41.横取りされた王子
「終わった、のか……?」
地面に倒れたまま、動かないレイヴンに、ルーカスがぽつりと漏らす。
「……そのよう、ですね」
荒い呼吸を繰り返しながら、オースティンが答えた。
「と……取り押さえろ!」
我に返ったように、騎士達が慌ててレイヴンの確保へと向かう。
「ルーカス殿下、お怪我はございませんか?」
「ああ。俺は大丈夫だ。オースティンは大丈夫なのか?」
「はい。お蔭様で、大した事はありません。危ない所を助けていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げるオースティンに、ルーカスは戸惑った。
「い……いや、俺の方こそ。お前が居なかったら、殺される所だった」
「私も、ルーカス殿下が助けてくださらなかったら、命を落としていたでしょう。結界魔法は、あのような使い方もできるのですね。素晴らしい魔法でした」
左目を細めるオースティンに、ルーカスは照れ臭くなった。
中々思い付かなかった結界魔法の応用で、自分の手で、オースティンを守る事ができた。これから使いこなせるように練習していかなければならないだろうが、今の自分にしては上出来だと、ルーカスは知らず頬を緩める。
「うわあぁっ!?」
「何!?」
騎士達の叫び声に、ルーカスとオースティンが振り返ると、レイヴンを取り押さえようとしていた騎士達が、木に叩き付けられていたり、地面に転がったりしていた。
「フン……。これくらいで、俺がくたばるとでも思ったか」
ゆらりと立ち上がったレイヴンに、二人は息を呑んで身構える。チッと舌打ちをしたレイヴンは、二人を睨み付けた。
「今回は殺しに来た訳じゃないからな。大人しく引き下がってやる。だが次は、確実にお前達の命を奪ってやるから覚悟しておけ」
そう言い捨てると、レイヴンは暗闇に紛れて姿を消した。二人は少しの間呆然としていたが、騎士達の呻き声を耳にして、我に返って駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
「は、はい。大した事はありません」
言葉の通り、騎士達は打撲や擦り傷を負っていたものの、大きな怪我をした者はいなかった。
「そうだ、ルナは……!?」
当初の目的を思い出したルーカスは、オースティン達と東屋へと急いだ。所々壊れた東屋に目を疑いながらも、柱の近くに横たわっている人影に気付く。
「ルナ!? おい、しっかりしろ!!」
ルーカスが悲鳴に近い声を上げながら駆け寄って抱き起こすと、ルナはゆっくりと目を開いた。
「ルーカス、殿下……? そうだ、レイヴン様が! ……ッ! ご無事、ですか?」
「俺は無事だけど、お前の方が……!」
途中で酷く顔を歪めたルナに、ルーカスは慌ててルナの全身を確認する。暗闇で良く分からなかったが、ルナの身体は至る所が傷だらけだった。所々服が破れており、そこから覗く白い肌は、青痣や鮮血に塗れている。
「……ッ!!」
ルーカスの頭に、一気に血が上る。
「レイヴンの仕業だな……!?」
唇を噛み締めながら、ルーカスが問う。
(あの野郎……!! ルナは許嫁じゃなかったのかよ!? 何でこんな酷い仕打ちができるんだ!?)
「仕方がありません。『王家への復讐に手を貸せ』と言うレイヴン様の命令を断ったのですから。モルス一族では、裏切り者には死の制裁が下されます。まだこうして生きている事が不思議なくらいで……」
ルナが殺されなかったのは、許嫁だからだろうか。真偽の程はルーカスには分からなかったが、ルナが大怪我を負った事には変わりがない。
(畜生!! 俺がもっと早くルナが居ないと気付いていれば……もっと早くここに駆け付けていれば……!!)
「……兎に角、怪我の治療だ! おい、誰か先に行って、治癒魔法が使える魔術師を呼んで、医務室に待機してもらっていてくれ! ルナ、少しだけ我慢しろよ。すぐに治してもらうからな!」
ルーカスはそう言うが早いか、ルナの脇と膝裏に手を回し、慣れないお姫様抱っこに少しふらつきながらも立ち上がった。
驚いたのはルナである。
「ルーカス殿下!? 何を!?」
「何って、お前を医務室まで運ぶに決まっているだろう」
わたわたと慌てるルナに、意外と元気そうだ、とルーカスは一安心する。
そう言えば、ルナと初めて出会った時、こうして抱き上げられたよな、とルーカスは感慨深くなった。あの時は立ち位置が逆だったけれども、病弱だった身体を強くし、頑張って鍛えた甲斐があった、と役得を感じつつ、ルーカスは一人ほくそ笑む。
「ルーカス殿下にそのようなご迷惑をお掛けする訳には……!」
「良いから、しっかり掴まっておけ……って、え?」
急に腕の中のルナが軽くなり、ルーカスは目を丸くする。
「ルーカス殿下にそのような労力をお掛けする訳には参りません。娘は私が」
「お父様。ありがとうございます」
ルーカスに代わってオースティンに軽々と抱き上げられたルナは、安心したように大人しく身を預けている。
美味しい所を横取りされたような気分になったルーカスは、悠々と歩き始めたオースティンを恨めしげに見上げながら、もっと筋肉を付けて安定感を出せるようにならないと、と唇を尖らせるのだった。