18.牢に入った侍女
翌朝、目が覚めたルーカスは、寝過ごしてしまっている事に気付いて思わず目を剥いた。毎朝ルナが決まった時間に起こしに来てくれるのに、今朝はどうしたのだろうと思いながら、急いで身支度を整える。
(昨日までは年末年始に新年祭の準備にと大忙しで、連日バタバタしていたから、流石のルナも疲れが取れていないんだろうか? 昨日も何だかんだで忙しくて、結局ルナに謝る時間も取れなかったからな。今日こそはルナに会ったら、ちゃんと謝らないと……)
出端を挫かれた気がしながらも、着替え終わって居間に移動すると、タイミング良く扉をノックする音が聞こえた。
「良いぞ、入れ」
「失礼致します、ルーカス殿下」
てっきりルナが起こしに来てくれたのだと思ったが、扉を開けて姿を現したのはアデラ・ブーン女官長だった。
「あれ? ルナはどうしたんだ?」
朝食を持って来てくれたアデラに尋ねると、アデラは戸惑いながら顔を曇らせた。
「ルナは、昨日で陛下とお約束していた半年の期限が終了致しました。殿下に不敬を働いた罪として、今は自ら牢に入っております」
「何だと!?」
ルーカスの顔から、一気に血の気が引いていく。
半年……言われてみれば、ルナが侍女になってから、丁度半年が経っている。何時の間にか、ルナが侍女である事が当たり前になっていて、すっかり失念してしまっていた。
自分は何という事を口にしてしまったのだろうと、激しい後悔に襲われる。
確かに自分は、約束の期限が切れればルナをクビにするとも、牢に入れるとも言った。だが、それらは売り言葉に買い言葉で、決して本心などではない。期限が切れるのは、もっと先の話だと思っていた。今日謝れば、まだ間に合うから大丈夫だと思い込んでいた!
「ルナ!!」
勢い良く部屋を飛び出したルーカスは、一目散に王宮の地下牢へと向かった。
「あれ、ルーカス殿下!? 何故このような所に?」
「おい、ルナは何処だ!?」
驚く牢番達の胸倉を掴んで問い質し、ルナが居る牢を聞き出してまっしぐらに駆け寄る。
「ルナ!!」
「何事ですか? 殿下。そんなに慌てられて」
息を切らしながらも大声で呼び掛けると、牢の中から、いつもと変わらずに落ち着き払ったルナの声が返ってきた。まるで他人事のようなのんびりとした返事に、誰のせいで慌てていると思っているんだ、と肩で息をするルーカスは苛立ってしまう。
「お前、何で馬鹿正直に牢の中に入っているんだよ!?」
「何でと言われましても。殿下とお約束致しましたから」
「あんな売り言葉に買い言葉を真に受けるなんて、お前馬鹿じゃないのか!?」
「そうかも知れません」
相変わらず何処か他人事のようなルナの返答に脱力しながらも、何とか息を整えたルーカスは、鉄格子を両手で握り締めた。
「……ごめん、ルナ。俺が悪かった。頭に血が上って、お前に酷い事を言ってしまった。お前をクビにする気も、牢なんかに入れる気も、これっぽっちも無かったんだ。頼むから、今すぐにここを出て、また俺の侍女に戻ってくれないか? お前が居ないと、困るんだ。俺の侍女は、お前じゃないと嫌なんだよ!!」
心の底からの謝罪の言葉を述べ、祈るような気持ちでルナの返事を待つ。
ルナは、許してくれるだろうか。また、今までのような関係に戻れるだろうか。
固唾を呑んでルナを見つめていると、やがてルナが口を開いた。
「……殿下。私は、殿下の侍女には相応しくありません」
「……え……?」
ルーカスの目が見開かれ、鉄格子を握る手が震えていく。
ルナの返答は、断りの常套句そのものだ。その事実を理解したくなくて、ルーカスは声を絞り出した。
「相応しくない訳が無いだろう! 病弱で何に対してもやる気を持てなかった俺を変えてくれたのは、他でもないお前じゃないか!! それとも何だよ、そんなに俺の侍女に戻るのは、嫌、なのか……?」
頭が、真っ白になる。何とか絞り出した声も、震えてしまう。気を抜けば足元から崩れ落ちてしまいそうな気がして、ルーカスは鉄格子を握る手に力を込めた。
(頼むから、違う、と言ってくれ! ルナ!!)
「……以前、殿下とお約束しましたね。半年の期間が終われば、私の過去をお話しすると。丁度良い機会ですので、今ここでお話し致しましょう」
「お前……何言って……?」
急にルナの過去の話になってしまい、ルーカスは戸惑う。だが、ルナの目が、以前過去を尋ねた時と同様、昏い事に気付いたルーカスは、気を取り直して、鉄格子越しに改めてルナと向かい合った。
「殿下は、モルス、と言う一族に、聞き覚えはございますか?」
「……ああ。覚えている」
ルーカスは視線を落として唇を噛んだ。
忘れはしない。五年前、次兄チャールズと手を結び、王太子だった長兄ブレイクを暗殺した実行犯だとされた一族だ。王太子殺しの大罪を犯した彼らがそのまま野放しにされる訳が無く、王命を受けたオースティンが、一族を完膚なきまでに滅ぼしたと聞いているが、今更その一族がどうかしたのだろうか。
「私は、そのモルス一族の、唯一の生き残りなのです」
「えっ……!?」
ルナの信じられない告白に、驚愕したルーカスは、息を呑み、目を見開いてルナを見つめた。