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10.謎めく侍女

 翌日、ルーカスは訓練所でブライアン相手に、稽古に精を出していた。


「ルーカス殿下、そろそろ休憩にしましょうか」


 ブライアンの言葉で、漸く休憩を取れたルーカスは、肩で息をしながら日陰に座り込んだ。ルナが差し出してくれたタオルを受け取って、汗を拭う。

 魔法の使用が認められたお蔭で、ブライアンに大分付いていけるようになったとは言え、まだまだ手の平の上で転がされている。その証拠に、こちらは疲労困憊なのに、あちらは涼しい顔で、息一つ乱れていない。流石は第一騎士団長、と言いたい所だが、そのブライアンでもまるで歯が立たなかった自分の侍女を思い出し、ルーカスは苦い顔で隣に立つルナを横目で見上げるのだった。


 暫くして、息が整ってきたルーカスは立ち上がり、目的の人物を見付けて歩み寄った。ルーカスの視線の先に居るのは、部下達の訓練を見守っている、騎士団の総帥、オースティン・ゴードン伯爵だ。白髪交じりの赤髪に、右目に傷を持つ筋骨隆々の壮年は、時折威厳に溢れた鋭い声で部下の短所を指摘し、指導している。騎士団総帥としての仕事が忙しいのか、訓練所でもあまり顔を合わせる機会が無いオースティンだが、今日は偶々タイミングが合ったらしい。


「オースティン、ちょっと良いか? 訊きたい事があるんだが」

「これはルーカス殿下。何用でしょうか?」


 以前聞いていたブライアンの話からすると、あまり人目のある所では話してはくれないだろうと、ルーカスはオースティンと共に、訓練所の隅に移動する。


「お前の養女は、一体何者なんだ? どういう経緯で、お前はあいつを養女にしたんだ?」

 ルーカスの質問に、オースティンは一瞬琥珀色の左目を見開いたが、すぐに笑顔を作って口を開いた。


「何故そのようなご質問を?」

「……どう考えても、普通じゃないだろう、あいつ」

 質問に質問で返すあたり、まともに答える気が無いな、と眉を顰めながらも、ルーカスは続ける。


「主君に口答えはするし、武芸もブライアンでさえ歯が立たない程強いし、無駄に博学かと思えば、ミミズを食べるとか言い出すし。どういう奴なのか、気にならない方がおかしいだろう」

「そうでしたか。娘が色々と気を揉ませてしまったようで、申し訳ございません」

 眉尻を下げたオースティンは、苦笑を浮かべながら頭を下げる。


「質問に答えろ、オースティン」

 ルーカスが咎めると、オースティンは真顔になった。


「申し訳ございませんが、ルナの過去は秘匿とされております。私がおいそれとお話しする訳には参りません」

「……!」

 小声で耳打ちされ、ルーカスは目を見張った。


 騎士団総帥が、王子に秘匿するという事は、余程の何かがあるに違いない。まさか、国家機密だとでも言うのだろうか?

 正直、この言葉は使いたくなかったが。


「……王太子である俺が訊いても、か?」

 ルーカスの言葉に、オースティンも片目を見張ったが、その唇は真一文字に引き締められた。


「今はまだ、お話しするべき時ではないかと」

「……分かった。もういい」


 オースティンに話す意思が無い事を見て取ると、ルーカスは背を向けた。

 オースティンは実直な男だ。話さないと言うのならば、どう足掻いても答えてはくれないだろう。


(何なんだ。あいつに一体、何があるって言うんだ?)

 考えながら日陰に戻って来ると、ルナが飲み物を差し出してくれた。受け取って口を付ける。


「そんなに、私の過去が気になりますか?」

「ブフォッ!?」

 唐突にルナに訊かれ、ルーカスは見事に噎せてしまった。


「ゲホッ、ゴホッ、……お前、聞いていたのか?」

「聞こえていました」

「き、聞こえていたって……」


 ルーカスは唖然とした。オースティンとわざわざ訓練所の隅に行き、周りに人がいない事を確認し、尚且つ小声で話していた筈だ。遠目でルナもこの場所から動いていない事を確認しているのに、それでも聞こえていたと言うのなら、耳が良いどころの話ではない。


「冗談です。先日から私の事を妙に気にされているようですから、鎌を掛けてみただけですよ」

「な、何だ。驚かすなよ」

 ルーカスはほっと一安心する。


(ったく、分かりにくい冗談言いやがって。普段はそんな事言わないくせに。……って、本当に冗談なんだよな?)

 冗談のような本気の事ばかり口にしてきた侍女の初めての冗談に、ルーカスは首を傾げる。


「……殿下には、いずれ全てをお話しする所存です」


 疑念が生まれかけていたルーカスは、ルナの声にはっとして顔を上げた。静かに口にしたルナの目は、昏く、焦点が合っていないように見えた。


「……無理はしなくて良い」

 気にならない、と言えば嘘になるが、ルナの硬い声色を聞いてしまえば、無理強いをする気にはなれなかった。


「いいえ、殿下にはお聞きになる権利があり、私にはお話しする義務があります。……そうですね、私の侍女の任が保障されている半年の期間が終わった暁には、全てをお話し致しましょう」

「……分かった」


 何処か悲壮感が漂うルナから、目を逸らしてルーカスは答える。本当に、この侍女には一体何が隠されていると言うのだろうか。

 余計に気になってしまったものの、それ以上追究する事は気が引けて、ルーカスは手にしていた器の中身を、勢い良く飲み干したのだった。

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