44.練習する王子
それから二週間程が経った。
ルナの進言で、王宮の城壁や天井裏、床下等に、侵入者を感知したら警報が鳴る魔石が新たに取り付けられた。また、騎士達の巡回が増え、その時間も不規則になった。レイヴン相手ではただの気休めになるかも知れないが、少なくとも侵入を妨げて暗殺や情報収集の手段を減らし、身動きを取りにくくはなるので、多少の効果は期待できるだろう、との事である。
また、アーサーとルーカスには、アルフレッド・オーウェン魔術師団長から新たな魔石を渡された上、絶対に一人にならないように、常に騎士達や魔術師達が護衛として張り付いている。ルーカスとしてはずっと監視されているような気もするので落ち着かず、少々辟易しているが、レイヴンが何時襲って来るか分からない今の状況では、嫌だとは言えなかった。
(何はともあれ、次のレイヴンの襲撃までに、もっと強くなっておかないと……!!)
その思いから、ルーカスは少しでも時間ができると、結界魔法の応用を練習していた。以前のスランプが嘘のように、次々に新しい応用を考え出しては、その習得に励む毎日だ。
「くそっ……! なかなか強度が均一にならない……!」
額に玉のような汗を浮かべながら、ルーカスは結界の形を自在に変えていく。
「ルーカス殿下。大変熱心なのは感心致しますが、程々にしておかないと、魔力切れを起こしますよ」
「……ああ。分かっている」
微笑みを浮かべたアルフレッドに諫められ、溜息を吐き出したルーカスは、渋々今日の訓練を切り上げる事にした。本音を言えば魔力切れになってしまっても構わないから、もっと訓練を重ねて強くなりたい所だが、魔力が無くなった所をレイヴンに狙われでもしたら目も当てられない。
びっしょりとかいてしまった汗を拭きながら室内訓練所の方を見遣ると、丁度ルナとオースティンが出て来る所だった。二人共肩で息をしていて、汗だくになっている。
(あの二人が、あんなに息を上げているなんて……!)
複数の騎士団員達を相手にしても、オースティンは息一つ乱さずに軽々と叩きのめしてしまう。そんな規格外のゴードン騎士団総帥が息を切らせている所はやはり珍しいらしく、他の騎士達もギョッとしたように二度見したり、目を白黒させたりしている。
それにルナだって、どれだけ人並み外れた身体強化魔法を使っても、常に涼しい顔をしていて、あんなに疲れた様子を見せる事などまず無かった。
つまり、それだけ厳しい鍛練を、あの二人はしている訳で。
嫌な予感に、ルーカスは背筋を震わせる。
今でさえ、ルナには全く敵わないのに、ルナは更に強くなってしまうのだろうか?
(これ以上、ルナに差を付けられてたまるか……!)
ルーカスは唇を引き結ぶ。
「ブライアン、俺に剣の稽古をつけてくれ!」
「え!? あ、はい、分かりました」
疲労困憊のルーカスの様子に、今日の訓練はもう終わりにしようとしていたブライアンだったが、ルーカスの熱意に気圧され、再び剣を手に取るのだった。
***
不穏な知らせが届いたのは、そんなある日の夕方の事だった。
「お母様が、事故に遭われた……!?」
ルーカスの私室で、ブライアンからその知らせを受けたルナは、顔色を変えて絶句した。
「今、父上が国王陛下に、領地に帰る許可を頂きに行っている所だ。お前も支度をしておけ」
ルナに指示をするブライアンも、顔色を無くしている。
「は、はい。……あっ、ですがお兄様、ルーカス殿下の護衛はどうなるのですか? 国王陛下の護衛も……! 私達三人が領地に帰ってしまえば、王宮の守りが手薄になり、レイヴン様が襲撃する絶好の機会を作ってしまいます」
「それはそうだが……」
狼狽えるルナとブライアンを見かねて、ルーカスは声を掛けた。
「ルナ、ブライアン。俺と父上なら大丈夫だから、お前達はゴードン伯爵夫人の所に行ってやれ」
「で、ですが……」
躊躇うルナを落ち着かせるように、ルーカスは微笑む。
「俺だって強くなった。ちゃんと魔石も持っている。それに、騎士や魔術師の皆が、四六時中俺達を護衛してくれている。何時レイヴンに襲われても、対処できるようにしているんだ。だから、俺達の事は気にせず、早くゴードン伯爵夫人の所に行ってやれ。きっと父上も同じ事を言うさ」
「ルーカス殿下……」
それでもルナが迷っていると、コンコン、とノックの音がして、オースティンが入室して来た。
「陛下が許可を下さった。ブライアン、ルナ、急ぎ領地に帰るぞ!」
「はい、父上!」
「お父様……」
困惑した様子のルナを見て、オースティンは事態を正確に悟ったようだ。
「ルナ、国王陛下とルーカス殿下なら大丈夫だ。騎士団員達がしっかりとお守りするし、オーウェン魔術師団長も自ら陛下の護衛を買って出てくださった。陛下も、『こちらの心配は要らないから早く行ってやれ』と仰ってくださっていた」
オースティンの言葉で、ルナも腹を括ったようだ。
「……分かりました、お父様。ではルーカス殿下、申し訳ございませんが、一度領地に帰らせていただきます」
「ああ。気を付けてな」
「できるだけ早く戻るように致しますので……」
後ろ髪を引かれる様子を見せながらも、慌ただしく退室して行ったルナ達を見送りながら、ルーカスはゴードン伯爵夫人の無事と、ルナ達の不在中に、何事も起こらない事を祈るのだった。