14.戸惑う王子
それからと言うもの、ルーカスは自身の変化に戸惑うばかりだった。
まず朝、ルナが起こしに来ると、必ずと言っていい程心臓が音を立ててしまう。最初はまた横抱きにされる恐怖からかと思っていたが、朝の支度を終えて自室の居間でルナと顔を合わせた時も、同様に音を立てだすので、おそらく違うのではないかという気がする。
授業の合間に、セバスチャンとルナの会話を聞いていても、ルナの知識に感心すると同時に、また心臓の鼓動が早くなる。稽古の休憩中にルナに差し入れされた時もそうだ。何よりも、ダンスのレッスンが一番困った。ルナと踊っている間中、心臓が煩くて敵わない。
ルナが苦手で緊張するせいかと思い、暫く遠ざけてみようとしたが、小一時間もするとかえって落ち着かなくなってしまって、結局すぐに止めてしまった。ルナと同じ空間にいると、ついつい目で追ってしまう自分に気付いて苛ついてしまうが、いないならいないで何だか物足りないような気がしてならない。
そして何よりも、ほんの少しで良いから、またルナが笑った所を見てみたくて仕方がない。
(俺、何かの病気なんだろうか?)
そう不安になるものの、身体の方は至って健康だ。以前は何かある度に体調を崩して寝込んでばかりいたのが嘘のように、ここ数ヶ月は寝込む事も無くすこぶる元気で、季節の変わり目だというのに体調を崩す気配すら無い。
そんな自分に首を傾げている間も、日々はあっと言う間に過ぎていき、年の暮れを視野に入れ始める季節になった。一年の締めや、年末年始の行事に向けて、王宮も日毎に慌ただしくなっていく。
「ルーカス、来年の新年祭は、参加できそうか?」
「はい、父上。最近は体調も良いので、来年こそは問題ないかと」
晩餐の席で、父王から声を掛けられたルーカスは、力強く頷いた。
新年祭は、王宮の広場で、ヴァイスロイヤル国王が国民に向かって新年の祝辞を述べる所から始まる。国王だけでなく、王族全員が出席し、国民の歓声に応える事になっているが、毎年この時期には決まったように体調を崩すルーカスは、殆ど参加できていなかった。
「そうか。それは楽しみだな。国民達にも、お前の元気な姿を見せてやってくれ」
「はい。きちんと体調を整え、来年こそは王族の務めを果たしてご覧に入れます」
「うむ。期待しているぞ」
父王の満足げな笑みを目にしたルーカスは、来年こそは、と意気込みを新たにするのだった。
***
「体調を保つ方法、ですか?」
自室に戻ったルーカスが尋ねると、ルナは鸚鵡返しに答えた。
「ああ。来年の新年祭には、必ず出席したいんだ。今まで碌に参加できなかったからな。今度こそは、父上の期待を裏切りたくない。何か良い方法はないか?」
「それなら、殿下は既に実践されておられます」
「何だと?」
表情一つ変えずに平然と答えるルナに、ルーカスは怪訝な表情をする。
「よく食べ、よく動き、よく寝る。これが健康の秘訣です」
「そ……そうなのか?」
「はい。今まで殿下は好き嫌いが多く、特に肉料理がお嫌いだった為、身体に必要な栄養が十分に取れていない状態でした。運動もお嫌いでしたし、先輩方からは、夜寝付くのが遅く、朝は目覚めが悪いとも聞いていました。ですが今は何でも召し上がりますし、しっかりと身体を動かし、その分夜は熟睡されています。この生活習慣を保てば、何の問題も無いかと」
「そ……そうか」
狐につままれたような気分で、ルーカスはぽつりと零した。
それらの事は、ルナがルーカス付きの侍女になった初期の段階で矯正された事である。考えてみれば、ルナが専属になってから、寝込んだ事は自業自得のあの一回だけだった。ルナが自身の健康に一役買ってくれていた事に今更ながら思い当たり、ルーカスは感謝の念を抱いた。
「その……ありがとうな、ルナ」
「何の事でしょう?」
小首を傾げるルナに、ルーカスは顔を赤らめながらも、しっかりと向き直った。
「俺の事、色々考えてくれていたんだよな。あの頃の俺は、全然分かっていなかったし、お前に反発していた時すらあったけど、お前が侍女になってくれて、今は本当に良かったと思う。だから……礼が言いたくなった。それだけだ」
自分で言っていて、何だか恥ずかしくなってくるが、何とか最後まで言い切る。顔を逸らしたくなりながらも、ルナの様子を窺っていると、ルナの口元が、柔らかく弧を描いた。
「私は大した事はしておりません。努力されたのは殿下ご自身です。そのようなお言葉を頂戴できて、身に余る光栄です」
ルーカスの心臓が、ドキリと音を立てた。淡く微笑むルナから、目が離せない。身体が段々熱くなり、顔に血が集まっていく感覚がする。
「……殿下、どうかされましたか?」
固まったまま動かないルーカスに、無表情に戻ったルナが尋ねる。
「お……俺、やっぱり病気なのかな? 何か、身体が熱くて……」
「すぐに先生を呼んで参ります」
ルナが急いで呼んで来たジェイソンに色々と質問され、ルーカスはその全てに正直に答える。だが最終的には、何処にも異常は無い、と何処か生温かい視線で微笑みながら結論を下され、首を捻るルーカスだった。