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9.死者の村

 ユーリは部屋の中に入ると、刃物を構えるクラインと対峙する。


「やあ、君はさっきの――」

「無駄話をするつもりはないわ。クライン・ディヴァリス――外法の魔導師。あなたは医者でも何でもないんだから」


 ユーリはクラインの言葉を遮って、はっきりとその言いきる。

 クラインは特に惚けるような様子もなく、


「医者ではない、か。確かにその通りだね。だが、どうしてここが?」

「あなたの行動って、結構目立つのよ。人のいない田舎に行っては、人の身体を弄ぶような実験ばかり繰り返す屑野郎……村の近くですでに、随分と血生臭かったわ」

「……ふはっ、なるほど。それにしても、『正義の味方』……か。君はどう見ても《吸血鬼》に見えるけどね」

「そうよ、私は吸血鬼。ユーリ・オットーと言えば分かる?」

「! ははっ、《吸血殺し》のユーリか。とても有名な吸血鬼じゃないか……だが、私は吸血鬼ではないよ?」


 動じる様子もなく、クラインが手をひらひらとさせてそんなことを言う。

 ユーリは冷たい視線を向けたまま、


「それは《調停騎士団》が勝手に付けた名前よ。わたしは別に、吸血鬼だけを殺すための存在じゃない」

「ほう、ならば私を殺す、と?」

「あなたは、そうね。元凶だもの――」

「オオオオオオオッ!」


 ユーリの言葉を遮ったのは、そんな叫び声。扉を破ってやってきたのは、およそ人間とは思えぬ形相の村人達だった。


「ひっ……!?」


 リンスレットが怯えた様子で声を上げる。

 ユーリは振り向き様に腕を振るうと、やってきた村人達の首は簡単に飛んだ。

 次に動いたのはユーリだ。

 手にこびりついた血液を振るうと、それが細い矢のように変化し、クラインの下へと飛翔する。

 クラインの前に現れたのは、紫色の『もや』だった。

 そのもやに触れると、ユーリの放った凝固した血液の矢は砕かれ、地面にパラパラと落ちる。


「無駄だよ。その程度の攻撃では――ッ!?」


 次の瞬間には、ユーリはクラインとの距離を詰めて、手刀による一撃を放つ。

 わずかに反応の遅れたクラインの肩を抉り、そのまま窓を割って外まで吹き飛ばした。

 ユーリはすぐに懐から一本の注射器を取り出すと、ベッドの上で横たわるリンスレットの腹部に突き刺す。


「……っ、い、いたたっ!?」

「我慢して、そんなのでも正騎士でしょう」

「そ、そんなのでもって、う、ぐぐっ……」


 注射器の中にある液体を全て押し込むと、ユーリは注射器を投げ捨てる。


「しばらくしたら動けるようになるわ。あなたは逃げなさい。この村には、ほとんど村人なんて残っていないんだから」

「逃げなさいって……私を、見逃すんですか?」


 訝しげな表情でリンスレットがユーリを見る。

 それもそうだ――ユーリは調停騎士団から狙われている吸血鬼で、リンスレットはその騎士団に所属している。明確な敵同士なのだから。

 だが、ユーリはリンスレットの方には目もくれず、


「殺してほしいのならかかってきなさい。それだけよ」


 そう言い放ち、ユーリは外へと出る。

 そこには、出血する肩を押さえるクラインと、


「オ、オオオ……」


『村人』だった人々がうめき声をあげて、集まってきている。

 ユーリは目を細めて、それらを見つめた。


「まだ結構残っていたのね。《死霊術》って、本当に悪趣味」

「……むしろこれしか残っていないとは、本物の村人も混ぜていたはずだが」


 クラインの言うことは本当だ――だが、それもユーリには関係ない。


「言ったでしょ。匂いで分かるの……カムフラージュもしてない死体の匂いははっきりとね」

「……くはは、そうか。では今度はもっと、精巧に人間らしい《アンデッド》を作らねばね」

「あなたに今度があると思う?」

「ああ、あるとも。少なくとも、私には吸血鬼を殺せるだけの力がある」


 そう言いきったクラインの元に、紫色のもやが集まってくる。

 それは一つの人間のような形を取って、大きく存在を成していく。数メートルはあるかという、巨大な骸骨だ。


「死者の魂を集めて具現化した《死霊術》の秘奥だ。これで君を、殺す」


 骸骨の巨大な腕が、ユーリへと振り下ろされる。

 ユーリはそれをかわすことなく、直撃を受けた。大地が割れて、地響きが起こる。それだけの威力が、クラインの作り出した魔法にはあった。


「くははっ、吸血鬼と言えども不死ではないだろう? 肉片残さず消し飛ばせば――おぶっ?」


 突如として、クラインが口元から出血する。彼の胸元には、『赤い槍』が伸びていた。

 骸骨の掌の下から、ユーリが這い出てくる。血を流しながらも、全く意に介していない表情だった。

 立ち上がるユーリを見て、口をぱくぱくと動かすクライン。

 もう、話すこともできないのだろう。


「何でって言いたいの? バカね、吸血鬼とこんな生半可な魔法で戦おうなんて」

「――」


 ヒュンと風を切るような音と共に、『赤い槍』がしなってクラインの心臓を抜き取り首を飛ばす。

 彼自身は真っ当な人間だ――首を飛ばして心臓を潰せば、生きていることなどできない。

 そこに、リンスレットがやってくる。


「こ、これって……」

「まだいたの?」

「どういう、ことなんですか。これは……」

「説明が必要? ここの村はね、とっくに村としての体裁を成していなかった――それだけよ」


 ユーリは簡単にそう言ってのける。リンスレットは《正騎士》という立場にある――きっと、この程度の説明では納得しないだろうが、元より納得させるつもりもない。


「そ、そんな説明で納得できるわけないじゃないですか! それに、どうしてここに……あなたが……」


 ようやく自分の状況が理解できたのか、リンスレットが震えた様子でユーリを見る。

 ユーリは少なくともただの正騎士が束になったところで勝てるような存在ではない。

 それを、リンスレットも理解しているのだろう。そこへ、


「先生……?」

「! イリナ、さん……」

「どういう、こと、なんですか。これは……」


 青ざめた様子で、イリナが言う。信じられない光景を見ているといった様子だ。


「村の人達も急に変になって、ようやく静かになったと思ったら、ユーリさんが……先生、を……?」

「イリナさん――」

「下手な芝居はやめたら?」

「え?」


 心配そうに近づこうとしたリンスレットを横目に、ユーリは言い放つ。

 イリナの表情は、絶望に満ちたままだ。


「芝居……?」

「ええ、そうよ。クライン・ディヴァリスは外法を以て、生きている人間を《アンデッド》にしてきた。けれど、彼の目的は別にある。アンデッドになったのは、あくまでその副産物よ。あなたが、《完成品》よね? あなたも私と同じ、吸血鬼」

「完成品って、なんですか。私は、そんなの知らない。だって、先生は、私を、助けてくれたんですっ! それなのに、それなのに、あなたが、あなたが殺したの? はっ、あはははははははははははっ――はあ?」


 ぐるん、とイリナの首が明後日の方向へと曲がり、ユーリを三日月のような笑顔で見据えた。

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