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20.心を開いた侍女

「私は、殿下のお兄様を暗殺した、実行犯の一族の生き残りです。本来ならば、とっくに処刑されていた筈の身。父に生かされ、家族の勧めで、今はこうして侍女として働き、縁あって殿下にお仕えして参りましたが、私の正体をお知りになった今、殿下とて、お兄様の仇をお側に置くのはお嫌でしょう」


 自らの過去を語り終えたルナは、ルーカスに深々と一礼した。


「我が一族が、殿下の心に大きな傷を残してしまいました事、深くお詫び申し上げます。そして、過去の秘匿を厳命されていたとは言え、結果的に殿下を騙すような形になってしまいました事も。国王陛下との約束の期限が切れた今、これ以上殿下にお仕えする資格は、私にはございません。王族への不敬罪で処罰される事が、私に最も相応しい処遇である事と存じております」

 深々と頭を垂れたまま、微動だにしないルナに、ルーカスは唇を噛み締めた。


 ルナから聞いたばかりの情報に戸惑うばかりで、頭の中で上手く処理し切れない。どうすれば良いのか、どうするべきなのか、考えが纏まらない。

 だけど、これだけは言える!


「ふざけるな!!」

「殿下……?」

 突如として、地下牢全体に響き渡る程の大声で怒鳴ったルーカスに、顔を上げたルナは目を丸くした。


「不敬罪で処罰だなんて、そんな事、俺は望んでなどいない!! お前まさか、俺の専属侍女になったのは、モルス一族の贖罪の為で、任期が終わったら死ぬ事も覚悟して仕えていたとか言い出すんじゃないだろうな!?」

 ルーカスの鋭い問い掛けに、ルナが息を呑んだ気配がした。


「俺に仕えて、不敬罪をも恐れない態度で俺を諫めて、最後には自ら牢に入って! 自己満足の贖罪のつもりかよ!? 勝手に死んで、楽になろうとするなよ! 後に残された俺達が、どんな気持ちになるのか、考えた事あるのかよ!?」


 衝動のままに怒鳴り、喉の痛みで軽く咳き込むルーカスを見つめながら、ルナは絶句していた。

 一族が絡んだ五年前の事件が原因で、ルーカスが心に傷を負ってしまっているのならば、一族の生き残りである自分は、その存在と引き替えとしてでも、ルーカスを立ち直らせる責任があると思っていた。本来ならばとっくに処刑されていた筈の身だ。ルーカスの怒りを買い、命を失う羽目になっても、一向に構わなかった。


 だが、自分はそれで良くても、周りの人間はどうなのか?

 ……そんな事は、考えた事も無かった。


「……殿下は、私の事を、恨んではいないのですか?」

 漸くルナが口にした言葉に、ルーカスは首を傾げる。


「恨む? 何故だ」

「私は、殿下のお兄様を暗殺した一族の生き残りです。殿下からすれば、お兄様の仇ではないのですか? おまけに私は、その事を明かさず、侍女として殿下にお仕えしておりました。決してそのような意図はありませんでしたが、お兄様方の事件をまだ引き摺っておられる殿下からすれば、騙されたと思われても仕方のない事をしたという自覚はございます」

 目を伏せるルナに、ルーカスは唇を引き結んだ。


 確かに、ルナの過去を聞いて、色々思う所はあった。

 ルナが兄を殺した一族の生き残りという事にも、父王にオースティン、そしてルナ自身もそれを黙っていた事にも、それを告げないまま、半年もの間、自分に侍女として仕えていた事にも。

 もっと早く、言って欲しかったという思いもある。だが打ち明け辛かったであろう、ルナの気持ちも分からなくはない。それに、半年と言う期間を掛けて、ルナという人物を知る事ができた。そして何よりも、今ルナの口から、全てを話してくれた。

 だから、その事はもう良い。


「確かに、怒っていないと言えば嘘になるかもな。だけど、お前を恨んでなどいない」

 口を開いたルーカスに、ルナは驚いたように目を見開いた。


「だってお前は、兄上達の事件に直接関わってはいなかったんだろう? お前はその時、まだ子供だった。事件の事だって事前に知らなかったんだし、どうしようもなかったんだ! もう既に滅んだ一族の責任を、お前が全て背負う必要なんかない! お前はもう、モルスの一族じゃないんだ!! そうだろう! 『ルナ・ゴードン』!!」

 ルナが背負う過去を取り払うかのように、ルーカスは彼女の今の名を力一杯叫ぶ。


「お前の過去がどうだろうと関係ない!! オースティンが折角助けた命を、みすみす投げ出すような真似をするのは、この俺が許さない!! 俺は子供の頃からずっと病弱で、何度も死の恐怖に怯えて、必死になって生きたいって願ってきたんだ! そんな俺の前で、命を粗末にするなんて、絶対に許さないからな!!」

 怒鳴り終え、肩で息をしながら睨み付けてくるルーカスから、ルナは目が離せなかった。


 平民の、それも大罪を犯した一族の生き残りである自分の命など、軽いものだと思っていた。一族の為ならば命をも差し出せ、と子供の頃に叩き込まれた事も、何処かで尾を引いていたのかも知れない。

 だけど、目の前の王子は、命を粗末にする事を、決して許さない。それがたとえ、自分のような、処刑されて当然だった、取るに足らない命でも。

 ルナの視界の端がぼやけ始める。とうの昔に、全ての諦めと共に、枯れ果てていた筈の熱いものが、目に込み上げてきていた。その事実に、ルナは驚く。


(私は……、まだ何処かで、生きたいと思っていたのだろうか……? まだ涙を流す程の感情を、持ち合わせていたのだろうか……? ……いいえ、きっと違う。一族に失わされたものを、取り戻させてくれたんだ。生きたいという意思を。感情を。お父様が、新しい家族が、ルーカス殿下が)

 ルナの目から、一筋の涙が頬を伝った。


「ルナ、俺の侍女は、お前じゃないと嫌なんだ! 頼むから、戻って来てくれよ!!」

 再度懇願したルーカスに、涙を指先で拭ったルナは、姿勢を正してルーカスに向き直った。


「……ルーカス殿下は、全てをお知りになった今でも、私を侍女として、望んでくださるのですか?」

「さっきからそう言っている!」


 『殿下』ではなく、『ルーカス殿下』と名前で呼ばれた事に目を丸くしながらも、ルーカスは間髪入れずに答えた。一切の迷いが無いルーカスの答えに、ルナは深々と頭を垂れる。


「光栄の極みでございます。これより先、私、ルナ・ゴードンは、ルーカス・ヴァイスロイヤル殿下に、心よりの忠誠を誓わせていただきます」

「……! じゃ、じゃあ、戻って来てくれるのか!?」

「はい。ルーカス殿下にお許しいただけるのならば」


 顔を上げたルナは、目を潤ませながら、嬉しそうに口元を綻ばせていて。

 目を輝かせたルーカスもまた、心の底から安堵した、満面の笑顔を浮かべるのだった。

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