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我儘王子と訳有り侍女  作者: 合澤知里


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33/64

33.涙を零す王子

 ドンッ!!


「ブレイクとチャールズを殺した犯人が、今度はルーカスの命を狙ってきたと言うのか!?」


 ルーカスとオースティンが国王の執務室に赴き、報告すると、アーサーは机に拳を叩き付けて激怒した。だが、アーサーが怒りで我を忘れたのは少しの間だけで、目を閉じて大きく息を吐き出すと、険しい顔付きのままではあるものの、幾分落ち着いた様子でオースティンを見遣る。


「……それで、ルナの容体はどうなのだ?」

「ご心配いただき恐縮です、陛下。しかしながら、今は何とも……。本人は、問題ないと申しておりますが、トルーマン医師によると、並の人間なら既に絶命しているそうですので……」

「そうか……。何とか助かると良いのだが……」


 沈痛な面持ちで目を伏せるオースティンに、声を掛けるアーサー。ルナを心配する父王と共に、ルーカスもまた、苦しんでいるルナを思い出して、拳を握り締めた。


「しかし、何故犯人は今になって、ルーカスを狙ってきたのだ? まさか、我らが五年前の事件の再捜査を開始した事を知り、口を封じようとしているのではなかろうな?」

「……父上、それは考えにくいのではないでしょうか? ルナは捜査に細心の注意を払っておりましたので、情報の漏洩も、再捜査の開始を察知されたとも考えづらいと思います」

 ルナの努力を良く知るルーカスは、父王の懸念を否定する。


 ルナは捜査の時、毎回のように変装し、すぐに伸ばせるとは言え、長い髪を惜しげもなくバッサリと切り落としていたくらいなのだ。慎重に、念には念を入れて事を運ぶルナが、動きを悟られるような失態を犯すとは思えない。


「それに、もし陛下の仰る通り、再捜査を勘付かれたのだとすれば、真っ先に狙われるのは、実際に捜査を行っていたルナになる筈です。万が一、ルーカス殿下の毒見の件を犯人が知っていて、利用しようと考えたとしても、一介の侍女を狙う為に、殿下の食事に毒を混ぜるなど、一つ間違えば大事になる危険を冒すような真似をするでしょうか」

「成程な。つまり今回の事件は、五年前の事件の再捜査とは関係なく、ブレイクとチャールズ同様に、ルーカスを狙ったものと考えた方が良いという訳か」

 オースティンの意見に、アーサーも納得した。


「何故今になってルーカス殿下のお命を狙ってきたのかは分かりませんが、犯人を捕まえて吐かせれば良いだけの事。念の為、今の所は関係者に口止めをしておりますが、五年前の事件は兎も角、この事件に関しましては、料理人から得た情報として、ルナが描いた似顔絵を公開し、騎士団一同、総力を挙げての捜査に踏み切っては如何でしょうか」

「むむ……。だがそれでは、まだ人質として囚われている妊婦はどうするのだ。それに、ルーカスが狙われたという事実も明るみにせねばならぬ。未だあの事件の記憶が色濃く残る中、いたずらに国民の不安を煽らねば良いのだが……」

 アーサーが考え込んでいると、執務室の扉が叩かれた。


「国王陛下! 至急ご報告したい事がございます!」

 扉の外で張り上げられた大声に、三人共入口を振り返る。


「……入れ」

「失礼致します!」

 入室の許可を得て入って来たのは、顔を強張らせたオースティンの部下だった。


「先程料理人から渡された地図の場所、王都郊外の人気のない民家に向かった騎士から、妊婦の遺体が見付かったとの連絡がありました!」

「「「何だと!?」」」

 驚愕した三人が同時に叫ぶ。


「現在身元を確認中ですが、状況からして、誘拐されていた料理人の妻である可能性が高いと思われます」

「口封じ、という事か……!」

 オースティンが憎々しげに吐き捨てる。


「ご苦労であった。引き続き捜査を行い、何か分かり次第すぐに知らせよ」

「はっ!」

 アーサーが労い、騎士が退出すると、三人は顔を見合わせた。


「父上、ルナの似顔絵の公開は、避けた方が良いかと思います。犯人が似顔絵の男であるなら兎も角、もしその背後に真の黒幕がいる場合は、似顔絵の男まで口封じで殺されてしまいかねません。そうなったら、折角ルナが見付け出してくれた、兄上達の事件の手掛かりが、失われてしまいます」

「そうだな。オースティン、この事件は其方に一任するが、似顔絵の男の存在については決して漏らすな。国民を動揺させないよう、箝口令を敷いた上で捜査し、得た情報はルーカスとルナと共有せよ。ルーカスは、引き続きルナと共に、五年前の事件に専念せよ。二方向から犯人に迫るのだ」

「畏まりました、陛下」

「分かりました、父上」


 国王の執務室を出てオースティンと別れたルーカスの足は、自然とルナが居る医務室へと向かっていた。自分が居ても、何もできない事は分かってはいるが、少しでもルナの側に居たい。

 今日の事件の捜査は、怒りの感情に突き動かされ、必死になって取り組んでいたが、これ以上の捜査は父王に任されたオースティンに委ねるべきだろう。自分に任された五年前の事件の捜査は、ルナと一緒に図書館に行く約束をしたのだ。ルナと一緒でないと嫌だった。その他の事となると、今日はもう、何をしていても、ルナの事が気掛かりで、碌に身が入らないに決まっている。


 医務室に入り、ルナが寝ているベッドに歩み寄る。ルナは眉を顰めてはいるものの、今朝よりは顔色も良く、落ち着いた様子で眠っていた。


「ご安心ください、ルーカス殿下。峠は越えられました」

「本当か……!?」

 ジェイソンの言葉に目を見開いたルーカスは、声を震わせながらゆっくりとジェイソンを振り返る。


「はい。私ではもう、手の施しようが無いような状態でしたが、ルナ嬢は自力で乗り越えられました。……本当に、素晴らしいお嬢さんですね」

「……ああ。俺も、そう思う」


 自分でも情けない程の涙声になってしまった。視界が歪み、目から溢れ出た熱いものが頬を伝う。


(ルナ……。良かった。本当に良かった……!!)


 心の底から安堵したルーカスは、頽れるように枕元の椅子に座り込み、眠るルナの手を取って握り締めたまま、朝食も摂っていないのでは、とアデラが遅い昼食に呼びに来るまで、その場を動こうとしなかった。

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