32.取り調べる王子
「オースティン!! 事件の捜査は、どうなっている!?」
「ルーカス殿下!」
険しい表情で王宮の厨房に姿を現したルーカスに、その場にいた料理人達や騎士達は、驚き慌てて頭を垂れた。
「殿下自らこのような場所に来られずとも、お呼びいただければ馳せ参じますものを」
「俺の為に朝食の毒見をしたルナが、俺の代わりに苦しんでいるんだ。じっとなんてしていられるか!」
「……ごもっともです」
ただでさえ威圧感のある強面のオースティンの眉間に、深く皺が寄り、より凄味が増した顔つきになる。一見、冷静に見えたオースティンも、血こそ繋がっていないものの、娘を命の危機に晒されて、相当頭にきているようだ。
「既に、本日の朝食を担当した料理人を捕らえており、これから尋問する所です」
オースティンが、騎士達に捕らえられ、真っ青な顔で俯いている若い料理人を振り返る。
「そうか。なら俺も立ち会わせてくれ」
ルーカスはオースティンと数名の騎士達と共に、騎士団の取調室へと向かった。だが、オースティン達の厳しい追及にもかかわらず、若い料理人、オリバーは一言も話そうとせず、固く口を閉ざしたままだ。
「お前の作った料理を受け取ったルナが、毒見をしたら倒れたのだ。お前が料理に毒を盛ったとしか考えられんだろうが!!」
「ルナ嬢が倒れられた時、お前は『そんな馬鹿な』と呟いたそうだな。どういう意味だ? 何か知っているのだろう!?」
「おい、いい加減何とか言ったらどうなんだ!?」
「……これ以上沈黙し続けるようなら、お前の家族も、重要参考人として取り調べなければならんな」
騎士の言葉に、オリバーはビクリと肩を揺らした。その様子に違和感を覚えて、ルーカスは眉を顰める。
ルナが被害に遭ってしまって頭に血が上っていたが、少し落ち着いて冷静に観察すると、青褪めた顔のオリバーは、思い詰めた表情で、何かに怯えているようにも見えた。
(俺はこの料理人とは面識が無いし、先程から睨まれるどころか、一度も目が合わない事から考えると、個人的な理由で俺を狙った訳では無いだろうな。こいつの背後には、絶対に黒幕がいる筈だ。……まさか、そいつに何か弱味を握られていたり、脅されたりしているとか?)
ルーカスは改めて、まだ若い料理人を観察した。騎士達の尋問に青い顔で身体を小刻みに震わせながらも、頑なに口を開こうとしないオリバー。そして、先程の家族と言う言葉への反応。
「……おい。お前、もしかして誰かから脅されているんじゃないのか? 例えば……家族を人質に取られているとか?」
「……っ!?」
ルーカスの言葉に、オリバーは目を見開いて顔を上げた。その反応から、ルーカスは己の推理が正しいのだと確信する。
「事情を話してみろ。お前が知っている事を全て話してくれるのなら、家族の事を含め、悪いようにはしない」
ルーカスが促すと、オリバーは戸惑ったように、暫くの間、視線を彷徨わせていた。
「……本当、ですか?」
「ああ」
怖々としたオリバーの問い掛けに、ルーカスがきっぱりと答えると、オリバーはごくりと唾を飲み込んだ。少しの間、迷った様子を見せていたものの、やがて恐る恐る口を開く。
「……殿下の仰る通り、身重の妻を人質に取られています。誰かに密告すればすぐに殺す、命を助けて欲しかったら、殿下の食事にこれを混ぜろ、と小さな包みを渡され、私は従うしかありませんでした……! 申し訳ございません……!! 効果が現れるまでには時間が掛かるから、混ぜたらこっそり王宮を抜け出して、地図に書かれた場所まで来い、と言われていたのですが、ルナ嬢が毒見をしたらすぐに倒れてしまって、もう何が何だか分からなくて……!!」
頭を抱え、涙を零しながら語るオリバーは、嘘を言っているようには見えなかった。
(真犯人が言っていた事は、本当だろうな。狙いが俺の命であるなら、即効性の毒を使えば、毒見役が倒れてしまい、食事が俺の所に届く前に下げられてしまう事くらい、容易に予想できる筈だ。遅効性の毒を用意したにもかかわらず、毒見をしたルナがすぐに倒れたって事は……)
ルーカスの脳裏に、先程聞いたルナの言葉が蘇る。
『今は身体強化魔法の応用で、消化器官の働きを低下させて、毒の吸収を抑え……』
魔法を使ってそんな事ができるのならば、その逆もできる筈だ。つまり、消化器官を活性化させて、毒の吸収を早める。遅効性の毒までも、毒見の段階で検出できれば、ルーカスの食事は確実に安全なものになる。
(毒見をしたのがルナだったから、俺は毒を口にせずに済んだんだ)
胸が締め付けられるような思いがして、ルーカスは拳を握り締めた。
「おい、その地図の場所とやらは?」
「こ、ここです……」
騎士に促され、オリバーは懐から地図を取り出し、印が書き込まれている箇所を指差した。
「オースティン」
「はっ。すぐに騎士を向かわせます」
「頼む」
「お願いします!! 妻を、妻を助けてください!! お腹に子供がいるんです!!」
涙ながらに懇願するオリバーに、ルーカスは視線を移した。
(こいつがした事は、到底許される事じゃない。だけど、その心情は理解できなくもない。真に憎むべきは、背後にいる黒幕だ。妊婦を人質に取るだなんて、よくもそんな卑怯な真似を……!)
憤るルーカスは、ふと、最近似たような手口を、何処かで知ったような気がした。
「……おい、犯人はどんな奴らだったんだ? お前が覚えている特徴を言ってみろ」
「はい。一人は茶色の髪に顎髭、眼鏡を掛けた、身なりの良い中年の男性でした。もう一人は全身黒ずくめの服を着ており、黒いマントに付いたフードを深く被っていたので、顔は良く分かりませんが、若い男だと思います」
オリバーの証言に、ルーカスは目を見開いた。
(茶色の髪に顎髭、眼鏡を掛けた、身なりの良い中年の男性だと……!?)
まさか、と思いながら、オースティンを残して人払いをしたルーカスは、懐からルナが描いた似顔絵を取り出した。
「お前、この男に、見覚えはあるか?」
ルーカスが差し出した似顔絵を見たオリバーは、顔を上げ、ルーカスの目を真っ直ぐに見ながら言い切った。
「は、はい! この男です! 間違いありません!!」