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36.成長した王子

 それから、半年の月日が流れた。

 勉強に剣に魔法、全てに真剣に取り組んだルーカスは、めきめきと腕を上げてきていた。精悍さが加わるようになった顔付きに、少し伸びた身長、程良く筋肉が付いてきた身体は、もう病弱な少年だった頃の面影は無い。ブライアンにはまだ敵わないものの、他の騎士達を相手にすれば、三本に一本くらいは取れるようになってきた。結界魔法も、応用こそまだ思い付いていないものの、無詠唱で瞬時に発動できる。


 そんなある日、ルーカスを呼び出したアーサーが、眉を顰めながら切り出してきた。


「ルーカス、其方に頼みたい事があるのだが」

「はい、何でしょう? 父上」

 ルーカスが問い返すと、アーサーが躊躇いを見せつつ口を開いた。


「其方に、西の地方の視察に行ってもらいたいのだ。本当は、身の危険があるうちは、行かせたくはなかったのだが……」

 苦い顔をしたアーサーに、ルーカスも唇を引き結ぶ。


 ルーカス毒殺未遂事件の捜査は、行き詰まっていた。事件の当事者である料理人オリバーとその妻は、既にこの世にはいない。オリバーの妻が誘拐され殺された事件現場にも、確たる物証は残されておらず、目撃証言も得られなかった。

 そして今では六年前となった、王太子暗殺事件の捜査も、目ぼしい成果は上げられていない。図書館で二人で作ったリストを、ルナが虱潰しに当たってくれているが、その所在が分からず調査中の数人を除いて、今の所は全部外れだ。

 そして、ルーカスが狙われるような事件は、それ以降は起きておらず、新たな手掛かりも無い。


「其方が狙われている以上、もし視察に出れば、ブレイクのような事になるかも知れんと考えると、怖くてな。其方に経験を積ませるべきだと言う大臣達の勧めを、のらりくらりと躱しておったのだが、大した理由も無しには、それも難しくなってきてしまった。混乱を避けようと、箝口令を敷いた事が完全に裏目に出てしまった。危険な任務になるかも知れんが……」

「やらせてください、父上」

 はっきりと口にしたルーカスに、目を伏せていたアーサーは顔を上げた。


「このまま、襲われるかも知れないという恐怖に怯えて、何もできないでいるよりも、危険を冒してでも、今学ぶべき多くの事を学びたいのです。今は捜査も行き詰まっていますし、俺が囮になるくらいの気持ちで犯人に立ち向かった方が、事態を打開できるかも知れません」


 ルーカスの目には、一切の迷いは見られない。それを目にしたアーサーは、表情を和らげた。


「……そうか。ルーカスも成長したのだな。では、頼む。だが、くれぐれも、無茶はするなよ」

「はい、父上!」


 頼もしく答えて一礼し、国王の執務室を出るルーカス。何時の間にか逞しささえ感じさせるようになったその背中を見送りながら、父王は少し前まで、病弱で我儘だった息子の成長を喜び、またその身を案じるのだった。


 ***


「視察、ですか?」

 ルーカスから話を聞いたルナは、表情を曇らせた。


「ああ。父上が西の地方で進めている、技術支援政策の視察に行く」

「もう少しお待ちいただけませんか? 調査リストも、後数人なのです。せめて彼らを調べ終えるまでは……」

 食い下がるルナを、ルーカスは真摯な目で見つめる。


「狙われる危険がある事は重々承知だ。だから父上も、できる限り引き延ばしてくださっていた。これ以上、父上に負担を掛けたくない。……それに、狙われているからと、王宮に閉じこもって、何もしないでいるよりは、犯人達に立ち向かいながら、今するべき事をきちんとしたいんだ」

 ルーカスの強い眼差しを受けたルナは、諦めたように小さく息を吐くと、真剣な表情でルーカスを見つめた。


「分かりました。ですが、当日は必ず私も同行させていただきます」

「ああ。……頼む」


 勿論、ルナには同行を頼むつもりでいた。身体強化魔法を操り、騎士団でも右に出る者がいないであろう腕前を持つルナが、側に居てくれれば心強い。だが同時に、ルーカスは心苦しさを感じていた。


(俺は何時まで、ルナを頼らなければいけないんだろう?)


 ルナの強さは確かに別格だが、ルナに守られる立場に甘んじたくはなかった。いくら強いと言っても、ルナは女性だ。それも、大切な……。

 ルナが傷付くくらいなら、自分が傷付く方がましだ。自分を守ったせいで、もしルナに何かあったらと思うと、居ても立っても居られなくなる。もうあんな思いをするのは、二度と御免だ。


 強くなりたい、と願った。実際、実力も付いてきた。だけど、目指す頂には、まだまだ遠く及ばない。そんな自分が歯痒くて仕方がない。


「……ルーカス殿下? どうかされましたか?」

 ルナに声を掛けられて、ルーカスは我に返る。


「あ……いや、何でもない。ルナ、また西の地方の資料を持って来てくれないか?」

「はい、畏まりました」

 ルナが出て行った私室で、ルーカスは溜息をついた。


(今はまだ叶わないけれど……、もっと力を付けて、何時の日かきっと、ルナに頼られるくらいの男になりたい)


 もどかしい思いを抱えたまま、ルナが持って来てくれた資料に、ルーカスは目を通していくのだった。

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