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Number18 ~転生エース~  作者: J・P・シュライン
序章
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第1話 Relief(緊急登板)

『ピッチャー、渡辺に代わりまして、佐々木、背番号18』


 無機質な声が投手の交代を告げ、球場は一瞬戸惑いに包まれたが、すぐさまそれは期待のどよめきへと変わった。


「佐々木さん、どうしたんですか? 出番ですよ?」


(佐々木さん!? 誰だそれ)


 心配と戸惑いが入り混じった声に起こされ、意識を覚醒した俺の目に飛び込んできたのは、カクテルライトに照らされた美しい人工芝のグランドだった。


(は? ここ、どこだ???)


 なぜ自分がこんな所に居るのか訳が分からなかったが、隣に居る女性は俺が目を覚ましたのを見て少し安心したようだ。

 優しく俺に微笑みかけている彼女は、ゴーカートの様な奇妙な乗り物のハンドルを握っている。

 観客席の横を通り、ゆっくりとアンツーカーの方へ向かっていくその乗り物に揺られて、俺は少し状況を理解した。


「これ……リリーフカーですよね?」


 彼女は怪訝な表情を見せながらも、登板前の俺を気遣ってか、質問には答えず励ましの言葉を掛ける。


「プロ初登板頑張って下さいね、佐々木さん」


(佐々木!? 俺は鈴木だ!)


 俺の困惑などお構いなしに、彼女はマウンドの横に俺を降ろし、その周りでは見たことのないおっさん連中が輪になって何事か話している。


「佐々木、お前のストレートなら大丈夫だ、緊張するな!」

 キャッチャーマスクを被った小男にそう言われたが、緊張以前に軽いパニックだ。


「お前195cmあるんだろ? 細かい事考えずにあいつ目掛けてバンバン投げればいいんだよ」

 髭面の太った男がキャッチャーマスクをかぶった男を指さす。


(195cm!?)


 俺はいつもサバを読んで170cmと言っているが、本当は168cmだ。

 だが、周りのおっさん連中を見ると、確かに俺の肩ぐらいしかない。


「よし、投球練習は1分以内だぞ、佐々木」

 キャッチャーの言葉で、おっさん連中は守備位置に散らばっていき、残された俺の手には野球のボールが握られていた。


 「よし、来い!」

 キャッチャーは既に片膝を付いて構えている。 


(あ~、もうっ! 投げりゃいいんだろ!)


 キャッチボールくらいしかした事はないが、投げ方くらいは知っている。

 俺は半分ヤケになってマウンドに登った。


 普段テレビで観る分にはあまり高さを感じないが、実際のマウンドは思ったよりも高い。

 しかも前のピッチャーの蹴り足で凸凹になっている。


(つまづかないようにしなきゃ)


 そんな心配をしてる場合ではないのだが、パニックになった時だからこそ、ほんの身近な事にしか注意がいかない。


 俺はプレートの上に立ち、左足を上げた。


(何だ!? この感覚?)


 そんなに高く足を上げるつもりはなかったが、この体に染みついた動きなのか、左の太ももが胸に付く位に上がっている。

 なのに、全くバランスが崩れない。

 体の方が自分の思考をリードするような不思議な感覚に、俺は興奮を覚えた。

 上体を前に出しながら右手を降ろし、そこからスムーズにテイクバックを取ると、流れる様な動作で腕を振り降ろした。

 軽く投げたはずのボールは、するどいスピンがかかり、俺が予想した軌道の遥か上を通る。

 慌てて立ち上がって補球したキャッチャーから、弾丸の様な返球が帰っきて、俺は思わず落球しかけた。

 薄いグラブの下の手はジンジンと痺れている。

 イラだった目でキャッチャーを見ると、ハンドサインで低めを指示していた。


(クソッ、なら望み通り投げてやるよ!)


 戸惑いと緊張を怒りに変えて、俺は二球目を投げる。

 唸りを上げたストレートが、低め一杯に決まった。


「オッケー、その調子!」


 キャッチャーからの返球を気分よく受けた俺の耳に、風を切るような豪快なスイングの音が聞こえて来た。

 今までパニックで視野が狭くなっていた俺は、そこで初めて相手チームを視界に捉える。


 軽く素振りをしてネクストバッターズサークルからバッターボックスに向かう男は、タトゥで埋め尽くされた丸太の様な腕を見せつけ、ゴムまりの様な体に似つかわしくないつぶらな瞳で俺を睨んでいる。

 その男は、テレビで何度も見た事のある男だった。


(ハレンディン!?)


 王貞治氏のシーズンホームラン記録55本を超える60本の日本記録を持つ、当代きってのスラッガーだ。


 俺は焦ってスコアボードの電光掲示板を振り返った。

 テレビでよく見る神宮球場のスコアボードは9回の裏、1点ビハインドのヤタルトスワローズが攻撃中である事を示している。

 内野に目を戻すと、全ての塁がスワローズの選手で埋まっている。

 俺は冷や汗をかきながら再度スコアボードを見た。


(アウトカウントは!?)


 スコアボードは、無言で冷酷に告げている。

 ノーアウト満塁、一打逆転サヨナラの大ピンチだと。


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