54.お茶会に臨む侍女
王宮の一室に集められたルナ達の前に現れたのは、宰相であるジェームズ・サリヴァン公爵だった。
「本日から約一ヶ月の間、貴女方には王宮に滞在していただきます。その間、全ての言動に、我々が目を光らせているという事をご承知ください」
どうやらジェームズの復帰後初の大仕事が、この王太子妃選抜試験のようだ。ルナと関わりのあったアーサーやルーカスとは違い、ジェームズなら公正な視点で王太子妃に相応しい令嬢を選定できるだろう。適任だな、とルナは他人事のように思いながら、ジェームズの説明に耳を傾けていた。
ジェームズの説明によると、試験は約一ヶ月の間、教養やマナーの試験、ルーカスとのお茶会等々が行われ、各自の振る舞いを見て決められるようだ。
初日の今日は候補者全員の初顔合わせという事で、そのまま自己紹介を兼ねたお茶会が始められた。
「アリシア・モラレスと申します。皆様、どうぞ宜しくお願い致します」
自己紹介の一番手は、白銀の髪に緑の目を持つ、華やかな雰囲気の公爵令嬢だ。
「ブリアンナ・ランドールですわ。どうぞ宜しくお願い致します」
続いて、青色の髪と目の、勝気に微笑む侯爵令嬢。
「シ……シャーロット・ノリスです。よ、宜しくお願い申し上げます」
緊張している様子の、プラチナブロンドの髪に茶色の目をした、小動物のように可愛らしい侯爵令嬢。
「ルナ・ゴードンと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
最後にルナが挨拶をして、席に座る。
「早速ですが、ルナ様がゴードン伯爵の養女になられた経緯について、是非お伺いしたいですわ」
早々に口を開いたのはブリアンナだ。淑女らしくにこやかに微笑んではいるが、ルナを見る目は全く笑っていない。
「私が十歳の時に、偶々ゴードン伯爵とお会いしたのですが、その時の環境があまりにも酷く、同情のあまり引き取っていただける事になったのです」
裏事情に似せた表向きの理由を、ルナは淑女の微笑みを保ったまま述べる。
「まあ! それまではどのような環境でお育ちになられていたんですの? とても興味がありますわぁ」
「とてもこのような場でお話しできるような環境ではありませんわ。ご気分を悪くされるだけかと」
見下すような視線で問い掛けてくるブリアンナに、ルナが微笑みながらさらりと躱すと、ブリアンナの眉間に皺が寄った。
「ルナ様は大変な思いをされてきたのですね。ゴードン伯爵家の皆様とは、仲良くされておられるのですか?」
「はい。父も母も兄も、私を本当の家族のように思ってくださっていて、勿体無いくらいですわ」
「そうですの。それは何よりですわ」
さり気なく話題を変えてくれたのはアリシアだ。向けられた微笑みに敵意が感じられず、ルナは少しばかり気を緩めた。
「ゴードン伯爵家は、優秀な武官を何人も輩出している名門伯爵家。ご当主の騎士団総帥、オースティン様は勿論の事、ご嫡男のブライアン様も、若くして騎士団長を務めていらっしゃる、ご立派な方々ばかりですわね。最近もルーカス殿下と共に大きな事件を解決されて、王宮でのその地位は侯爵にも匹敵すると囁かれていますわ」
「そのように言っていただけるなんて、畏れ多い事ですわ」
にこやかに会話を続ける二人。
因みに、約半年前に解決された、ルーカス暗殺未遂事件と、今では七年近く前になった王太子暗殺事件は、全てルーカスとオースティンの手柄という事になっている。ルナの能力を秘匿する為には、その方が都合が良かったし、ルナもそれを望まなかったからだ。とは言え、ルーカスは納得が行かない様子ではあったのだが。
「モラレス公爵家も、外交の要と国王陛下から頼りにされておられますわね。ヴァイスロイヤル国の交易を担う港を領地に多数お持ちの名門公爵家は、代々優れた外交官を輩出しておられて、アリシア様ご自身も、数ヶ国語を勉強されておられるとか」
「まあ。良くご存知ですのね。嬉しい限りですわ」
ヴァイスロイヤル国の南に位置するモラレス公爵領を、頭に思い描きながらルナが話すと、アリシアは花が咲くような笑みを見せた。
華やかで人が良さそうで、王太子妃に相応しそうな人だな、と思った途端、ルナの胸がツキリと痛む。
(……?)
内心で首を傾げながらも、ルナは先程からずっと緊張した様子で全く会話に入ってこないシャーロットが気になった。
「ノリス侯爵家にも、国王陛下は気を配っておいでです。北の地方に近いノリス侯爵領でも、雪解け水による水害が発生する事がありますものね。幸い、今年は平年よりも少なめの積雪量で、北の地方でも特に被害は無かったと伺っておりますが」
「は、はい。お蔭様で今年は無事でしたわ。お気遣いありがとうございます」
急にルナに話題を振られ、驚いた様子のシャーロットがおずおずと答える。
「それは良かったですわ。北の山々を遠くに見渡せるノリス侯爵領は、景色も良い上に王都からの交通路も整備されていますので、これからの季節は人気の避暑地ですものね。私も一度近くを訪れた事がありますが、本当に良い所ですね」
「あ、ありがとうございます。そう言っていただけて、とても光栄ですわ」
薄っすらと頬を染めてはにかむシャーロット。少しは緊張が解けたらしく、可愛らしく微笑む様子に、ルナはそっと胸を撫で下ろした。
同年代の令嬢達とのお茶会は初めてだったルナは、最初こそ多少緊張したものの、何とか無事に、和やかな雰囲気のままお茶会を乗り切る事ができて、ほっと息をつくのだった。
……約一名を除いて、だが。