29.社交をする王子
ヴァイスロイヤル国の社交シーズン到来を告げる、王宮主催のパーティー。十六歳になり、成人したばかりのデビュタント達も一斉に集うこの大規模な夜会には、ほぼ全ての貴族が参加する。
(あの似顔絵の男が貴族なら、きっとこの中にいると思うんだが……)
先日同様、ルーカスは笑顔を作って貴族達と挨拶をしながら、特に誕生パーティーには参加していなかった下位貴族達を中心に、例の男を捜していた。だが今回は参加人数が多い為か、入れ替わり立ち替わり挨拶に来る貴族達と接しているうちに、次第に訳が分からなくなってきてしまった。最後の方になると、変装したら似顔絵の男みたいになるんじゃないか、と誰も彼もが怪しく思えてしまう。ルナはどうだろう、と今日も給仕をしている筈の、頼りになる侍女の姿を捜してみるが、人が多過ぎてなかなか見付けられない。
「ルーカス殿下。本日がデビュタントの娘と踊ってやっていただけませんか?」
貴族達との挨拶が終わり、一息ついた所で、モラレス公爵がデビュタントの証である真っ白なドレスを身に纏った美しい令嬢を連れて来た。本音を言えばやはり踊る気になどなれず、勘弁して欲しい所だが、先日も、そして今朝も、ちゃんと社交をするよう、ルナに釘を刺されて約束させられてしまった以上、断る訳にもいかない。
「では、踊っていただけますか」
「はい、喜んで」
笑顔を貼り付けたルーカスは、嬉しそうに微笑む令嬢をエスコートし、大広間の中央へと移動する。音楽に合わせてダンスを踊り始めて、すぐにルーカスは違和感を覚えた。
(いつもと、違う)
いつもはもっと流れるように、パートナーと一体になって踊れるのに、今は何だか踊りにくく、僅かにぎこちない気がする。ステップの歩幅、ターンの合わせ方等、細かな差異の修正に、ルーカスは神経を使った。
「ルーカス殿下は、ダンスがお上手なのですね」
「いいえ、貴女の方こそ」
満面の笑みを浮かべる公爵令嬢に、ルーカスは取り繕った笑顔を返す。
普段よりも疲れる一曲を何とか踊り切り、内心で溜息をつきながら顔を上げたルーカスは、思いの外周囲から注目を浴びていた事に漸く気が付いた。
「ルーカス殿下は、ダンスは苦手だと伺っていたのですが……。いやはや、噂なんて当てにならないものですな」
「私、殿下が踊っておられる所を、初めて拝見致しましたわ」
「私もです。流石は王太子殿下ですね」
ひそひそと会話する内容が漏れ聞こえてきて、ルーカスは眉を顰めた。純粋に感心している視線ばかりなら嬉しくもあり、恥ずかしくもあるが、値踏みしているような視線も幾つか感じられて、どうにも居心地が悪い。
「いやはや、お見事でした、ルーカス殿下。ダンスがお上手なのですな。是非、私の娘とも踊ってやっていただきたいのですが」
何処かで見た顔が擦り寄って来たと思ったら、先日の誕生パーティーで声を掛けて来たランドール侯爵だった。一度別の令嬢と踊った手前断りづらく、ルーカスは渋々侯爵令嬢に手を差し伸べる。
「……では、お願いできますか」
「はい、勿論ですわ!」
侯爵令嬢を相手にしても、先程同様、違和感は拭えなかった。それだけでなく、何故か異様に目を輝かせ、頬を染めながらうっとりと見つめてくる令嬢に、ますます踊りづらさを感じて辟易する。
その後も、声を掛けて来た高位貴族達に促され、その娘達と数回踊ったルーカスは、既にうんざりしてしまっていた。どの令嬢と踊っても、違和感を覚えてやりにくい。決して令嬢達が下手な訳ではなく、中にはダンスの名手として知られる令嬢もいたが、ルーカスとは合わないように思えた。
(ルナが、上手過ぎるんだ)
ルーカスは漸くその事を悟った。最初に練習で踊った時から、歩幅から息遣いまで、ルナは完璧だった。ただ単に相性が良かったのか、モルス一族の類稀な身体能力でルーカスに合わせてくれていたのかどうかは分からないが、ルーカスはもう、ルナ以外の他の令嬢達と踊る気にはとてもなれなかった。
もう十分踊ったし、義務は果たしただろう、と逃げ腰になっていたルーカスに、声が掛かる。
「ルーカス殿下。素晴らしいダンスでしたよ」
「ジェームズ叔父上!」
叔父の顔を見てほっとしたルーカスは、これ幸いとばかりに、取り巻いて来る貴族達から脱出を図った。王弟であるジェームズ・サリヴァン公爵と、王太子であるルーカスとの間に、割って入れる貴族などいない。
「この間の視察のお話も伺いました。陛下が大層褒めておられましたよ。新年祭でのお言葉通り、しっかり務めを果たされているのですね」
「はい。今まで俺が不甲斐ないばかりに、叔父上にも迷惑を掛けてしまった分まで、取り返せるように頑張っていきたいと思っています」
「それは素晴らしい意気込みですね。期待していますよ、殿下」
「はい。見ていてください、叔父上」
叔父との会話は楽しく、最近のルーカスの体調から身体が丈夫になった経緯まで、話は尽きなかった。他の貴族にこれ以上絡まれたくない心理も働いて、ルーカスは叔父と長時間話し込んでしまったのだった。