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3.勉強させる侍女

(くそっ……! 何なんだ、あの侍女は!)

 その後、ルーカスは苛立ちのあまり、セバスチャン・ローランド講師の授業を聞き流しながら、どうやってルナに仕返しをしてやろう、という事しか考えていなかった。


(半年もあんな奴がずっと俺の侍女だなんて、考えただけでも虫酸が走る! 絶対にあんな奴の言う事なんか聞いてやるものか! 俺も父上もクビにできないのであれば、自ら辞意を申し出るように仕向けたらどうだ? 誓約書の内容については、詳しい事なんて分からないが、ルナの方から申し出る分には、父上の信用問題とやらになどならない筈だ。変わった奴みたいだが、どうせ今までの奴らみたいに、ちょっと嫌がらせでもしてやったら、すぐに泣いて辞めさせてくれって言うに違いない……!)


 因みに、講義を聞き流されるのは毎回の事であり、下手にルーカスの不興を買ってクビにされたくないセバスチャンは、既に諦めの境地で、形ばかりの授業を行う日々である。


「……それでは時間ですので、この辺りで休憩に致しましょうか」


 休憩時間となり、ルナが執務室に入って来て紅茶を淹れ始めた。その様子をルーカスは睨め付ける。何か不手際があればすぐに咎めてやろうと思っていたのに、ルナの所作は完璧だった。紅茶の味も申し分なく、ルーカスは肩透かしを食った気分で紅茶を啜る。


「殿下は、今はどのような事をお勉強なさっているのですか?」


 ルナの質問に、ルーカスは顔を顰めた。授業の内容など、さっぱり頭に入っていない。だがそんな事を、この生意気な侍女には知られたくなかった。


「ヴァイスロイヤル国内の地理についてだ。と言っても、お前などには分からないだろうけどな!」

 確か、その辺の事をセバスチャンが説明していたような気がする。きっとそうだ。多分。


「現在は、主に西の地方についての授業をしております」

 セバスチャンが補足説明をする。どうやら当たっていたようだ、とルーカスは内心でほっとした。


「西の地方ですか。あの辺りの土地は、ヴァイスロイヤル国内でも比較的痩せておりますね。北の山々から、東の農作地帯を流れ、南の海に注ぐ大河のお蔭で、北も東も南も水路が整備され、人の往来がしやすく、栄えておりますが、西はこれと言った資源も無く、他の地に比べると、取り残されている印象がございます」

「その通りです! では、その為に西ではどのような産業に力を入れているか、ご存知ですかな?」

「工業ですね。東を流れる大河程ではないですが、西にも川が流れております。土地が痩せているので農業は発展しませんでしたが、その川の水を利用して、北の山々で取れる鉄鉱石を西の地に運び、加工する技術支援政策を、陛下が進めていらっしゃった筈です」

「素晴らしい!! よくご存知だ!!」

 目を輝かせ、感激した様子のセバスチャンに、ルーカスは唖然とした。


 久し振りに打てば響く受け答えをする者が現れて嬉しかったのか、セバスチャンはルナに質問を重ね、ルナはそれにスラスラと理想的な答えを返す。簡潔で要点が纏まっているルナの回答は、普段授業を聞き流しているルーカスにとっても分かりやすいものだった。次第に政策の内容にまで話を進ませたセバスチャンが何時の間にか熱弁を振るい出したが、ルーカスが少しでも分からない所があると、何故か絶妙なタイミングでルナが質問するお蔭で、ルーカスも何とか理解する事ができたのだった。


(何だこいつ……!? 何でこんな侍女風情が、政策とかそんな難しい事を知っているんだ!?)

 伯爵令嬢である事を考慮しても、博識と言って良いルナに、ルーカスは舌を巻く。


「……と言う訳で、陛下の政策は歳月をかけて形になってきており、徐々に西の地方も発展してきているのです! 実に素晴らしいと思いませんか!?」

「そうだったのですね。私もその通りだと思います。ああ、休憩時間はもう終わりですね。とても興味深いお話、どうもありがとうございました」

「ああ、もうこんな時間なのですね。こちらこそありがとうございました。ルナさんは博学なので、久し振りに楽しい話ができましたよ」

「お褒めに与り光栄です。とても勉強になりましたので、大変恐縮ではございますが、もし宜しければ、私もこのまま講義を拝聴していても宜しいでしょうか? 勿論、お邪魔にならないように、部屋の隅に控えさせていただくだけで結構ですので」

「何と勉強熱心な方だ! 私は一向に構いません! 宜しいですな、殿下?」

 嬉々としたセバスチャンに確認され、困惑するルーカスに、すかさずルナが尋ねる。


「殿下、私が講義を拝聴して、何か不都合な事でもお有りですか?」

「べ、別に無い!」

 まるで挑発するかのようなルナの口調に、ルーカスはつい勢いで返事をしてしまった。


「ありがとうございます。では私はこちらで控えさせていただきます」


 ルナが部屋の隅で控えると、セバスチャンは授業を再開した。休憩前とは打って変わって、水を得た魚のように、生き生きと説明を始めるセバスチャンに、ルーカスは戸惑う。切りの良い所で、セバスチャンにここまでの内容を理解できたかと問われ、思わずルーカスが視線を泳がると、偶々だろうか、ルナと目が合った。


 もしかして、殿下はお分かりにならないのですか?

 無表情なルナの哀れみを含んだような視線に、そんな事を言われたような気がして、ルーカスは発奮した。


(馬鹿にするな!! 俺だって、本気になればこれくらい……!!)


 その後、ルーカスは至極真面目に授業を受けた。その事に大層感激したセバスチャンが、常に授業に同席してもらえるようルナに頼み込み、ルナもそれを快諾する。休憩時間になる度に、授業の内容をさらに掘り下げた話で盛り上がる二人を見せ付けられる羽目になったルーカスは、意地でも授業の内容を理解しようと努めるようになるのだった。


 そしてその結果、『ルナ・ゴードンが居れば、ルーカス殿下は真面目に授業を受けてくれる』という噂が、何時の間にか王宮内に広がっていったのである。

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