだった。