婚約破棄は、私が決めます
※設定はゆるめです。
※別作品と世界観共有していますが、単独で読んで問題ないです。
「君との婚約は破棄する」
彼の言葉に、部屋にいる誰も驚かなかった。彼がそう言い出しても仕方がない状況だと、きっとみんな思っている。
「……と、普通の男なら言うだろう」
その言葉に、その部屋にいた全員が驚いた表情をして彼を見た。
彼はわざわざ胸の前に腕をあげ、悔しそうにこぶしを握ってみせた。
「だがこれは、君の苦しい気持ちに気付けなかった俺の責任だ」
注目を浴びた彼はどこか楽しそうだと、どこか逃避気味に私は思った。
「政略結婚だと、割り切っていた俺が悪かったんだ。すまない。君がそこまで俺のことを想ってくれていたなんてな、シオリ」
「ジョージ……」
彼の名前を呼びながら、ぎこちなく私は笑っていた。
本当は、いろんなことを言いたかったけど、言葉が出てこなかった。
長年私がそうであろうとしてきた、聞き分けのいい、大人しいお嬢様の仮面は、こんなところでも勝手に作用した。
いや、ちょっと違う。自分が作ってきた良い子の仮面のせいで、私は自分の意見をこんな大事な場面でも言葉にする勇気がなかった。
「オジマ男爵、私からも謝罪をしよう。政略結婚での愛というものは、結婚してからゆっくり育てていくものだからと、息子の女性関係を大目に見てしまっていた私にも非がある」
ジョージの父親であるヨドカワ男爵が、私の父に頭を下げる。潔いその姿に、父は慌ててそれを制した。
彼らがそこまですることはない、といった空気になるのを感じる。
「俺は今から、ある非道な提案をします。それは、俺を想う彼女のために、俺も一緒に罪を背負おうと思うからです」
「どういうことだ」
焦れるように問いかける父に、ジョージは言った。
「キャサリンは今日ここには来なかった。そういうことにしましょう」
「彼女の死を隠すというのか」
「はい。幸い、と言ってはなんですが、彼女は一般庶民で身寄りもない。どうとでもなってしまうんです。死んだ彼女を見つけた彼は俺の知り合いだ。……ロイド、今日ここで見たことは、黙っていてくれないか?」
「俺が黙っていたとして、他の人たちはどうかな?」
ロイドの問いかけるような視線を受けて、この部屋に集まっていた関係者たちが落ち着かないように体を動かした。
私の親であるオジマ男爵夫妻、ジョージ、ジョージの親のヨドカワ男爵夫妻。医師のモーティマーに、ジョージの友人のロイド。
そして、父の秘書のようなことをしているアルフレッド。
彼は父の友人の息子で貴族ではない。ただ努力家なところを両親が気に入っていて、兄と姉が進学のために家から離れてからは、まるでその代わりのように色んなところに同行させていた。
彼は心配そうに私を見て、そして敵意のこもった視線をヨドカワ家に向ける。私の無実を彼は信じてくれている? そう感じるのは、さすがに思い上がりだろうか。
アルフレッドにこんな場面を見られるのは、みじめな気分だった。
今日は私とジョージの婚約お披露目パーティーだった。本当なら、もうすぐ招待客たちの前で正式に紹介される予定の時刻だ。
だけど、今、両家の親と一部の関係者だけが集まったこの部屋で、私たちの婚約をどうするべきなのかの話し合いがもたれていた。
このヨドカワ家の屋敷内で、人が死んでしまったから。
しかも死んだのは、婚約がまとまる前からジョージと付き合っていた秘密の恋人のキャサリンで、犯人は状況的に私だとされてしまったから。
じっとジョージを見つめていたら、彼が視線に気付いた。
いいよ、わかってるから――。
みたいな目をされて、鳥肌が立つ。
違う。私は誰かを殺してなんかいない。
そもそも私は……あなたのことなんてこれっぽっちも想ってない!
でも、ジョージとヨドカワ男爵と夫人、キャサリンの死体を確認したモーティマー医師は私が犯人だと頭から決めつけて話をすすめている。殺してないと訴えたけど、愚かな令嬢の悪あがきだという空気にされる。いま、何かを言ったら余計に状況が悪化しそうで怖い。
父と母は、私が犯人だなんてという感じだけど、反論する材料がない。少なくともこのまま事件が明るみに出れば、私が犯人とされることだけはわかっているだろう。
私とジョージの婚約は、完全に政略的なものだった。
とはいっても、ものすごい家柄同士というわけではなく、地方の小さな貴族同士が、それぞれの利益のために子供を結婚させておくことにした。よくある話だ。
この世界には魔石と呼ばれる不思議な鉱石があり、さまざまな製品に利用されている。オジマ家の所有する山から採れる魔石の、販売ルート確保に絡む結婚だった。
魔石というのは、人間が魔術式と呼ばれるものを念じて込めることで、様々な力を発揮するようになる。昔はこすると温かくなるようにして湯たんぽ替わりにするとか、そういう使い方だったが、今は変わった。
からくりの一部に魔石を使う方法が発展し、とても便利な道具が増えたのだ。
例えば身近なところだと、ツマミを回せばコンロに火がつく仕組みなんかもそうだ。最近だと、私はまだ見たことがないけれど、魔石自動車というものが売り出されて話題になった。馬車より小型でスピードが出る乗り物らしい。
とにかく、魔石というのはいろんなところで使用され、需要がある。
オジマ家が代々所有してきた山からも魔石が採れる。先々代の当主のやらかしで土地をほぼ失って没落してしまったオジマ家の、主な収入源だ。
しかし、魔石とひとくくりにしても産地などによって違いがある。
オジマ家の山のものは、相性の悪い魔術式が多く扱いにくいらしい。しかも採れるのは小さなサイズのものばかり。
そういうわけで、生活には困らないけど、贅沢三昧できるほどにはお金は入ってこない
国内には、小さくてももっと扱いやすい魔石が採れる山が他にもあるからだ。他国から安価で輸入する方法もある。
なので、継続的に安定した値段で魔石を買ってくれる相手を探すのは、父にとってずっと課題の一つだった。
ヨドカワ家は、収入なんかの面では多少オジマ家より上かなという程度。領地はほぼ農作地。ただ、昔から顔が広く、急成長中の魔石製品の会社ともいくつも繋がりがあるらしい。
私は、オジマ家当主夫妻の本当の子供ではない。私の本当の父は、当主の弟だ。病死した両親の代わりに、二人が私を引き取ってくれた。私の上には夫妻の本当の子供である兄と姉が一人ずついる。
彼らはとてもいい親であろうとしてくれて、だから、私も恩返しをしなくてはならないとずっと心に決めていた。
だから初めてジョージと会ったあと、「素敵な人だと思います」と二人に告げ、結婚に前向きだと示した。そうしないと、優しい彼らは私の気持ちを優先して、婚約話を断りそうだったから。
本当のことを言えば、彼のことはちょっと苦手なタイプだと思った。
だけど政略結婚なのは向こうも同じ。だから互いに、これからゆっくりと好きになっていければいいとだけ思っていた。
……だけど。
今日、「二人だけで話がある」という謎の手紙に呼び出されて向かった部屋で、私はキャサリンの死体を発見してしまった。
そして、よくわからない方向に話が進んでいっていた。
「もしこのスキャンダルが表ざたになれば、シオリ嬢がどうなるか。罪人として一人でひっそりと暮らしていく人生と、すべてを受け入れる覚悟のあるジョージと結婚する人生。どう考えても後者が正しいと思いますよ」
モーティマー医師が、父に言う。
「だが娘は殺していないと言っていて、まだ私も信じられない気持ちなんだ……」
「そういうことを言っている場合じゃないんです。今、決断しなくてはいけません。私は医者として、キャサリンの死を本当は見過ごしたくない。ですが、ヨドカワ家に恩があるから、協力してもいいと思っている。しかしここであなた方が話を断るなら、キャサリンの死亡は警察に届けなくてはならないし、そうすれば警察は誰かを犯人として捕まえなくてはならない。つまり……シオリ嬢を! いいんですか!?」
一気にまくしてられる。
彼の言っていることはどこかおかしい気もするのだけど、なんだか正しいような気もする。ヨドカワ男爵夫妻とジョージの、同意を求めてくるような強い視線もあって、とにかくここは彼らの言うことに従うのがよい気もして――。
「お、俺が殺したんです!」
いきなりアルフレッドが叫んだ。
「な、何を言い出すんだね、君は!」
「アルフレッド、おまえ、なにを……」
「シオリ様は人を殺すような方ではありません。絶対に。それはお二人もご存じでしょう!?」
アルフレッドに言われ、父と母も勢いに押されつつも頷く。
「きっと外部の人間が犯人です。でも、もし誰かを犯人として差し出さなくてはならないんなら、俺にしてください!」
「なっ、適当なことを言って引っ掻き回さないでくれないか!? だいたい、なんでただの付き人みたいなやつがこの部屋にいて、話し合いに参加しているんだ」
ジョージが機嫌の悪い声で言い返す。
「そ、それはエレノア様に頼まれて……」
エレノアというのは、少し前から私の家に滞在している、遠い親戚の女性だ。ジョージの友人であるロイドと同じくらいの歳。二十代後半だと聞いているけど、二十代半ばくらいにも見えるし、落ち着いた様子からもっと年上にも見えた。
私の心の奥に隠した気持ちにエレノアは気付いていて、それでいろいろと話を聞いてもらっていた。
「自分の代わりに、同席してくれと……」
死体のことを聞いて気分が悪くなったからと、彼女は別室で休んでいる。
「君が変なことを口走れば、そのエレノア嬢に迷惑がかかるからな」
「そ、それはそうかもしれませんが、俺は――」
「うるさい」
まあまあ、とジョージをとりなしたのはロイドだ。彼は窓際で腕組みをして、事態を見守っていた。
「自分を犯人にしてくれなんて、むちゃくちゃだ。だが、言いたくなる気持ちはわかる……」
「はあ?」
「まだ少し、時間がある。結論を出す前に、もう一度、彼女が死体を発見したときのことを確認しておきませんか」
ロイドは一人で何かを納得すると、急に真面目になってそう提案した。その前に、なぜか窓の外をちらりと見たのが少し気になる。
「何をまだ確認することがあるんだよ」
「もし、このことを隠蔽するとして、そのためにも状況をきちんとみんなで認識しておくことが大切だろ?」
「それは、そうだが。あまり思い出させても、シオリには負担だろうし……」
「わ、私なら大丈夫です!」
ジョージが不快そうな顔をするけど、ここでひくことはできない。
アルフレッドの突拍子もない提案には驚いたけど、それに勇気づけられた気持ちだった。
流されてはダメだ。うまく反論できなくても、最後の一線だけは守らないと。
私は誰も殺していない。
「昨日、私の家に手紙が届いたのが始まりでした――」
パーティーの前に、二人きりで少し話がしたい。
そんな手紙と共に鍵が一つ私の元に届いたのだ。
差出人は、キャサリンとだけ。
でもすぐに心当たりに思いついた。ジョージが同じ名前の女性とこそこそ会っているというのは、気付いていたからだ。
彼女の存在については、父と母も気付いていた。だけど、それを知っていてもジョージと結婚したいのだと、私は二人に嘘をついていた。これからのジョージを信じたいと。本当は、あまり信じていなかったけど。
魔石採掘による利益をなんとかあげたいと、父やアルフレッドが頑張っているのを私も手伝いたかった。私は自分自身の最大限の利用法が、ジョージとの結婚だと思っていた。
でも、今の状況は何かおかしい。このままじゃ、私の結婚は彼らのためにならない気がする。
「ヨドカワ家の屋敷の、ある部屋の鍵だと記してありました」
後からわかったことだが、そこはジョージの趣味の絵画を保管している部屋だった。普段は鍵がかけられている。魔石錠と呼ばれるものだ。対応する魔石のはまった鍵でなければ、開けることができない、特別な鍵だ。
「キャサリンが俺の元から勝手に盗んだんだろうな。予備の鍵もなくなっていた」
「中に入れなくなっていたので、数日中に専門家を呼ぶ予定だったんですよ」
夫人がそう説明する。
予備のほうの鍵は、キャサリンが握りしめて亡くなっていたらしい。私は死体を直視できなくて、ジョージとロイドが確認していた。
「私は、ヨドカワ家についてから、手紙で言われた部屋に向かいました」
「手紙をもらった時点で、俺に相談してくれていたら……」
悔やむように、どこか私を責めるように、ジョージが言うけど。
無理だ。彼に相談できるほど、私たちの間に信頼関係なんてなかった。
私が相談できたのは、私の隠していた気持ちに気付いたエレノアだけ。彼女にだけ打ち明けて、悩んで、そうしてキャサリンと対峙することに決めたのだ。キャサリンが持つジョージへの恋心を、ちゃんと本人から聞いてみたいと思った。
エレノアは、部屋の近くまで付き添うと言ってくれた。だけど、私はそれを断った。できるだけ人目につきたくなかったし、一人でなんとかしてみせたいと思ったのだ。今思えば、付き添ってもらうべきだった。
エレノアと玄関で別れ、私はこっそりと指定の部屋へと向かった。
「そうしたら、部屋の扉が開いていて――」
「手紙でもらった鍵で扉を開けて、キャサリンと会った。だろう?」
私の言葉を奪って、ジョージが語る。
「ち、違います。部屋は開いていたの」
「ジョージ。あの部屋の魔石錠は壊れていた。俺が中に入れたからね」
「あ、ああ。そうだったな」
部屋にいたのは、ロイドと、頭から血を流して倒れているキャサリンだった。私はすぐに悲鳴を上げ、たまたま近くの部屋にいたジョージがすぐに駆けつけた。
ジョージは話が広がらないよう、悲鳴に気付いた使用人たちをごまかし、モーティマー医師に簡単に死体を確認してもらってから部屋を封鎖した。そして、とりあえずここに関係者を集めたという次第だ。
エレノアは話を聞いただけで気分が悪くなったと言い、代わりに父と一緒に来ていたアルフレッドをここに寄こした。
「まあ、状況的には本当は俺が一番怪しいんだ。死体を発見したのは俺だ」
ロイドの言葉に、ジョージが首を振る。
「ロイド、君は直前まで俺と一緒にいただろう。喉が渇いたと君が部屋を出て、シオリの悲鳴が聞こえるまで大した時間はかからなかった。むしろ考えられる可能性としては……」
ジョージは悲しそうに顔を歪める。
「シオリがキャサリンを殺してしまい、部屋を出たあと、ロイドがやってきた。シオリはそれを見計らってもう一度部屋に戻ったんだ。そして初めて死体を見たような態度をとった」
「その推理は何度も聞いたけどね。シオリ嬢は、なぜそんな面倒なことをしたんだ?」
「考えたくないが……。もしかしたら、君に疑いを向けて犯人にしようと思ったのかもしれない……」
「無理があると思うけどな」
やれやれ、とロイドが肩をすくめる。また、窓の外にちらりと目をやった。
そして大きくため息をつく。
「そもそも、魔石錠が壊れていた時点で、シオリ嬢を犯人に仕立てあげるのは失敗してたんだ。あの部屋に入れたのは魔石錠のカギを持っていた者だけ、って状況はなくなってしまったんだから」
「ロイド、君は一体なにを」
「よく強引にことをすすめようと思ったな。他の案を考えてなかったのか」
「どういうことですか? 犯人に仕立て上げる?」
アルフレッドが食いつくように聞き返す。
「殺人の疑いをかけられた娘との婚約を破棄せず、彼女の想いに心を打たれたとかなんとかいって、結婚する。オジマ家はヨドカワ家に多大な借りを作る。いや、弱みを握られるが正しいな」
「おい……」
「オジマ家は殺人犯の娘を持ち、ヨドカワ家はその殺人を隠蔽してやった――。真相がどうであれ、一度その筋書きを受け入れたら、覆すのは難しい。それが狙いだろう」
「とんだ言いがかりだ!」
ヨドカワ男爵が大声を張り上げる。だけど、ロイドは動じなかった。
どういうことだろう。私が殺人犯であると、ヨドカワ家には都合がいいことだったの?
私は驚いて何も口を挟めずに、やりとりについていくだけで精いっぱいだった。
「似たようなことを他でもやっただろ」
そう言ってロイドが告げた名前に、男爵たちは明らかに顔色を変えた。
「誰かが犯した罪を隠蔽し、さらにはそんな相手を受け入れてやる。相手は完全にあんたたちの支配下だ。いい方法だと味をしめて繰り返したわけか。詳しいことは俺ではなく警察に説明してくれ。すでに到着してる」
「呼んでないぞ!」
「さあ。死体の話に驚いて倒れた誰かが、動転して勝手に呼んだんじゃないか?」
男爵たちは、意味がわからないというように首をかしげる。
でもロイドと目があった私は、直感的にエレノアだと感じた。
「警察がキャサリンの死体を調べれば、死んだのは少なくともシオリ嬢がこの屋敷に来るよりもっと前のことだとわかるだろう」
そのとき、ノック音とともに部屋が開かれる。入って来たのは、エレノアだった。
部屋の中をざっと見まわしてから、事務的な口調で淡々と告げる。
「話し合い中にごめんなさい。警察の方たちがヨドカワ男爵、夫人、ご子息、それぞれに話を聞きたがっています。キャサリンが借りていた部屋から、男爵たちがこれまで犯してきた犯罪の証拠らしきものが出てきたと」
「そっ、なっ」
立ち上がった男爵が、言葉にならない声をあげ地団太を踏む。宥めるように夫人と医師が駆け寄った。
ジョージは恨みのこもった目でロイドを睨んだ。
「シオリはおまえを恨むぞ? 彼女は俺と結婚したがっていた。殺人の疑いくらいなんだ。あのままなら、心の広い夫と結婚したことになって、幸せになれたのにな!」
「娘をおまえなんかにやれるものか!」
叫んだのは父だ。隣で母も何度も頷いている。
「シオリ、言い返さなくていいの?」
むっとした様子のエレノアがそう言うと、ジョージがせせら笑った。
「俺に惚れてたやつに振ってやるなよ。酷い女だな」
そうだろとこちらを見るジョージに、これ以上ない怒りが湧いた。
「父や母や……アルフレッドのためにならない結婚なんて、したくない」
「え?」
「あなたと結婚したかった理由なんて、それだけ!」
私によくしてくれた家族やアルフレッドのために、家の繁栄のための駒でいいとは思った。
だけど、なんの恩も気持ちもないジョージやヨドカワ家のための駒には、なる気はない……!
すうっと息を吸って、私は叫んだ。
「あなたとの婚約は破棄します!」
「エレノアとロイドは、仲間だったということよね?」
オジマ家の玄関前で、私は二人にたずねた。
ヨドカワ家でのごたごたがあった次の日。私とアルフレッドは、家に帰るというエレノアとロイドを見送ろうとしていた。
「まあね。ヨドカワ家にはいろいろ怪しい噂があって、調べていたの」
「遠い親戚というのは嘘?」
父は、親戚の親戚の親戚くらいの遠い関係の相手から、娘を滞在させてくれと頼まれたと言っていた。最近その親戚の親戚の親戚に、仕事上でちょっとした融通をきかせてもらったお礼も兼ねて、受け入れたという。
私の問いに、エレノアは笑って答えはしなかった。
教えてもらえることと、教えてもらえないことがあるらしい。彼らの正体について詳しいことは教えてもらっていない。父もわからないと言っていた。エレノアとロイドという名前も、本当の名前ではないかもしれない。警察関係者だろうと思うけど、雰囲気が違うような気もする。
私が呼び出された部屋の魔石錠が壊れていていたことも、実は二人が仕組んだことじゃないかと思っている。これもまた、笑って答えてはもらえなかったけれど。
ただ、二人はとても重要なことを教えてくれた。
『オジマ家の所有する山から採れる魔石はね、魔石自動車に必要な魔石部品の一つに、かなり最適な性質を持っているの』
知らなかったのだが、そうらしい。父やアルフレッドも気付いていなかったようだ。
だけどヨドカワ家はそれに気付いた。
うまくいけばかなり大きな儲けを上げることができる。そのとき主導権を握るために、あんな事件を仕組んだらしい。
「私のために、キャサリンは殺されたの?」
もう一つ、気になっていたことを確認する。
「彼女はヨドカワ男爵家の裏事情を知りすぎていた。どちらにしろ消すつもりでいたから、オジマ家を取り込むのに利用したんだろう」
ロイドの説明に私は怖くなる。誰かの死をそんなふうに利用できる人たちの家に、嫁ごうとしていたのだ。
「裏事情って……」
おそるおそるアルフレッドが尋ねる。
でもこれには、ロイドは笑って答えない。教えられないということだ。
「そろそろ行くわ」
そう言ってエレノアとロイドが乗りこんだのは、なんと魔石自動車だ。
魔石自動車。オジマ家のこれからを左右するかもしれない、魔石製品。どこに隠していたのか、帰るための乗り物を取ってくると言って出て行ったエレノアが自分で運転して戻ってきた。助手席にロイドを乗せて。
「ありがとう、エレノア。……また会える?」
窓をあけてくれたエレノアに訊ねると、彼女は少し困った顔をした。
「もしあなたが失恋でもしたら、慰めにくるかも」
そして小さく囁かれる。
――あなたの秘密は、はやく打ち明けたほうがいいと思う。
車が完全に見えなくなるまで、私とアルフレッドは動かなかった。
「最後に何か話していましたけど、なんだったんですか?」
気軽には答えられない。
彼に秘密を打ち明けたら、色んなものが壊れてしまうような恐ろしい気持ちもする。
でも、あそこまで気遣ってもらって、言わないなんて選択肢はない。
「アルフレッド、聞いてほしいことがあるの」
エレノアは、去り際にこうも言った。
――もしあなたの恋が成就すれば、オジマ男爵夫妻は応援する気があるみたい。もちろん、たとえ失恋したとしても、相手のことは今までと変わらず大事に扱うと言ってたわ。
彼女にだけ気付かれたと思っていた、私の秘密。アルフレッドへの恋心は、両親にもばれていたらしい。
私の作ってきた良い子の仮面は、思っていたほど完璧ではなかったのかもしれない。でも、あんまりショックは受けなかった。良い子のお嬢様の仮面をかぶるだけで、すべてが上手く運ぶわけじゃない。昨日、それを身を持って知ったから。
「難しいと思うけど、家のこととか、そういうのは今は忘れて聞いてほしい」
「ええと……?」
「すぐに答えなくていいから。それにもしだめなら、はっきり言って」
「な、なんでしょう」
「あなたのことが、好きなの」
気まずい沈黙がおりた。
こんなところで急に言われても困るだろう。言ってしまってから、私は焦りすぎだったと反省する。
「答えはすぐにじゃなくて――」
「けっ!」
遮るように、アルフレッドが声をあげた。
……け?
「結婚してください!」
「ええ!?」
「大丈夫です。男爵には、もし、万が一シオリ様と想いが通じることがあれば、結婚を許可すると言ってもらってます! 昨日!」
「昨日!?」
「ロイド様に言われて、あなたへの想いを男爵に打ち明けたんです。そうしたら、もしあなたの気持ちが俺に向くことがあれば、祝福したいと言っていただけて……」
あの二人は、警察の手先とかではなく、恋のキューピッドだったのかもしれない……。
そんなお花畑な考えが浮かんできた。
今すぐあの二人にお礼を言いたいけど、無理だと気付く。エレノアは、失恋したら慰めに来てくれると言ってくれたけど、失恋しなかった。
「……俺との結婚は嫌でしょうか」
急に自信なさそうに訊いてきたアルフレッドに、私はぶんぶんと首を振った。
そして、すうっと息を吸って私は叫んだ。
「よ、よろしくお願いします!」
ミステリー(風味)、味方してくれる謎のカップル、といった好きな要素を詰めてみました。
別作品の「人形は恋をしない」と同じ世界の話です。
(ロイドが主人公で(別名で呼ばれますが)、そっちは恋人兼バディという好きな要素を詰めたやつでした)
お読みくださり、ありがとうございました!
楽しんでいただけたなら幸いです。