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5.才能を伸ばす侍女

 きょろきょろと周囲を見回しながら書庫に入り、そっと扉を閉めたルーカスは、詰めていた息を吐き出した。


(稽古なんて、やっていられるかよ……)


 今日の午後は、騎士団の訓練所に赴き、剣の稽古を行う予定だった。だが、ルーカスは護衛騎士達の目を盗み、度々こうして隠れてサボっていた。身体が弱いルーカスは、運動が嫌いなのだ。体力が無く、すぐに疲れて息が切れてしまい、苦しくて辛い思いをするだけなので行きたくない。

 書庫はあまり人が来ない上に、本棚が沢山あるので、隠れる場所には事欠かず、ルーカスのお気に入りの隠れ場所の一つだ。奥にあるソファーで昼寝でもしようと思いながら足を進めていると。


「殿下。こんな所で何をされているのですか?」


 背後から聞こえた声に、ルーカスは飛び上がる程驚いた。振り向くと黒い人影が背後に立っており、一瞬幽霊か何かかと思って叫び声を上げそうになる。が、よくよく見ればその人影はルナで、薄暗くて見えにくかっただけだった。


「な、な、何でお前がここに!?」

「殿下のお姿が見えなくなったので、捜しに参りました。本日の午後は、騎士団の訓練所での鍛練の予定ですが、書庫にどのような御用があったのですか?」

「うっ……。え、えーと……」


 ルーカスは視線を彷徨わせながら、後退ってルナと距離を取る。咄嗟に上手い言い訳が出てこない。


「そ、そんなの俺の勝手だろう!」

 結局、開き直ったルーカスを、ルナはじっと見つめる。


「もし、殿下がここでサボるおつもりだったのならば、私が実力行使で訓練所までお連れ致しますが、如何なさいますか?」

「い、行く! 行けば良いんだろ!?」


 ルーカスは自棄になって怒鳴った。ルナにまた抱き上げられて、大勢の人々に醜態を晒しながら、訓練所まで運ばれたくなどない。

 盛大に溜息をつきながら、ルーカスは訓練所に向かった。もうあの書庫は隠れ場所に使えないなと思いながら。


(……それにしても、何でこいつは俺が書庫にいるってすぐ分かったんだ? 確かに周りに人はいなかった筈なのに……。と言うかそもそも、何時書庫に入って来たんだ? 扉が開く音も聞こえなかったし。……俺が気付かなかっただけか?)

 首を傾げながらも、まあ良いか、とルーカスは深く考えるのを止めた。


「ルーカス殿下! 今日はちゃんと来ていただけたのですね!」

 訓練所に着くと、ルーカスの稽古を担当しているブライアン・ゴードン第一騎士団長が大声で出迎えた。


「ご到着が遅いので、お迎えに上がろうかと思っていた所でした」

「途中で何故か書庫に寄られていたので、お声掛けしてお連れしました」

 ルーカスに付いて来たルナが告げると、ブライアンは苦笑した。


「そうか、ご苦労だったな。ルナが殿下付きになってくれて良かった」


 ルナに気安く声をかけるブライアンを見て、そう言えば、とルーカスは思い出した。

 赤い短髪に琥珀色の目をしたブライアン・ゴードン第一騎士団長は、ルナの養父で騎士団の総帥、オースティン・ゴードン伯爵の嫡男だ。つまり、ルナとは血の繋がらない兄妹という事になる。


(相変わらず無表情なんだな、あいつ)

 義理の兄と言葉を交わす時も、表情を変えないルナを横目で見ながら、ルーカスは渋々準備運動を済ませて、訓練用の剣を手に取った。


「それでは殿下、何時でもどうぞ」


 ルーカスは剣を振り回して切り掛かるが、ブライアンは余裕綽々で、身を躱したり軽く受け流したりで、剣は一撃も当たらない。段々疲れてきたルーカスは、剣を振り下ろした勢いでよろめいてしまい、すかさず足を払われて簡単に地面に転がされてしまった。


「どうしました? 殿下。もう終わりですか? ではこちらからも行きますよ」


 ブライアンが言うや否や、手に衝撃が走ったと思ったら、持っていた剣が弾き飛ばされていた。ルーカスは咄嗟に結界魔法を展開し、ブライアンの追撃を防ぐ。


「殿下、今は剣の稽古中です。結界を解いてください」


 ブライアンに窘められ、ルーカスは肩で息をしながら、渋々結界を解く。ブライアンに促されて、飛ばされた剣を拾い上げ、再び構えて挑みかかるのだった。


 漸く休憩時間になり、ルーカスは日陰に座り込んで溜息をついた。

 今日もブライアンに軽くあしらわれてしまった。一向に上達している気配も実感もないし、自分に剣は向いていないのではないだろうか。稽古への嫌悪感が更に増していく。


「お疲れさまでした、殿下」

 ルナが持って来てくれた蜂蜜入りのレモネードを、ルーカスは無言で口にした。


「殿下は結界魔法が使えるのですね。展開速度も強度も申し分なくて、素晴らしかったです」

 ルーカスは怪訝な顔をしてルナを見遣る。


「お前、何言っているんだよ。今は剣の稽古をしていたんだ。魔法の訓練じゃない」

「剣であれ魔法であれ、咄嗟の時にご自分で身を守る術があるという事は、とても心強い事です。実戦では何でも有りで、どのような戦法を使っても、最後に勝てば良いのですから。私はあのような魔法を使う事ができないので、とても凄いと思いました」

「そ……そうか?」


 気に入らない侍女とは言え、褒められて悪い気はしない。豚もおだてりゃ木に登る。気分を良くしたルーカスは、ちょっとやる気が湧いてきた。


「身を守る手段を増やす為に、剣が使えるに越した事はありませんが、殿下は魔法の方に適性があるように思います。そちらの才能を伸ばされた方が、良いのではないでしょうか? 魔法の訓練の時間を増やし、剣の稽古も、魔法を交えて、より実戦に近い形式にしてみては如何ですか?」

「そ……そうだな! その方が、俺に合いそうだ。おい、ブライアン!」

 善は急げ、とばかりに、ルーカスは早速ブライアンと交渉する。


「しかし、それでは殿下の剣の腕が上がらないのでは?」

「確かにそうかも知れません。ですが、より実戦に近い形式で訓練をしていた方が、殿下の御身に万一の事があった時、咄嗟に対応できるのではないでしょうか」


 ルナの口添えもあって、ルーカスの稽古は、魔法訓練の時間を増やし、剣の稽古にも魔法を取り入れる事になった。結界魔法を使用する事で、地面に転がされるような事は無くなり、今までよりはブライアンとも戦えるようになった実感が出てきたルーカスは、次第に稽古に前向きになっていく。


 その結果、ルーカスが訓練をサボる事は無くなり、『ルナ・ゴードンのお蔭で、ルーカス殿下が真面目に剣の稽古をするようになった』という噂が、まことしやかに流れるのだった。

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