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55.忍び込む王子

 その日の夜。


「では、お休みなさいませ」

「はい。お休みなさい」


 王宮に滞在する間、自分の専属になってくれた侍女のエマが退室し、ルナは小さく溜息をついた。客人として王宮で過ごすのは初めての事で、主の世話を焼く立場から、今度は自分が世話を焼かれる立場になった事に、まだ慣れていない。


(もしかしたら、私が彼女達の立場だったのかも知れないな……)


 以前のように侍女として、王太子妃候補となった令嬢達に仕える自らの姿を想像したルナは、ルーカスと令嬢達が並び立つ姿を思い浮かべた所で、何故かズキリと胸が痛むのを感じた。


(……?)

 首を傾げながらも、ベッドに横になろうとした時、ルナは窓の外に気配を感じた。驚きながらも、急いでカーテンを開けて見ると、バルコニーに何故かルーカスが居て、窓をノックしようとしている。


「ルーカス殿下!? こんな時間に、こんな所で何をなさっているのですか!?」

 慌てて窓を開けると、ルーカスは嬉しそうに笑って室内に入って来た。


「折角王宮にルナが居るんだから、少しでも会いたくて来たんだ」

「来たんだ、ってどうやって……」

「魔法で結界を階段状にして、俺の部屋のバルコニーからここまで繋いだんだよ」


 ルナは思わず頭を抱えたくなった。結界魔法の使い手はヴァイスロイヤル国内でも希少だと言うのに、何という魔法の無駄遣いだろうか。


「そんな所を、誰かに見られたらどうするんですか」

「大丈夫だ。俺の周囲に結界を張って、他者からは見えないようにして移動して来たからな。どうだ? 俺の魔法も随分上達しただろう」

 自慢げなルーカスに、真顔のルナは呆れたような視線を投げ掛ける。


「何をなさっておられるんですか殿下は。そもそも、王太子妃候補となった女性は、公平性を保つ為に、ルーカス殿下とは決められた時間にしかお会いできないと聞いておりますが?」

「他の候補が何人いようと、俺の心はルナに決まっている。こんな茶番は時間の無駄でしかないし、そんな試験の決まりを律儀に守って、俺がルナと会う時間を減らすなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「ではきちんと決まりを守る気になられるよう、兄に頼んでルーカス殿下の訓練をもっと厳しくしていただき、余計な魔力を一切残さないようにお伝えしておきますね」

「ちょっと待てそれは無いだろう!」

 慌てるルーカスに、ルナは眉尻を下げる。


「……昼間にお会いした時も思ったのですが、ルーカス殿下は少し我儘になってしまわれたのではありませんか?」

 ルナの問い掛けに、ルーカスは唇を尖らせた。


「仕方ないだろう。ルナが側に居てくれないんだから」

「え?」

 目を丸くするルナに、ルーカスは溜息をつく。


「俺は今まで頑張って来られたのは、ルナが側に居てくれたからだ。最初の頃はお前を見返してやりたいっていう気持ちもあったけれど、途中からはルナに認めてもらいたい一心で、俺は勉強も訓練もダンスでも何だって一生懸命頑張ってきたんだ。……ルナが側に居てくれない今は、何に対してもやる気なんて湧かないけど、そんな姿をお前が目にしたら、がっかりされてしまうだろうからな。これでも全てを投げ出して、ルナに会いに行きたいのをずっと我慢しているんだぞ」

「……」


 予想外のルーカスの言葉に、ルナは頬を赤らめた。

 自分の存在が、ルーカスの原動力になっているとは思わなかった。自分が居ないとやる気が湧かない、等と言うのは一国の王太子としてどうなのか、という思いはあるものの、それ程までにルーカスに必要とされていると分かって、嬉しいという気持ちが湧き上がるのを止められない。


「……ルナ、お前はどうなんだよ」

「私……ですか?」

 真剣な眼差しのルーカスに尋ねられ、ルナは首を傾げる。


「お前は俺に、少しくらいは会いたいって思わなかったのかよ。……会いたかったのは、俺だけなのか?」

 寂しげな表情を浮かべて縋るように見つめてくるルーカスに、ルナは即座に首を横に振った。


「……私も、お会いしたかったです。いつも、ルーカス殿下がどう過ごされているのか、気になっておりました」

「そうか。少しは俺の事を気にしてくれていたんだな」

 嬉しそうに満面の笑顔を見せたルーカスは、優しくルナを引き寄せて抱き締めた。


「ル、ルーカス殿下!?」

「良いだろ? ちょっとだけ」


 ルナは顔を真っ赤にして狼狽えたが、自分を腕の中に閉じ込めて満足げにしているルーカスに、諦めて大人しく身を任せる事にした。自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえる。

 最初に会った時は、ルナの方が背が高かったのに、目線が同じになったのは何時頃からだろうか? 今ではルーカスの方が僅かに高いように思える。病弱で線が細かった身体も、何時の間にか筋肉が付いて、がっしりと男性らしくなっているし、自分の身体に巻き付く腕は、力強くて温かく、その温もりが心地良い。


「……ルーカス殿下。そろそろお戻りになって、お休みにならないと。明日もお忙しいのでしょう?」

 暫くして、ルナは名残惜しさを感じながらも、そっとルーカスの胸を押した。


「えー……。いっその事、ここでルナと一緒に休みたいな」

 溜息をつきながら、更に腕に力を込めて頬擦りしてくるルーカスの爆弾発言に、ルナはぎょっとして目を見開く。


「いけません! そもそも夜に女性の部屋をみだりに訪れるものではありません。今後はこういった事はお止めください」

「久し振りに会えたって言うのに、ルナが冷たい……」

 力尽くでルーカスの腕の中から抜け出しながらルナが窘めると、ルーカスは不満げに頬を膨らませた。


「仕方ないな……。じゃあルナ、また来るからな」

「もう来てはいけませんと申し上げたばかりなのですが」


 抗議するルナに笑いながらひらひらと手を振って、結界を張ったのであろうルーカスの姿が見えなくなる。ルーカスの言動に困惑しながらも、それでも心の何処かでルーカスの来訪を喜び、次回を少しは期待してしまっている自分が居る事に気付いて、ルナは戸惑うのだった。

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