ロゼ・スペンサー
「うむ、気絶しているだけじゃろ。体に異常もないようだね」
少女の診察を終えた医術師の言葉に安堵する。
「無事なようで良かったよ」
隣にいたカメリエもほっとした様子で胸をなでおろした。
「おじさんものすごい形相で扉を蹴破ってくるんだもん。私もびっくりしすぎて気絶するかと思ったよ」
「へへっ、悪い悪い。つい必死で、な。」
「落ち着いたようだから改めて聞くけど、この娘一体どうしたの? 」
医術師のばあさんを見送った後、カメリエが眉をひそめて聞いてくる。
まあ、当然の反応だよな。
俺は少女を見つけた時の状況をかいつまんで説明した。
「ふーん、なるほどなるほど。山の中にあった謎の物体とそのそばで倒れていた女の子ねぇ」
腕組みをしながらなにやら考え込んでいる様子のカメリエ。
「ねえ、その馬車擬き? 私も見てみたいんだけど……」
予想はしていたがやはり興味を持ったらしい。
確かにカメリエが見たら正体が分かるかもしれないが……
「まあ、まずはその娘が目を覚ますまで待とう。もしかしたら何か知っているかもしれないし、何より気絶しているとはいえこの娘っこを一人にはしておけんだろ」
行動はそれからでも遅くはないはずだ。
「むう、確かに。じゃあ私は一旦家に戻ってるよ」
一応は納得した様子のカメリエはそう言い残して部屋を出て行った。
一人残された俺は少女が目を覚ますまで待つことにした。
椅子に腰かけ、様子を伺う。
歳は14〜16くらいか? まだ幼さの残るあどけない顔立ちをしている。
なぜこんなに幼い娘があの山に一人で倒れていたのだろうか……
そして彼女は何者なのだろうか。
少なくともこの王国の民ではないだろう。
彼女はズボンとシャツが一体化になったような不思議な服を着ていた。
今まで王国中の様々な民族を見てきたがそんな服を着た人を見たことがない。
となると国外の人間か? だとしたらなぜこんな辺境に? 観光に来るような場所ではないし、仮に諜報目的だったとしても戦略的に考えてそこまでの価値はないはず。
それにあの馬車擬きはいったい……
いかん、考えていたら頭が混乱してきた。
頭を抱えて唸っているとベッドのほうで物音がした。
「ぅ、うん……」
ベッドを見ると少女が薄目を開けて呻いている。
「うぉっ、起きたか。おい、お前さん大丈夫か?」
声をかけてみるがぼーっとした表情のまましばらく返事がない。
「おい、おーい。しっかりしろ。大丈夫か?」
何度か声をかけてようやく少女が反応する。
「あっ、えっ? ここは一体……」
「目が覚めたか?」
我に返った様子の少女に優しく話しかける。
「ここはアルメリア王国のはずれにあるケルネ村だ。お前さんはこの近くの山で倒れていたんだ」
「アルメリア王国……ケルネ村……すみません。よくわからないです……」
少女は申し訳なさそうに小さく縮こまった。
「うーん、そうか。じゃあお前さん名前はなんていうんだ?」
「名前、ですか? わたしの名前は、ええっと、名前……は」
名前を尋ねると彼女は言葉を詰まらせてしまった。
「もしかして、何も覚えていないのか?」
俺の質問に布団をギュッと握りながら小さく頷く。
「これは参ったな……」
何も覚えていないのではどうしようもできない。
せめて名前くらい分からないと……
少しおびえた様子の少女を見るとその首に首飾りのようなものをつけているのが目に留まった。
「その首につけているものは何だい?」
純粋に疑問に思ったので聞いてみる。
「これは、なんでしょうか? 何か文字が書いてあるようですが……」
文字? 気になるな。
「ちょっと借りても良いか?」
少女はこくりと頷くと首から外してこちらに渡してくれた。
「すまない、ありがとな」
受け取った首飾りは細い麻紐で出来ており、薄い金属のプレートが通されていた。
プレートには文字が刻まれている。
ロゼ・スペンサー
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24.P.D.O
「この下段の文字列は分からんが上の段のこれ、お前さんの名前じゃないか?」
上段の文字を指さしながら首飾りを返す。
「ロゼ、これが、これがわたしの名前……」
ロゼはプレートを握りしめると涙をぽろぽろとこぼした。
「お、おい。どうした? すまん、何か悪い事しちまったか?」
突然の出来事に柄にもなくあたふたしてしまう。
「ち、違うんです。わたし、記憶がないのが怖くて……孤独で、どうしようもなく寂しくて。そんな中、名前だけでも分かったのがすごく嬉しくて……」
目に涙を浮かべながらも彼女はブンブンと激しく首を振る。
どうにか声を掛けてやろうとした次の瞬間。
「ただいまー、おじさん。様子はどう、って、なにこの状況?どうなってんの?」
最悪のタイミングでカメリエが帰ってきた。
「いや、これはだな……」
状況を説明し、誤解を解くのにはしばらくかかった。




