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11.お忍びをする王子

 それから、一ヶ月程が過ぎた。

 ルーカスは、相変わらず勉強に鍛練にと、忙しい毎日を過ごしている。セバスチャンの授業の内容が理解できるようになってくると、不思議と興味も湧いてくるもので、最近は勉強がそれ程苦にならなくなってきていた。


「そう言えば、もうすぐ収穫祭ですな。収穫祭については、先日お話ししておりますが、覚えておいでですかな?」

「ああ。作物の収穫を神に感謝して、秋に数日間、国を挙げて祝う祭りだろ? ヴァイスロイヤル国では、新年を祝う新年祭と並んで、総力を挙げて盛大に催される祭りだったな」

「その通りです! いやはや、よく覚えておいでだ。素晴らしいですぞ、殿下!」


 以前とは異なり、真面目に取り組むルーカスが余程嬉しいのか、セバスチャンは事ある毎に、ルーカスを過剰に褒めてくる。煽てられて悪い気はしないルーカスは、調子に乗ってますますやる気になるという好循環だ。


「収穫祭は、その年の作物の出来が分かる、良い機会なのですよ。その年の恵みが良ければ、人々は活気付き、各地から色々な商品が出されて、祭りがより盛り上がります。逆に、悪ければ人々の集まりが悪かったり、あまり商品が出なかったりするので、自然と盛り上がりに欠けるのです」

「ふーん。そういうものなのか」

「殿下は、収穫祭を直にご覧になった事はお有りですかな?」

「……いや、俺は無い」

 セバスチャンに問われて、ルーカスは口ごもる。


 毎年行われる収穫祭は、王宮の従者達も楽しみにしているようで、時期が近付くと自然と話題に上るし、祭りの期間は交代で休みを取って参加しているようだ。兄達も生前はお忍びで視察した事もあるそうだが、身体の弱いルーカスは、収穫祭の前に体調を崩して参加が認められなかったり、期間中寝込んでいたりと、お祭りとは縁が無かったのだった。


「では、今年はお忍びで参加されては如何でしょう?」

 部屋の隅から聞こえてきたルナの声に、ルーカスは目を見張りながら振り返る。


「殿下も、ここの所随分体力が付いてこられたようですし、一日歩き回るくらい問題はないでしょう。庶民の事を知るのも、良い勉強かと思いますが」

「そうですな! 私からも陛下に申し上げてみましょう」

 ルナの提案をセバスチャンが後押しし、ルーカスは期待を抱き始める。


(お忍びで収穫祭、か……)

 時期が近付いてくると、皆が待ち遠しそうに浮足立ち、そして楽しそうに参加する収穫祭。ルーカス自身も憧れながらも、今まで縁が無かったお祭りを、初めて体験できるかも知れず、自然と期待は膨らんでいった。


 ***


 無事、父王の許可も下り、待ちに待った収穫祭の日。


「殿下、こちらの服にお着替えください」


 ブライアンを伴い、簡素なシャツとズボンを持って入室して来たルナに、ルーカスは目を見開いた。普段は一つに纏めている髪をポニーテールにしてリボンで束ね、シンプルなワンピースを着たルナは、いつものお堅い雰囲気は無く、年相応の少女のように見える。ルーカスは一瞬跳ねた心臓に戸惑いながらも、ルナが用意した服に着替えた。


「ブライアンが同行するのは分かるが、何でお前なんだ?」

 着替え終わったルーカスは、全身を確認しながらルナに尋ねた。


 今回のルーカスのお忍びに同行するのは、ブライアンとルナの二名だけだ。あまり大人数だとお忍びにならないので、護衛は少数精鋭になるのは分かるが、いくら腕が立つとは言え、ブライアン一人だけでは流石に心許ない。侍女であるルナを同行させるくらいなら、もう一人か二人、護衛を付けてもらった方が良いのではと思ったのだが。


「国王陛下直々のご命令です。お兄様と私が護衛を務めるのならば、まず心配は無いだろうとの事で」

 ルナの返答に、ルーカスは眉根を寄せる。


 侍女のルナを護衛扱いするという事は、父王はルナの過去を知っているという事なのだろうか。気にはなったものの、いずれ全てを話すと言うルナの約束を思い出し、ルーカスは追究する事は止めた。


「お忍びという事であれば、私達の関係を設定した方が良いかも知れませんね」

「関係を設定?」

 何処か楽しげなブライアンの提案に、ルーカスは首を傾げる。


「まさか民衆の前で、『殿下』とお呼びする訳にはいきませんから。三人共兄弟という設定にでもしますか?」

「お兄様、それは反対です。私達の名前呼びに慣れ切っていらっしゃる殿下が、不自然にならないように『兄』や『姉』と呼ぶ事は難しいのではないかと」

「おい待て。ブライアンは兎も角、お前が俺の姉になるのか?」

「年齢的にも身長的にもそうなるかと思いますが」

 ルナに痛い所を突かれて、ルーカスは黙り込む。


「元々の関係性を活かして、『良い所のお坊ちゃまが兄妹従者と共にお祭りに訪れた』という設定で良いのではありませんか? そうすれば、お兄様と私が『殿下』と口にしてしまわないよう、気を付けるだけで済むのでは」

「それもそうだな。だが一応偽名を使った方が良くないか?」

「そうですね。ですが、私達は兎も角、殿下が咄嗟に偽名を口にできるかどうか疑問です」

「おいちょっと待て。さっきから聞いていれば、俺に問題があるような言い方ばかりしていないか?」

 ルーカスの制止に、ルナは疑わしげな視線を向けた。


「では殿下は、咄嗟の時の演技力に自信がお有りなのですね?」

「そ、それは……。だけど、お前も演技できるのか? お祭りを楽しんでいる民衆の中で、お前一人だけそんな無表情でいたら、悪目立ちするかも知れないだろう」

「確かにそれは一理ありますね」


 小首を傾げたルナは、次の瞬間、にこりと微笑んで見せた。


「これなら私の方は問題ないかと」


 初めて見るルナの微笑みに、ルーカスは返す言葉もなく、ただただ目を丸くして、口をパクパクさせるのだった。

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