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51.困惑する侍女

「どうか、俺と結婚してくれませんか!?」


 突然のルーカスの求婚に、常に冷静沈着なルナも、流石に思考回路が停止していた。

 まず浮かんできたのは、何かの冗談ではないか、という考えだ。自分のような一介の侍女に、王太子であるルーカスが求婚だなどと信じ難い。だが、目の前の真剣な表情をしたルーカスの、熱意が込められた瞳を見ると、それを口にする事は憚られた。

 何故ルーカスは急に結婚だなどと口にしたのか。それに、人目があるこの場で何と答えたら良いのか。まるで現実感が無く、夢でも見ているんじゃないかと思いながら、ルナはルーカスに両手を握られたまま、呆然と立ち尽くしていた。


「ルーカス殿下が、求婚を……!?」

「あのご令嬢はどなたですの!?」


 周りの貴族達の騒めきが広がる中、素早く二人に近付く影があった。


「困りますな、ルーカス殿下、このような場で。娘も大変困惑しております」


 ルナの肩を抱きながら、跪くルーカスを見下ろしたのはオースティンだ。作り笑顔こそ浮かべているものの、強面なのでかえって恐怖を感じる。しかも口元が引き攣っている上に、目が笑っていないので余計にだ。

 ルーカスは漸く周囲の注目を一身に浴びている事に気付き、立ち上がった。


「あ……わ、悪かった。急に、こんな所で。だけど、俺の気持ちは本物なんだ。ルナ、それだけは覚えておいてくれ」

「は……はい……」

 辛うじてそれだけは口にできたルナに、ルーカスはほっとして微笑みかける。


「ルーカス殿下、娘は大変混乱している様子。この案件は一度持ち帰り、後日正式にお返事させていただく事として、本日の所はこれで御前失礼致したく存じます」

「あ、わ、分かった……」


 オースティンは一礼すると、まだ呆然としているルナを連れてさっさと退出して行ってしまった。オースティンの早業に、半ば呆気に取られながらルナの後ろ姿を見送っていると、ルーカスの肩にぽんと手が置かれる。


「ルーカス……。もう少し、順序というものを考えた方が良かったのではないのか?」

「父上……」

 苦笑を浮かべたアーサーに、ルーカスは居た堪れなくなって俯く。


「申し訳ございません、このような場で、後先も考えず。ルナを、他の男達に取られたくない一心で……」

「やれやれ。事前に何の根回しもしていないこの状況では、他の貴族達の反発を買うかも知れんな。一国を統べる王としては、少々面倒な事態になったと言いたい所だが……、真っ直ぐな気性の誇らしい息子を持った父親としては、良くやった、と褒めておこう」


 珍しく楽しげな笑みを浮かべた父王にバンと背中を叩かれ、ルーカスは少々よろめきながらも、照れたように苦笑いを浮かべるのだった。


 ***


 翌朝。


「おはようございます、ルーカス殿下」

「お……おはよう」


 ルナは驚く程いつも通りだった。それこそ、昨日の出来事が夢だったのではないかと錯覚してしまうくらいには。

 平然と朝食の準備を進めるルナに、昨日のプロポーズを無かった事にしようとしているのではないか、とルーカスは段々不安になってきてしまった。

 朝食を終えたルーカスは、片付けをしているルナの様子を窺いながら口を開く。


「ルナ……、昨日はすまなかった。いきなり結婚なんて言って、吃驚させてしまったよな?」

「あ……はい。流石に驚きました」


 ビクリと肩を震わせたルナは、手を止めてこちらを振り向いてくれたが、目を伏せていて、ルーカスと視線を合わせてはくれなかった。ぎこちないルナの様子に、眉尻を下げたルーカスは、ゆっくりとルナに近付き、目の前に立つ。


「……ルナは、俺の事が嫌いか?」

 不安になりながら尋ねたルーカスに、ルナはすぐさま首を横に振る。


「とんでもない! ルーカス殿下の事は、尊敬しております!」

 漸くルナと視線が合い、嫌われている訳ではない、と分かったルーカスは、安堵で微笑みを浮かべる。


「俺は、ルナが好きだ。……他の男に取られたくなくて、切羽詰まって求婚するくらいには、ルナの事が大好きだ」


 ルナの手を取って両手で握り締め、緊張しながらも、思いの丈を伝える。ルナは驚いたように目を見開いていたが、やがてその視線を彷徨わせ始めた。


「何故……ですか? 私のような侍女などよりも、身分が高く、綺麗なお嬢様方は沢山いらっしゃるでしょうに……、何故私なのですか?」

「身分なんて俺は気にしないし、俺にとっては、どんな格好をしていたって、ルナが一番綺麗に見える。それに、兄上達の事でやさぐれていた俺に、正面から向かい合って導いてくれたのはルナだけだ。何時だって俺の事を一番に考え、身を粉にしてまで支えてくれて、俺はルナに何度も救われた。好きになったっておかしくないだろ」

 ルナの目を見つめながら、ルーカスは想いを告げる。


「ルナ、お願いだ。ずっと俺の側に居てくれ。ルナが居ない生活なんて、もう考えられない。ルナが他の男と結婚するなんて、絶対に耐えられないんだよ……!」


 ルナの両手を握り締める手に、思わず力が入る。このまま抱き締めたい思いに駆られながらも、理性を総動員して我慢していると、目を丸くしているルナの顔が徐々に赤く染まっていった。


(……可愛い)

 初めて見るルナの表情に、ルーカスは釘付けになる。


 漸く少しは気持ちが伝わったのだろうか。少しは男として意識してくれたのだろうか。そう思って口元を綻ばせるルーカスに、ルナが困惑したように尋ねる。


「わ、私は、平民出身なのですが」

「知っている。でも俺は気にしないし、そもそも今はゴードン伯爵家の養女なんだから、身分的にも何の問題も無い」

「ですが、暗殺集団として名を馳せた一族の出身なのですが」

「知っている。でもそこで培った技術を活かして、何度も俺の命を救ってくれたよな。ルナが居なかったら、俺は今頃死んでいたかも知れないんだし」

「つ……常に無表情で、何の面白味も無いと思うのですが」

「それも知っている。でも、偶に笑うと可愛いよな。前よりも良く笑ってくれるようになったし、顔を赤くしている今も凄く可愛い」

「か、かわ……!?」

 真っ赤になって狼狽えるルナに、ルーカスは破顔した。


(可愛い。物凄く可愛い。こんなに可愛いルナを見られるのなら、もっと早く口説いておけば良かった)

 これくらいなら許されるかな、とルーカスはルナの手を持ち上げ、リップ音を立てながら口付ける。


「ルーカス殿下!?」

「これくらいは別に構わないだろ?」

「こ……困ります! 私は今仕事中なのですからっ」


 耳まで真っ赤にしてあたふたと慌て始めたルナが何とも可愛らしくて、ルーカスは満面の笑みを浮かべるのだった。

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