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39.抗う侍女

 その日の夜更け。

 ルナは王宮内に与えられた部屋をそっと抜け出した。人気の無い廊下を進み、真っ暗な庭に出て、音も立てずに足を進める。昼間にレイヴンから唇の動きだけで指定されていた東屋に着いたルナは、声を潜めながら発した。


「参りました、レイヴン様」


 すぐに背後に人の気配を感じて振り向く。そこには、昼間と同様、黒ずくめの服を身に纏ったレイヴンが、眼光鋭くルナを見つめていた。


「久し振りだな、ルナ」

「お久し振りです、レイヴン様。お元気そうで何よりです」

 慇懃に腰を折ったルナを、レイヴンは制して頭を上げさせる。


「まさか、お前が生きているとは思わなかったぞ。皆殺しにされた一族の中で、辛うじて生き残った一人が、王宮に連れて行かれ、その後牢で病死したという記録が残っていたが、あれはお前か?」

「はい。表向きはその記録の通り、私は死んだ事になっておりますが、実際は秘密裏に牢を出されて今に至ります。レイヴン様は、今までどうしておられたのですか?」

「俺は地下室で仮死状態になってあの集落の焼き討ちをただ一人生き抜いた後、各地を転々としながら技を磨き、力を蓄え、一族を滅ぼした王家に復讐する機会を窺ってきた。今漸く機は熟し、一族の恨みを晴らせる時がきたと言うのに……っ、ルナ、お前は何故王家の犬になっている?」

 全身に突き刺さるようなレイヴンの鋭い視線を受けながらも、ルナは拳を握り締めて口を開く。


「私はオースティン・ゴードン伯爵と、国王陛下の恩情によって、命を救われました。また、ルーカス王太子殿下にも大恩がございます。レイヴン様、どうか考え直していただけないでしょうか? 復讐など、また新たな復讐を呼ぶだけです。たとえレイヴン様が首尾良く復讐を成し遂げられたとしても、王家の方を手に掛けたとなれば、地の果てまでも追い掛けられ、処刑されるに違いありません」

「一族を皆殺しにされておいて、何も無かった事にしろと言うのか!? ふざけるな!! たとえ俺一人でも、絶対に奴らに思い知らせてやる!!」

 激昂したレイヴンは、ルナに向かって手を伸ばした。


「来い、ルナ!! お前が生きていたのも好都合だ。お前が居れば、王家への復讐は勿論、一族の再興も夢ではない! 俺と共に来て、一族の復讐を果たし、俺と番って俺の子を産め! 俺とお前の子孫なら、さぞ優秀な血筋になるだろう!」


 レイヴンの言葉に目を見開いたルナは、俯いたまま黙り込んでしまった。差し出した手を一向に取ろうとしないルナに、レイヴンは苛立つ。


「どうした? ルナ。これは命令だぞ! 俺の許嫁であるお前なら、俺と一生を共にする覚悟くらいは、とっくにできている筈だろう!」

「……お断り、します」

 蚊の鳴くような声で、だがはっきりと断ったルナに、レイヴンは愕然とした。


「……何、だと?」

 レイヴンの眉間に、見る見るうちに皺が寄っていく。


「お断りします、と申し上げました。一族の掟は、頭領の嫡男であられるレイヴン様にとっては、どうと言う事はなかったのかも知れませんが、私にとっては、とても耐え難いものでした。掟に従うには、感情を無くし、人形のようにならなければ、到底耐え得るものではありませんでした。一族が滅び、新しい人生を歩むようになって、私は徐々に無くしたものの大切さが分かるようになり、今漸くそれを取り戻しつつあります。その事に気付かせてくださった、大切な方々の為にも、私はもう二度と、一族に戻りたくありません。大切な方々を、裏切るような真似はできません」

「ルナ……お前は、一族を裏切ると言うのか……!? 裏切り者がどんな末路を辿るのか、分かって言っているんだろうな……!?」

 レイヴンから迸る殺気に怯みそうになりながらも、ルナは顔を上げて言い放った。


「私はたとえ殺されても、一族には戻りません!」

「……ならば望み通り、死の制裁をくれてやる!」


 次の瞬間、ルナは背後に殺気を感じて咄嗟に身を伏せた。その僅かに上を、レイヴンが持つ短剣が掠めていく。

 自らも短剣を取り出しながら体勢を立て直そうとしたルナは、真下から来たレイヴンの蹴りをまともに腹部に食らってしまった。


「カハッ……!」


 蹴り飛ばされながらも、何とか空中で体勢を立て直して着地する。と同時に、目の前に迫ってきた短剣を、身を捩って辛うじて躱した。


(速い……!)


 子供の頃でさえ、一度も勝った事が無いのだ。あれから六年、復讐を胸に日夜厳しい鍛練を積み重ねてきた青年と、せいぜい体力維持程度の鍛練に留まった少女とでは、その差は火を見るよりも明らかだった。

 レイヴンの速く、重く、動きに無駄のない攻撃に、身体強化魔法を駆使しても防戦一方だったルナは、次第に攻撃を躱し切れなくなっていく。致命傷こそないものの、身体は既に傷だらけだ。


「グッ……!!」


 回し蹴りを食らって東屋の柱に叩き付けられ、ルナの意識が一瞬飛ぶ。気付いた時には、左手で喉を鷲掴みにされて背中から床に叩き付けられ、レイヴンが馬乗りになっていた。


「ッ!!」

 尚も抗おうとしたルナだったが、首筋に短剣を突き付けられては、動きを止めざるを得なかった。


「ルナ、もう一度だけ言ってやる。俺と共に来い。俺に従うなら、先程の戯言は聞かなかった事にしてやる」


 絶体絶命。

 首を縦に振れば生き延びられるが、また子供の頃の生活に逆戻りだ。首を横に振れば、そのまま命を奪われる。


(だけど、それでも……!!)

 レイヴンに見下ろされながら、ルナは覚悟を決めて叫んだ。


「私は! 大恩ある方々を、裏切る事はできません!!」

「……ッ!!」


 グッ、と首元を押さえる手に力が込められ、短剣が掲げられる。自らに向かって振り下ろされる短剣を見ながら、ルナは目を潤ませた。


(申し訳ございません、お父様、国王陛下、ルーカス殿下……!!)

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