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12.演技をする侍女

 白を基調に聳え立つ王宮を後にして、遂に念願の収穫祭に繰り出したルーカスは、あちこちに忙しなく視線を動かしていた。色取り取りの店が並び立つ大通りに、所狭しとひしめく屋台、あちこちから聞こえてくる威勢の良い売り子の掛け声、賑やかな祭りを楽しむ大勢の人々に、ルーカスは目を丸くする。


「こんなに沢山人がいるのか」

「はい。逸れないように気を付けてください、ルイ坊ちゃま」

「おい、坊ちゃまは止めろ」

「畏まりました、ルイ様」


 三人で話し合った結果、ルーカスのみをルイという偽名で呼ぶ事にしたのは良いが、いくら何でも坊ちゃまは無いだろうと、ルーカスはルナをじろりと睨む。だが、いつもの無表情と違って、にこりと微笑みながら返答するルナに胸がざわめき、直視できなくなったルーカスは目を逸らした。


(ったく、普段は無表情なくせに、何なんだよ!)


 王宮を出た時から、ルナはずっと微笑みを浮かべている。ルーカスに気を配りつつも、何処か楽しげに周囲の屋台を見回している所は、主人の付き添いでありながらも祭りを楽しみに来た侍女そのものにしか見えない。


(日頃からそうやって笑っていれば、ちょっとは可愛げがあるものを……。って、何考えてんだ俺!?)

 ルナの横顔を盗み見ていたルーカスは、はっと我に返ってブンブンと頭を振った。


「どうかされましたか? ルイ様」

「い、いや何でもない。……何だか喉が渇かないか?」

 ブライアンに尋ねられ、ルーカスは適当に誤魔化そうと試みる。


「なら、あそこの店に行きましょうか? 搾り立ての果実水が飲めるようです」

「よし、行こう!」

 ブライアンの提案で、三人は果実水の屋台に移動する。


「いらっしゃい! 何にします? どれも東の地方から直送された新鮮な果実ばかりですよ!」


 店主の言う通り、店頭に並んでいる種々の色鮮やかな果実は、どれも大振りで美味しそうに見える。今年の作物の出来は良好である事が窺えた。


「どの果物にしますか? ルイ様」

「そうだな……。オレンジにする」

「毎度! 三百ヴァイスになります」


 値段を聞いたルーカスは、布袋を取り出した。お金の使い方も勉強だと言われ、今日の小遣いとして父王から五千ヴァイス貰っている。上手く遣り繰りしないと、すぐになくなりそうだと思いながら、店主に代金を渡して、果実水を受け取った。搾り立てのオレンジは、香りが良くて甘味も強く、渇いた喉に心地良い。


「あ、おいブライアン、あれは何だ?」

「ああ、飴屋ですね。動物や花等、色々な形に整えた飴細工や、飴でコーティングした果実等を売っているんです」

「あれは飴なのか! 凄いな、まるでガラス細工みたいだ! ん、あそこは何をしているんだ?」

「ボール当てゲームのようですね。的に当たれば、賞品が貰えるんですよ」

「そうか! 面白そうだな!」


 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 ルーカスにとって、屋台は目新しい物ばかりで興味が尽きない。小遣いの残金を気にしながらも、時には買い食いを楽しみ、時にはゲームで遊び、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていった。


「何だか良い匂いがするな! あれは何だ?」

「あれは庶民の食べ物で、串焼きと言う物です。肉や野菜を串で刺して、タレに浸けて香ばしく焼いています」

「そうなのか! 食べてみたいが……」


 ルーカスはお腹を擦る。あちこちで買い食いしたので、お腹は既に一杯だ。一口だけ食べてみたいが、大きめにカットされた肉と野菜が交互に刺さった、ボリュームのある一串を丸々食べられる気はしない。屋台を見つめながら、無理をしてでも食べてみようか、それとも潔く諦めようかと悩んでいると、ルナが屋台に近付いて行った。


「すみません、一串ください」

「あいよ! 五百ヴァイスね! お嬢ちゃん可愛いから、これおまけしておくよ!」

「わあ、ありがとうございます!」


(本当にこいつはルナなんだろうか?)

 普段の無表情が信じられない程、愛想良く店主に笑顔を振り撒いているルナに、ルーカスは苦り切った表情を浮かべる。何故だか胸の内に言いようのない不快感がくすぶり始めて、戸惑いながら眉を顰めていると、戻って来たルナは、おまけで貰った、紙に包まれた肉の切れ端を、ルーカスに差し出した。


「ルイ様、おまけで頂いた物ですが、良かったらどうぞ」

「え……いや、お前が貰ったんだろう? お前が食べろよ」

「良い匂いにつられて衝動的に買ってしまいましたが、よく考えてみれば、実は私も先程からルイ様に付き合って買い食いしておりますので、お腹が膨れておりまして、どうにも食べ切れる気がしません。手伝っていただけると助かるのですが」

「そ……そうなのか? なら、貰うぞ」

「はい。ありがとうございます」


 ルーカスは当惑しながらも、ルナからまだ熱々の肉の切れ端を受け取ってかぶり付く。肉は少々硬かったが、香ばしいタレと肉汁の旨味が合わさって、とても美味しかった。少し前まで肉が嫌いだったとは到底信じられない程、ルーカスは残さず綺麗に平らげた。


「お兄様はまだ余裕ですよね? 良かったらお願いします」

「もう食べないのか? じゃあ有り難く貰うぞ」

 串焼きの上半分を食べ、残りの下半分をブライアンに渡すルナに、ルーカスは違和感を覚えた。


(こいつ、食べ物を粗末にするような奴じゃないのに……。もしかして、俺が食べたそうにしていたからか?)


 ルーカスは少し苦しそうにお腹に手を当てるルナを見つめる。ルナの分かりにくい気遣いが感じられて、ルーカスの胸に温かいものがじわりと広がっていくような気がした。

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