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2.不敬な侍女

「本日から殿下付きの侍女に任命されました、ルナ・ゴードンと申します。以後お見知りおきください」

「……」


 自室でソファーに座るルーカスは、顔を上げた新しい侍女に、胡散臭げな視線を送った。自分よりも二つ年上の十五歳だと言う新米侍女は、淡々とした口調で事務的に挨拶をするだけで、顔に笑みを貼り付けるでもなく、無表情でルーカスを見下ろしている。

 これまでの侍女ならば、たとえ表面上だけであったとしても、にっこりと笑みを浮かべて恭しく挨拶をしていたものだ。所作こそ丁寧ではあるものの、能面のような表情を変えようともしないルナの様子が、ルーカスは気に入らなかった。


「フン。今度は随分と無愛想な侍女が来たものだな。これから仕える主君に対して、愛想笑いの一つもできないなんて、いくら新米侍女とは言え、礼儀がなっていないんじゃないのか?」

「これは失礼致しました。殿下相手に愛想良く接する必要性など全く感じませんでしたもので。殿下に愛嬌を振りまき、礼儀正しく、誠心誠意お仕えしようとした優秀な先輩方を、悉くクビになさったのは、殿下ご自身でございましょう?」

「な、何だとっ!?」


 てっきり平身低頭の謝罪だけが返ってくるものとばかり思い込んでいたルーカスは、予想もしていなかった返答に狼狽した。痛い所を突かれた反発もあり、声を荒らげて鋭く睨み付ける。だがそんなルーカスにも動じないルナは、変わらぬ無表情ながらも、何処か呆れたようにも感じられる視線をルーカスに向けた。


「お蔭様でブーン女官長様も、このような無愛想で礼儀がなっていない、見習い教育を終えたばかりの新参者に、殿下付き侍女の任を命じざるを得なくなったのです。少しはご自分のなさった事を振り返って、反省してくださいませ」

 ルナの物言いが、ますますルーカスの癇に障る。


「生意気な奴だな! お前も早々にクビにするぞ!?」

 脅し文句を口にしても、ルナの表情は変わらない。


「残念ながらそれは不可能です。私は国王陛下より、『最低でも半年は、何があっても、任を解かれる事は無い』と言うお約束を頂いております。ほらこの通り」

 ルナは国王から貰ったばかりの誓約書を、懐から取り出して広げて見せた。


「つまり、殿下が私を疎もうが腹を立てようがクビを告げようが何をしようが、半年間は私をどうする事もできない、という事です」

「なっ……!?」

 愕然とするルーカスを一瞥し、ルナは誓約書を再び懐に入れる。


「そんな約束、父上に頼んで破棄してもらう!」

「一国の国王陛下が、誓約書までしたためた約束を、一方的に破棄しろと仰るのですか? そのような事が罷り通ってしまうのであれば、ヴァイスロイヤル国は国内外から信用を失い、内乱や戦争が起こってしまうかも知れませんね」

「ぐっ……!」

「これも殿下の身から出た錆です。さっさとお諦めになって、この先半年は私で我慢してくださいませ」

「くそ……! 覚えていろよ! 半年後には絶対にお前をクビにしてやるからな!?」

「その時はどうぞご自由に」

 悔しそうに歯噛みし、睨み付けてくるルーカスを意に介さず、ルナは部屋の時計を視線だけで確認した。


「さて殿下、そろそろ勉強の時間だと伺っております。執務室に行かれなくても宜しいのですか? 先生がお待ちになっているのでは?」

「フン! 誰がお前の言う事など聞くものか!」

 意地でも動かないぞ、とばかりに、ルーカスはソファーにふんぞり返る。


「そうですか。分かりました。では仕方がありませんね」


 ルナはソファーに歩み寄ると、ルーカスをひょいっと抱え上げた。横抱きで。

 所謂お姫様抱っこである。いやこの場合は王子様抱っこか。


「うわあぁぁぁ!? 何をする!?」

 驚いたルーカスは、慌てて手足をバタバタさせて抵抗するが、ルナは全く動じない。


「殿下を執務室にお連れします。ご自分で向かわれる気は無いようですので」

 腕の中で必死にルーカスが暴れているにもかかわらず、ルナは全く危なげない足取りで扉に向かい、ルーカスを抱えたまま扉を開けようとすらしている。


(冗談じゃない! 女に軽々と抱えられたまま、人目に付く廊下を移動するなんて、恥晒しも良い所だろうが!!)

 慌ててルーカスは口を開いた。


「ま、待て!! 行く!! ちゃんと自分で行くから、今すぐに下ろせ!!」

「そうですか。畏まりました」

 すぐに下ろしたルナを、ルーカスは呆然と見上げる。


(な……何なんだ、この女!? 年上とは言え、俺と二つしか変わらないし、身長だって俺よりもちょっと高いくらいで、体格だってそんなに変わらないのに! 俺を軽々と持ち上げた上に、思いっ切り抵抗しても平然としているなんて、絶対只者じゃないだろ!? 何者なんだ、この女!!)


「どうなされました? 殿下。ご自分で向かわれないのですか?」

 何を考えているのか分からない無表情で見つめてくるルナに、ルーカスは我に返って青褪めた。


「い、いや、今行く所だ!」


 またルナに抱き上げられては敵わないと、ルーカスは慌てて部屋を飛び出し、執務室へと向かったのだった。

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