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3.吸血鬼の餌として

 ……あれから、どれくらいの時間が経っただろう。

 初めの頃は、まだユーリにも逃げ出そうという気力はあった。

 身体の自由は少しは利く――這いつくばるようにしてベッドから下りて扉を開けると、女性の姿があった。

 女性の名はエウリアと言った。

 吸血鬼である彼女が何歳であるのか分からないが、少なくとも何十年――何百年という時を生きているらしい。

 エウリアはただ、ユーリに毎日のように絶望を与えて生き血を啜るようにしてきた。

 わざと逃げられるような隙を与えて、捕まえてはその時のユーリの表情を楽しむ。

 時には逃げる暇も与えずに、死んでしまうのではないかというくらい生き血を啜り続けられることもある。

 何とかして逃げ出して助けを求める――そう思っていたユーリも、いつしか生きる気力を失いつつあった。

 逃げ出したところで、ユーリはすでに片足と片腕を失ってしまっている。

 ……憧れ続けた騎士になることもできない身体で生き延びたところで、どうだと言うのだろう。

 そんな絶望的なことばかり考えるようになって、ユーリはやがて自ら死を選ぼうとした。

 エウリアの隙をついて、部屋の中にあった短刀を――自らの喉元に突き立てて。

 けれど、ユーリは死ななかった――死ねなかった。

 あまりの痛みで意識が飛びそうになっても、気絶することはできない。

 流れ出ていく血を他人事のように見つめることしかできず、ユーリはただ茫然とした。

 そんなユーリに対して、エウリアが告げたのは、


「うふふっ、ますます気に入ったわぁ。少しだけ私の血を混ぜてあげたんだけど……貴女、吸血鬼になりかけているのよ? 良かったわねぇ、簡単には死ねない身体になれて」


 ……その事実が何より恐ろしかったのは、ユーリにはすでに《死》という逃げ道も、簡単ではないということだった。

 吸血鬼の生命力は非常に高く、なりかけとはいえユーリも喉元を突き刺したくらいでは死ねない身体になっていた。

 それでも、「死んでしまう可能性があるから」と、ユーリはさらに身体に魔法をかけられる。

 エウリアがいない時は自由だった身体も、やがて満足に動かせないようになってしまった。


「あ、うあっ、んっ……」


 今はただ、ベッドの上であえぎ声に近いものをあげることしかできない。

 毎日毎日、来る日もエウリアに血を啜られ続けた彼女は、だんだんとその刺激に快楽を感じ始めていた。

 吸血鬼の吸血行為は――痛みを与えるものではないという。

 死ぬ瞬間であったとしても、血を吸われている者が感じるのは気持ちいいという感覚なのだ。

 ユーリは自由の効かない生活の中で、だんだんとその感覚だけに支配され始めていた。


(嫌だ、こんなの、わたしじゃ、ない……!)


 心の中では拒否しようとしても、身体はただただそれを求めてしまう。

 エウリアの吸血行為を、心待ちにしてしまっている自分がいるのだった。

 それを分かっているかのように、エウリアは部屋にいてもだんだんとユーリをすぐに襲うことはなくなった。

 ……彼女がユーリに興味を失ったわけではない。

 ユーリが嫌々ながらも、自ら血を啜られることを求めるのを待っているのだ。

 そして、そんな思惑が理解できているのに、ユーリの方が心が折れてしまう。


「お、おねがい、エウリア……っ、もう、我慢できない、から」

「我慢できない? 何を?」

「……わ、わたしの血を、吸って、吸って、ほしいの」


 ――こんなことを自分から求めるようになるなんて、思いもしなかった。

 エウリアはとても愛おしそうな顔でユーリのことを見つめて、


「うふふっ、可愛いユーリ。やっと私を求めてくれるようになったのね。いいわ……貴女が望むのなら、いくらでも吸ってあげる」

「や、やった。あ、ありがとう、ございますっ」

(こんなの、ダメなのに――)


 そう思っていても、ユーリはもうエウリアには逆らえなかった。

 ――ユーリはもう、人としての心を失い始めていた。

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