表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

13.与える少女

 ユーリはリンスレットを連れて、森の中を流れる川へとやってきていた。

 せっかく見つけた寝室を血まみれにした挙句、自分も血で汚してしまった彼女に、身体を洗わせるためだ。

 ……血の匂いは魔物を引き寄せる。ひょっとしたら、それ以外も引き寄せることもあるが――今のユーリはこの何も知らぬ吸血鬼であるリンスレットの世話に忙しかった。


「……というか、あなたも騎士なんだから血の匂いには気を付けてよ」

「す、すみません。色々と気になってしまって……」

「気になって自傷して血まみれにするとか、あなたある意味才能あるわよ」

「な、何のですか?」

「猟奇の」

「嫌な才能ですね……」

「いいから、しっかり洗う」


 リンスレットが身体を洗うのを、ユーリはただ監視するように見ているだけだ。

 血の匂いは特に、念入りに洗わなければ落ちない――それこそ、騎士であればなおさら理解できているだろう。

 実際、リンスレットの洗い方は丁寧だった。……今ならば、丁度いい機会ではある。


(……いえ、わたしは別に、彼女の血に興味はない)


 ふるふると、ユーリは否定するように首を振るう。

 吸血鬼にとっては、血液は食事であり力の源だ――正騎士になれるだけの実力を持つリンスレットの血はさぞ美味で、力が溢れることだろう。

 だが、ユーリはそんな力には興味はない。今の自分でも、十分に力には満ちている。

 必要な時は、魔物の血を啜ればいい――だから、むしろ今の機会にやるべきことは、与えてやることだ。


「リンスレット」

「はい……? 何でしょう――」


 背を向けていたリンスレットが、ユーリの方を見て少し驚いた表情を浮かべた。

 ユーリの指先からは、赤い血が垂れ流されている。自らの歯で指先を切ったのだ。

 ポタ、ポタと流れる血を見て、リンスレットの表情にさらに変化が現れる。


「な、にを……?」

「どう? 血を見ると、ほしくなるでしょ?」

「っ!」


 指摘されて、リンスレットがハッとした表情を浮かべた。

 吸血鬼になりかけでも、リンスレットはすでに混ざっている。赤い血は、彼女の身体が求めているものだ。

 瞳の色にも変化が訪れる――わずかに赤色の混じった色で、紅潮した頬のままにユーリの指先を見つめていた。


「さっきも言ったけれど、あなたはまだ完全な吸血鬼ではないわ。だから、これは必要なことなの」

「必要な、こと……?」

「そう。あなたが、吸血鬼になるために。わたしの血を飲むことよ」

「それが、必要なんですか?」

「ええ、だから、好きなだけどうぞ」


 かつてエウリアという吸血鬼が言ったように、ユーリもまたリンスレットに告げる。

 リンスレットがゆっくりと、ユーリの下へとやってきた。

 初めての行為に緊張しているのか、ちらちらとユーリの指先と顔を交互に見てくる。


「なによ、いらないの?」

「い、いらないっていうか、こういうの初めてで……でも、必要なことなんですよね?」

「なりたいのならね。そのままだと、あなたはいずれ血を求めるだけの理性のない怪物になるわ――血が足りないだけでも、そうなってしまう。吸血鬼の血に完全に適応しなければ、どのみちあなたに未来はないの」

「……分かり、ました」


 ユーリの言葉を聞いて、リンスレットは意を決したように、ユーリの指先を咥える。

 戸惑いながらも、舌でユーリの切った傷の部分を舐めとって、


「んっ」

「……?」

「な、何でもないわよ」


 声を出してしまったのは、ユーリの方だった。

 誰かに指を咥えられる経験も、舐められた経験もない。

 そんなこと、するつもりもなかったからだ。

 声が出ないように口元に手を当てて、ユーリは近くの大きめの石に腰を下ろす。

 リンスレットも同じように、ユーリの前にへたり込むように座ると、そのまま指先をちろちろと舐め始める。


「んっ、はぁ……」


 リンスレットにとっては、吸血鬼としての初めての食事。

 吸血鬼として味わう血も初体験のはずだ。だからこそ、彼女にとってはユーリの血はとても甘美なものであるに違いない。

 ユーリがエウリアに血を与えられた時のように、リンスレットもまた、一心不乱にユーリの指先を舐めていく。


「っ、いいわよ、噛んでも」

「ふぇ……?」

「少しずつで満足できないなら、噛んでもいいって言ってるのよ」

「……」


 ユーリの言葉に、リンスレットは戸惑いの表情を見せる。

 それは、本当の意味で吸血行為の近いものになってしまう。

 半端な吸血鬼であるリンスレットにそれができるかどうか――だが、杞憂であった。

 血の味を覚えたリンスレットはできるだけ優しく、優しく―――ユーリの指の皮を噛みきる。

 ぴくりと、ユーリの身体が震える。たかが血を与えるだけだと、考えていた。

 けれど、こっち側もかなりの負担になるのだと……ユーリも初めて理解するのだった。

吸血鬼にするために指先から血を与えるという行為が好きな民。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ