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31.倒れた侍女

 翌朝、ルーカスはいつも通りの時間に目が覚めた。だが、今日は一向にルナが起こしに来る気配が無い。


(ルナが来ないなんて、珍しいな。何かあったのか? 昨日のパーティーでルナも疲れたとか……? いや、確か前にも一度、こんな事があったな。あの時は、ルナが自ら牢に入っていたんだっけ。今はそんな事は起こり得ない筈だけど……)


 何だか嫌な予感がしたルーカスは、急いで身支度を整えた。取り急ぎ、部屋の外にいる筈の護衛騎士達に、ルナの様子を見に行ってもらおうと扉を開ける。


「お、おはようございます、ルーカス殿下!」

 いつもと異なるルーカスの行動に、騎士達は面食らったのか、慌ててルーカスに向き直って姿勢を正した。


「ルナがまだ来ないんだ。ちょっと様子を見て来てくれないか?」

「か、畏まりました!」


 二人いた騎士達のうち、一人が早足で廊下を進んで行く。一旦部屋に戻り、落ち着かない気分で待っていたルーカスは、やがて慌てて戻って来た護衛騎士、ロバート・ウォードの言葉に、耳を疑った。


「大変です、ルーカス殿下! ルナ嬢が……!! 殿下の朝食の毒見をした後、急に倒れたそうです!!」

「は……!?」

 ルーカスは、一瞬で頭が真っ白になった。


(何だよそれ……!? 毒見!? 聞いていないぞ!? 毒見役は別にいる筈だし、そんなの侍女の仕事の範疇を越えているだろうが!?)


「あ……あの、殿下……?」

「……おい! 今ルナは何処に居る!?」


 ロバートに声を掛けられて我に返ったルーカスは、鬼気迫る表情でロバートを問い質し、急いで王宮の医務室に駆け付けた。そこでルーカスが目にしたものは、血の気が無い顔を苦痛に歪め、荒い息を吐きながら、ベッドに横たわるルナの姿だった。


「ルナ!! 大丈夫なのか!?」

 青褪めた顔で、慌てて駆け寄るルーカスに、ルナは視線を向ける。


「ルーカス殿下……」

「いい! そのまま寝てろ!」


 ルーカスを認識して、身体を起こそうとするルナを、ルーカスは慌てて制止した。意識はしっかりしているようだ、とルーカスは一安心する。


「ルナの容体はどうなんだ!?」

 傍らに立つジェイソン・トルーマン医師を見上げると、ジェイソンは酷く難しい顔をした。


「正直に申し上げますと、並の人間なら、既に亡くなっていてもおかしくはありません」

「何だとっ……!?」

 ジェイソンの言葉に、ルーカスは顔面蒼白になる。


「……大丈夫です、ルーカス殿下。私は、並の人間ではありませんから」

「ルナ……?」

 額に大量の汗を浮かべ、苦しそうに息を吐きながらも、声を絞り出すルナに、ルーカスは目を向けた。


「幼い頃からの教育で、この身体は毒に慣れています。毒に気付いた瞬間に、可能な限り吐き出しましたし、今は身体強化魔法の応用で、消化器官の働きを低下させて、毒の吸収を抑え、新陳代謝機能を高めて、毒を体外に排出しています。……先生、もう一度水を貰えますか」

 ジェイソンから差し出された水差しに口を付け、ルナは再び横たわる。


「ですから、私の事は、ご心配には及びません……。どうぞ、ご安心ください」

 ルーカスを安心させるかのように、ルナは唇の端を上げた。


 ルナは、大抵の事は表情に出さない。無表情が常であり、最近になって漸く、表情の変化が分かる事が少しずつ増えてきたくらいだ。そのルナが、誰が見ても一目で分かる程、苦痛に顔を歪めている。それだけで、どれ程辛い思いをしているのかが伝わってくるようで、ルーカスはクシャリと顔を歪ませて、拳を握り締めた。


「……お前、何で俺の食事の毒見なんてしたんだよ。毒見役は他に居たんじゃないのか?」

「確かに、以前は他の方がされていましたが、私の方が、毒に関しては詳しいので。ルーカス殿下専属の侍女になってからは、ずっと私が毒見をしておりました」

「そんな……!」

 今初めて知った事実に、ルーカスは愕然とした。


 ずっと、ルナに守られていた。そんな事も、知らなかった。そして自分の身代わりで、ルナを危険な目に遭わせてしまった。それなのに今、自分には何もできる事が無い。

 遣る瀬無い気持ちが、ルーカスの胸中を支配していく。


「……ルーカス殿下。申し訳ありません。本日は、約束を守れそうにありません」

「約束……?」


 口に出してから、思い出した。

 昨日、ルナと一緒に、王宮内の図書館に行こうと約束した事を。


「気にするな。今はそれどころじゃないだろう」

 ルーカスは枕元にあった布を手に取り、ルナの額や首筋にそっと押し当てて汗を拭う。


「今は、自分の身体を治す事を、第一に考えてくれ」

「ありがとう、ございます。それと、これからは絶対に、お一人にはならないようにしてください。何者かが、ルーカス殿下のお命を狙っております。どうか、用心してください」

「……分かっている」

「本当は、私が四六時中、ルーカス殿下の護衛をしたい所なのですが……」

「その身体で何を言っているんだよ。頼むから、今はゆっくり休んで、早く良くなってくれ」

 ルナの手を両手で取り、握り締めながら懇願すると、ルナはこくりと頷いた。


「ルナ、治ったら、一緒に図書館に行こうな」

「……はい。必ず」

 弱々しく握り返してくるルナに、ルーカスは泣きそうになるのを堪えて微笑んだ。


 こんな時にまで、ルナは自分の事を真っ先に心配してくれる。それなのに、今ルーカスがここに居ても、ルナにしてやれる事は何一つ無い。

 唇を噛み締め、後ろ髪を引かれる思いで医務室を後にしたルーカスは、険しい顔で、部屋の外で待機していたロバートに向き直った。


「おい、今この事件の指揮は、誰が取っている?」

「は、はい! ゴードン総帥です!」

 怖い程鋭さを増したルーカスの顔付きに、ロバートは思わず身を竦ませた。


「そうか。早急に合流して、進捗を確認する。付いて来い」

「はっ!!」


 ルーカスは身を翻して、足早にオースティンの所へと向かった。その後を、ロバートが慌てて追い掛ける。


 許せなかった。自分の命を狙った事よりも、何よりも、ルナをあんな目に遭わせた事が。

 ギリ、と歯を食いしばりながら、ルーカスは固く心に誓った。


(ルナに毒を食べさせた犯人は、絶対に突き止めて捕まえてやる!!)

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