表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
うたた寝の間にールイの訪問ー(番外編)
92/92

67 うたた寝の間に 4 驚かれた理由

拳で思い切り叩いたようだが、俺にはまったく効かないばかりか、嬉しかったなんて言えない。セレスティーヌは顔を真っ赤にして怒っていたから。


「もう! もう、もう! 何なの、ルイったら!」


ポカポカとセレスティーヌが俺の肩を続いて叩いた。


「え、ちょ、痛い痛い、さすがに痛い」


言うほど、そこまで痛くはなかったが、心理的ダメージはかなりある。何でそんなに怒ってるのかわからない。でも可愛い。


「だって私ばっかり! 私ばっかりドキドキして仕方ないんですもの! ずるいわ!」


思わず目を見開いて、じっと見つめた。


「何? ・・・何が? え?」


顔を真っ赤にして泣きそうになっているセレスティーヌは、今まで俺が見たことない表情をしていた。


恥ずかしいような嬉しいような、でも困っていて怒っていて、悔しそうで、でも幸せそうな・・・一体何なんだ?


「楽器だって、曲だって、演奏だって、言うこと全部・・・そもそもここに急に来るなんて! 早く会いたかったなんて言って喜ばせようなんて、その手には乗りませんからね! それに、その騎士服のままで・・・昇格したからって、似合うからって自慢ですか! かっこいいなんて絶対言わないんだから! 金色の髪にも紺碧の瞳にも、映えてとっても素敵なんて、絶対に言わないんだからぁぁぁぁ!」


半ば叫びながら、セレスティーヌは音楽室を出て行ってしまった。


後に残された俺は、呆然と自分の着ている制服を見下ろした。


「・・・服・・・?」


それで思い出した。


俺は普段、仕事が終わったら仕事のことは考えたくない。それもあって、セレスティーヌと過ごす時は、必ず着替えてから会うことにしている。時間がない時は、馬車の中で着替えることもあるくらいだ。


だが、今日は、そうしなかった。ぐったりと疲れていて、気を回す時間がなかったのだ。そういえばアダムに言われた気がするが、着替えていないところを考えると、面倒で取り合わなかったのだろう。


俺はようやく、シドニーが驚いた本当の理由を理解した。ブリュノだと思ったわけじゃない。俺が近衛の騎士服を着てきたから、驚いたのだ。しかも、昇格して、濃紺から碧がかった明るめの紺色に変わってからは、着てきたのは初めてだろう。


確かに目の色には近い。しかも、小さなメダル勲章も増え、金色を主張している。それも髪の色と合っているといえば合っているが、そんな人間、ゴロゴロいる。俺だけが金髪碧眼なわけじゃない。


「そんなつもり・・・」


俺が呟くと、ジネットがちらりと俺を見た。


「追いかけないの?」

「でも・・・追いかけて・・・嫌われたら・・・」


何を言っていいかわからない上に、嫌われたら。これからなのに。


「セーレ、明日の音楽会、とっても緊張してるのよ」


急にジネットが話を変えた。


「どうしてだ? セーレはよく行ってたし、ピアノだって慣れたものだろう」

「でも、寝込んでから人前で弾くのは初めてだし、あなたが一緒にいない外出は、多分、久しぶりだから」

「あぁ・・・でも・・・なんでそれで? 俺が着替えてこなかったのを怒られるんだ? 昇格したのが気に入らないのか? やっぱり、俺がまだ近衛騎士だということが嫌なのか?」

「なんでそうなるのよ・・・」

「だって、”かっこいいなんて絶対言わない”なんて、今まで言われたことないぞ? 別に、かっこいいって言われたことだってそんなにないけど・・・」


語尾が小さくなったのは、言われたいとか、そういうことではない。決して。


「セーレがそんなに制服を嫌だったなんて知らなかった・・・やはり、自分の立場を思い出すからか?」


一度、近衛騎士の職場を見学に来た時があったが・・・我慢していたのだろうか。


すると、ジネットは呆れたように微笑んで、ため息をついた。


「甘えてるのよ。わがまま言ってるの」

「え?」

「今のルイなら、八つ当たりしてもいいってわかるからでしょ。私や兄様にはできないのよ。だって明日はみんなが楽しみにしているお出かけで、セーレの演奏も楽しみの一つで、みんなが期待してるんだから。もちろん、セーレの復帰のためにもよ。それがわかっているから、よく頑張ってるの。でもとっても張り詰めていたから、私が提案したの、ルイのことを思いながら曲を作って、ルイに聞いてもらったらって。弾いてもいいって言われたら、それも本番で弾いてみればいいんじゃないって。そうすれば、ルイと一緒にいるみたいで、安心するでしょ?」

「そんな適当な」

「セーレは喜んで、すぐに曲を作り始めたのよ」

「嘘だろ?」

「何言ってるの、その結果がこの曲よ」


ジネットが俺の手元の楽譜を指差した。


「本当に、セーレは随分、あなたを好きなのね。知ってたけど」

「へ」

「この曲、全部、あなたのことよ、ルイ。セーレがあなたのことを思いながら作ったの。この曲を弾きながら、あなたのことを思い出せるようにって。セーレがどれだけあなたを好きか、この曲を聴けばわかる。でしょ?」


どれだけ好きか。


あの、甘くて優しくて、抱きしめたくなるような旋律。

愛おしさがこみ上げてくるような音の響きに、心の奥まで満たされるような心地よさ。


あれが全部、セーレが俺に感じていることだって?


「せ、セーレはどこに」


俺はオロオロと周囲を見回した。ジネットが肩をすくめた。


「部屋に戻ってると思うわ。きっとベッドにうつ伏せになって、頭を抱えてるでしょうね。だって子供みたいだったでしょ? あの子の小さい頃、そっくりだもの」


そんなところもとっても可愛いのよ、とジネットは言う。


俺の知らないセレスティーヌだった。家族だけが知っているセレスティーヌ。そして、俺がもっと知りたいセレスティーヌだ。


「・・・会いに行っても?」

「ダメなわけがある? 婚約者なのに?」

「ありがとう。恩にきる」

「高いわよ」


ジネットのコロコロとした笑い声に後押しされ、俺は急いで音楽室を後にした。





【うたた寝の間に】、これにて終了です。

読んでいただきありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ