第9話 Pinch Hitter(代打)
『ストライッ!バッターアウト!!』
審判の派手なアクションに答える様に、俺は小さく右の拳を握った。
東京ドームの大観衆は、ホームチームの勝利を目前にして、興奮を隠す素振りもない。
振り向くと、ちょうどスコアボードのスピード表示が更新された所だ。
【163km/h】
今日初めての160km台に、観衆のボルテージは更に一段上る。
三位の福岡ハードバンク・ホークスを、本拠地東京ドームに迎えての一戦。
デーゲームで五位のヤタルト・スワローズが負けているため、この試合に勝てば念願の最下位脱出という大事な一戦の7回表、ノーアウト満塁のピンチで登板し三者連続三振に切って取った俺は、そのままロングリリーフで9回裏ツーアウトまで全ての打者を三振に取っている。
(9人目は?)
ネクストバッターズ・サークルでは、ベテランの安打製造機がバットのヘッドを下にして、杖の様にもたれ掛かっている。
(外川か…)
三振を狙うという意味では、これ以上ない嫌なバッターだ。
(でも、北原さん直伝のカーブと俺の160kmで切って落としてやる!)
逸る気持ちのまま外川の様子を観察する俺の目が、ホークスの監督がベンチから出てくるのを捉えた。
球審を呼んで何やら告げるその姿に、三塁側のホークスファン達もザワザワし始めている。
『バッター、外川に代わりまして、猿渡、背番号53』
無機質な声が打者の交代を告げると、球場は期待と失望が入り混じったどよめきに覆われる。
(猿渡!?誰だそれ?)
北原さんの影響で選手名鑑まで買って研究している俺でも、そんな名前のプロ野球選手は聞いた事がない。
ベンチから出て来たその選手は、小柄でどちらかと言えばずんぐり体型であまり器用そうには見えなかった。
(会社の印刷工の猿渡さんみたいだな)
俺は自分の会社の印刷工場で働いている、うだつの上がらない印刷工を思い浮かべた。
(これならイケるか!?)
キャッチャーのサインは初球外角低めのストレートだ。
俺はセットポジションに入ると、大きく足を上げて一球目を投げ込んだ。
『ストライッ!』
猿渡はバットをピクリとも動かさずに見逃した。
二球目のサインは外角のボールに外れるカーブ。
俺はグラブの中で縫い目を確認しながら、セットに入ると、思いっきり腕を振って二球目を投げ込む。
猿渡の腰が砕けたような不器用なスイングは宙を切る。
(これでツーストライク!)
猿渡がバッターボックスを外して力のない素振りをする間に、俺はプレート付近を足で慣らす。
自分で投げてみて初めて分かったが、これをやらないとどうにも落ち着かない。
猿渡がボックスに入ると、キャッチャーから三球目のサインが来る。
インハイのストレート、三球勝負だ。
俺は、たっぷりと間を取ってから足を高く上げると、渾身のストレートを猿渡の胸元に投げ込む。
猿渡はバットをピクリとも動かさずに見逃した。
『ストライッ!バッターアウト!ゲームセット!!』
9連続三振の完成だ。
俺は派手なガッツポーズで喜びを露わにした。




