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4.偏食を克服させる侍女

「殿下、起床時間になりました。起きてください」

「……」


 朝が弱いルーカスは、聞こえてきた声を無視し、寝返りを打つ振りをして背を向けた。

 この聞き慣れない声は誰だったか、と微睡みながらぼんやりと頭を働かせ始めたルーカスは、昨日、新しく専属侍女になった、生意気な少女を思い出した。


(くそっ、意地でも起きてやるものか!)

 再び起こそうとするルナの声に、ルーカスは頭から布団を被り、狸寝入りを決め込んだ。


「……仕方がありませんね」

 昨日も聞いたルナの台詞に、嫌な予感がした途端、身体がふわりと持ち上がる。


「!? なっ、何をする!?」

 布団ごとルナに抱え上げられ、ルーカスは慌てて暴れたものの、布団に包まっていては、大した抵抗にはならない。


「一向に起きようとなさらないので、強硬手段を取らせていただきます。ご自分で起きて身支度を整えられないのであれば、寝起きのそのままの格好で今日の予定を行っていただいても、私は一向に構わないのですが。流石に王族がそのような醜態を晒すのはどうかと思いますので、僭越ながら私が、洗顔に着替えに朝食と、まるで赤ちゃんのように、殿下のお世話をして差し上げます」

「はあ!?」

「殿下は相変わらずお眠でちゅねー冷たい水で顔を洗ったらちょっとは目が覚めまちゅかねーその後はちゃんとお着替えちてからご飯をあーんちて食べまちょうねー」

「止めろ!! 自分でするから、今すぐに下ろせ!!」


 朝っぱらから赤ちゃん扱いされては堪らないと、ルーカスが声を荒らげると、無表情で赤ちゃん言葉を棒読みしながら、スタスタと危なげのない足取りでルーカスを運んでいたルナは、洗面所の前にルーカスを下ろした。


「漸くお目覚めになられましたか? それではご自分でご支度をお願い致します」

「俺を赤ん坊扱いしやがって……!! お前、不敬罪で牢に放り込んでやるからな!!」

「半年後であれば、どうぞご自由に」


 ルーカスから布団を剥ぎ取り、ベッドに戻しに行くルナの背中を睨み付けながら、ルーカスは洗面所に入って顔を洗う。身支度を整えて自室の居間に顔を出すと、ルナが朝食の準備を整えていた。クロワッサンにハムエッグ、サラダにフルーツと、テーブルに並べられた料理を見て、ルーカスは眉を顰める。


「これは下げろ。見たくもない」


 ルーカスが指し示したのは、ハムエッグだ。肉が嫌いなルーカスは、肉類が少しでも使われた料理には、一切手を付けないのである。


「そうですか。殿下はお食事が要らないのですね」

 ところがルナは、テーブルに並べた全ての料理を片付け始めた。


「ちょっと待て! 全部要らないとは言っていないだろう! 片付けるのはそれだけで良い!」


 ルーカスがハムエッグを指差しながら怒鳴ると、ルナは手を止めて、ルーカスに向き直った。その眼光の鋭さに、ルーカスは硬直する。


「ここにご用意した料理は、料理人達が、殿下のお身体や栄養の事を一生懸命に考えて、好き嫌いの多い殿下にも召し上がっていただけるよう、工夫を凝らし、心を込めて作ったものです。それに手を付けようともせず、見たくもないなどと仰るような方に、食べていただく料理などありません」

 普段よりも低く、鋭いルナの声色に、ルーカスは気圧されて口を噤む。


「殿下は飢えの苦しみをご存知ないから、そのような贅沢な事が言えるのです。碌な食料も無く、日々の食事にも困る有様の中で、偶々見掛けた鼠を必死になって追い回したり、その辺に生えている草を毟って口に入れたりする者の気持ちを、殿下は想像した事がありますか? 三日間くらい絶食すれば、お分かりいただけますでしょうか?」

 ルナの問い掛けに、ルーカスは息を呑んだ。


 ルナは無表情のままなのに、その気迫から怒りが伝わってくる。殺気すら感じる程だ。

 これは脅しではない。本気だ。ルナなら本当にやるに違いない。


「わ、分かった! 食べる、から……!」

 青褪めたルーカスが口を開くと、ルナはハムエッグの皿をルーカスの前に置いた。


「どうぞ、お召し上がりください」


 少しの間、ハムエッグと睨めっこしていたルーカスは、渋々ハムエッグを一口大に切り分け、暫し見つめる。意を決して、フォークを口の中へと入れた。


「……美味い」

 ルーカスは目を丸くした。


 ルーカスは、肉の独特の臭みが嫌いだ。幼い頃に肉料理の匂いを嗅いで、とても食べる気になどなれず、以来ずっと食わず嫌いだったのである。だがどうだろう、何か香辛料のようなものが使われているせいか、嫌いだと感じた臭みは今は感じず、寧ろ半熟卵のまろやかさと、ハムが持つ塩味とが相まって、とても美味しく感じられた。


「それは良かったです。これを機に、これからは食わず嫌いは卒業して、少しずつでも構いませんので、色々なお料理に挑戦してみてください。まだまだ殿下がご存知なかった、美味しい味に出会えるかもしれません」

 クロワッサンやサラダを再びテーブルに並べ始めるルナに、ルーカスは気まずさを感じながらも、食事を再開した。


 驚いたのは料理人達である。今まで料理人達がどんな工夫を凝らしても、そして誰に何を言われても、ルーカスは頑として肉を口にせず、肉料理はその形を保ったまま、厨房に戻ってくるのが常だったのに、初めて皿が空になって返却されてきたのだ。最初は目を疑っていた料理人達は、やがて感極まって大騒ぎになり、その情報は瞬く間に王宮内に広まっていった。


 それ以降、ルーカスに出した料理の皿は全て空になって返ってくるようになり、『ルナ・ゴードンが、ルーカス殿下に肉料理を食べさせた』という認識が、王宮内に定着していったのである。

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