30.目を細める侍女
「疲れたぁー!」
漸くパーティーが終わり、自室に引き上げたルーカスは、行儀悪くソファーの上に倒れ込んだ。
気が向かないながらも、何回もダンスを踊ったし、長々と立ち話もしてしまったので足が怠い。大規模な夜会に出席したのは久し振りだったからか、妙に注目されてしまって気疲れもした。心身共に疲れ切ってしまった身体をクッション性の良いソファーに一度横たえてしまえば、当分起き上がる気になどなれない。
「お疲れ様でした、ルーカス殿下」
マナーが悪い、と苦言が飛んで来るかと思ったが、今日ばかりはルナも心底疲れ切ったルーカスを気遣ってくれたのか、大目に見てくれるようだ。ここぞとばかりに、ルーカスは愚痴を零す。
「あーもう嫌だ。今後一切夜会で踊りたくない。って言うか面倒だしもう出たくもない。ルナ、何か良い方法は無いのか?」
「ございません」
「だよなー」
自分でも無茶な要求だと分かってはいたが、ピシャリとルナに撥ね付けられ、ルーカスはがっくりと項垂れた。
「社交は王族の務めの一環ですから、避けて通る訳にはいきません。ダンスが苦手と仰るルーカス殿下のお気持ちも分からないではないですが、今日は日頃の練習の成果を遺憾無く発揮されて、とても上手に踊っておられたではありませんか。皆様感心していらっしゃいましたよ」
「それでも嫌なものは嫌なんだよ」
お茶の用意をしてくれているルナを横目で見ながら、ルーカスは頬を膨らませる。
せめて相手がルナなら良いのに、と思いながら、ルーカスは深々と溜息をついた。
(ルナだって伯爵令嬢だ。今は十五歳だから、社交界デビューは来年になる筈。デビュタントの白いドレスに身を包んだルナは、どんな感じになるんだろう。元が割と整っているから、着飾って、化粧もしたら、きっと綺麗になるんだろうな。髪はいつも纏めているから、できれば下ろしてみて欲しい。それでにっこり笑ってくれたら……、うわ、絶対可愛いに決まっている。どうしよう凄く見たい……!)
「……ルーカス殿下。私の顔に、何か付いていますか?」
「え? あ、いや、何も付いていないぞ!?」
疲労回復に効くハーブティーを差し出しながら、怪訝そうに尋ねるルナに、ルーカスは慌ててソファーから飛び起きた。何時の間にか、ルナをまじまじと見つめながら想像してしまっていたらしい。気まずさを誤魔化すように、ソファーにきちんと座り直したルーカスは、ハーブティーを口に含んで気持ちを落ち着けようと試みた。
「そ、そうだ、あの似顔絵の男は見付かったのか?」
ルーカスの質問に、ルナの表情が引き締まる。
「王都にある商会では、それらしい人物は見付かりませんでした。本日の夜会でも、確証が持てる人物は見付けられませんでしたが、何人か、似ていると思う方はいます。その方々の血縁関係にある人物を、調べていこうと思います」
「血縁関係? 今回のパーティーで、貴族は皆来ているんじゃないのか?」
ルーカスが首を傾げながら尋ねる。
「長男の方は爵位を継いでそのまま貴族となられますが、次男三男の方々は、跡取りのいない家の養子になるか、婿入りするかしなければ、爵位を持つ事はできません。従って、貴族出身の方でも、爵位を持てず、本日の夜会に来られていない方々も大勢いらっしゃいます」
「そうか、騎士とか文官とか侍従とか、高位貴族の使用人とかは、そういう連中が多いもんな」
「はい」
納得したルーカスは、漸く目の前が開けてきたような思いがした。貴族達の血縁者を調べるくらいなら、きっと自分にもできるに違いない。
「それなら、明日一緒に王宮内の図書館に行こう。貴族名鑑を見てみれば、多分血縁者くらいすぐ分かるだろうし」
「はい。ですが、私一人でも問題ありません。ルーカス殿下のお手を煩わせる程の事では……」
当惑した様子のルナに、ルーカスは身を乗り出す。
「もしかしたら最新のものだけでなく、過去数冊分くらいは遡って調べる必要があるかも知れないだろう? 一人より二人の方が絶対に効率が良い筈だ。それに、この件については、お前に任せっきりになってしまっているけれど、俺だって、兄上達の為に何かしたいんだ」
ルーカスの熱意のこもった目を見て、ルナはしっかりと頷いた。
「畏まりました。では明日は、宜しくお願い致します」
「ああ!」
ルナの返事に、ルーカスは目を輝かせる。
これまでルナに頼り切りで、何もできなかったけれども、やっと自分にもできそうな事があった、とルーカスは喜び勇んでいた。先程ソファーの上でだらけながら愚痴を零していた姿とは打って変わって、すっかりやる気になっているルーカスを、ルナは口元を緩めて見守る。
(お兄様思いなのだな、ルーカス殿下は)
実の両親は、物心付いた頃には既に他界していた為、モルス一族の下に居た頃のルナは、家族というものがどんなものなのか、全く理解できなかった。だけど今のルナには、自分の命を救い、引き取ってくれた養父を始め、新しく家族になってくれたゴードン伯爵一家が居る。いくら感謝してもし足りない彼らの事を思えば、ルーカスの兄達への思いも、家族というものも、今なら少し、分かるような気がする、とルナは目を細めるのだった。