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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
愛しい人と呼ばれる日まで
87/92

【閑話】麗しの兄上様・前編

セーレの親友、子爵令嬢ドミニク視点 前後編の前編


ショーンのお兄さんと舞踏会で会う話。


今日の舞踏会は、友達が誰もいない。


誰も、と言っても、親しい令嬢で舞踏会に出ているのは、エヴァくらいしかいないから、だいたいいつも、ひとり。でもエヴァがいると、交友の広いエヴァの友人が相手をしてくれるし、時折は、エヴァがいなくても話してくれる。


でも今日は、私、ドミニク・ウォーリーは、たったひとり。


とはいえ、両親が領地へ、姉たちが別の舞踏会へ出た以上、ウォーリー家として出る必要があったこの舞踏会にも、誰かは出なければならなかったのだ。特別に参加者が多いと思えるのはきっと、名のある方々が参加するからだろう。セレスティーヌの兄も参加しているようだし、ショーンのエマール家など、珍しく兄二人が参加している。


友達がいなくても、私は令嬢たちのドレスについたレースや刺繍を見られれば構わないけど、心細くはある。


そんな中、事もあろうに、令嬢とぶつかってしまった。


「きゃ」

「あら、ごめんなさい。・・・まぁ、ドミニク様でしたの。お姉さまはお元気?」


表情を変えなかったのは、日頃の訓練の賜物か、私の表情筋の働きが鈍いせいなのか。あまり出会いたくない相手だった。


「え? あ、はい・・・コゼット様。ご機嫌麗しゅう」

「今回は、お姉さまはいらしてないのね。毎度毎度、男漁りにご熱心でらっしゃるから、ここにはいい男はいないということかしら?」


コゼットがにこやかに嫌味を言う。


コゼット・リシェールはプレー男爵の一人娘で、私と同じ、新興貴族だ。違うところといえば、彼女はとてつもない美人で私は平凡というところだろう。身分が私の方が子爵令嬢で上、というところが気に入らないらしく、会えば嫌味を言ってくる。


ちなみに、私の姉は美人なので、当人には文句を言うことはない。つまり私はとばっちりだ。


「わたくしには分かりかねますわ、コゼット様。わたくし達の出欠は、父が決めておりますので」


私が縮こまって言うと、彼女は鼻で笑った。


「あなた、本当に自信がありませんのね。お綺麗でもない上に新興子爵じゃ、お相手にも不自由するでしょうから、当然でしょうけど・・・ドミニク様はいつご結婚なさるの?」


コゼットはその美しい顎をツンと上に上げて私を見た。


彼女は引く手数多で、狙いすぎなければより取り見取りの立場だ。その優位性を示すかのように、デコルテを彩るレースが豪華で、彼女にとても似合っていた。今度、あの作りをクロードに教えてあげなきゃ。


私が答えないとコゼットは鼻を鳴らした。


「相変わらず鈍臭いのねえ、ドミニク・ウォーリー!」


いかにもおかしそうに笑うコゼットは、それでも美人だった。周囲も私を笑う。子爵と男爵なんて、新興貴族の令嬢にしたらちょっとした差しかない。そんなことよりも、見た目の麗しさがものを言う。


「君がドミニク嬢?」


呼ばれて驚いて顔を上げると、そこには見目麗しい、すっきりとした笑顔があった。


「ショーンのご友人の。ああ、申し遅れました。私はベルナール・エマール。ショーンの一番上の兄です」


知ってます。ええ知ってますとも。


滅多に舞踏会に出ない上に、出たら出たで令嬢に囲まれ、それでも、出る前に約束していたご夫人たちとしか踊らない上に申し込みもせず、ただただ必要なことをやりきって帰る、侯爵家の長男だ。


今も令嬢の輪の中から私に目を向けている。彼女たちが利かせてきた睨みと驚愕の視線に私は打ち震えた。


「は、はい、存じております、ベルナール様。わたくしはドミニク・ウォーリーと申します」

「うん、ショーンから聞いて知ってるよ。砂糖菓子の商品のレースリボン、案をくれたのは君だって?」

「はい」


私は頷いた。


ショーンが考え上げた宝石入り砂糖菓子の箱を包むのに、可愛らしいレースリボンは欠かせないと言い張ったのは私だ。おかげで、あのリボンを加工して宝石と一緒にブローチにしたいと言ってくれる人もあり、バリエーションが増えたと喜んでいた。


「・・・べ、ベルナール様、ウォーリー家の方とお知り合いなのですか? ウォーリー家は新興貴族ですのよ。あなたのような、由緒ある上級貴族が話すほどもない相手ですわ」


令嬢の一人が慌てたように言う。それを、ベルナールは不思議そうに一瞥した。


「新興貴族だから? 何? 私の家の仕事を手伝ってくれている人をないがしろにはできません。ショーンと仲良くしてくれてありがとう」


最後は私に向けられていた。


・・・信じられないけど、笑顔が私に向けられている。その上、手を伸ばされている。どういうことだろ・・・私は不安に駆られながら、場に促されるまま、手を向けた。


すると、事もあろうに、ベルナールは腰を折って私の手を取り、手の甲に軽く挨拶の口づけをした。周囲にいた誰もが息を飲んだ。


初めて会った令嬢に、ベルナール・エマールがまともに挨拶をした。これだけで明日のお茶会の話題は充分だ。しかも手に口付けするなんて。


本当に・・・相手が私でなければ。もっと綺麗な令嬢がいるでしょう! 


「ベルナール様、わたくしを覚えておいででしょうか? コゼット・リシェール、プレー男爵家のものですわ」


コゼットが私の前に足を踏み出し、優雅に挨拶をした。見事な所作が美しい。


「え? えぇーっと、君は誰だったかな・・・? でもありがとう、君のおかげだ。ドミニク嬢が誰だかわかったんだから」


コゼットが顔を赤くする。ということはあの嫌味も聞こえていたことになるから。


ベルナールの手がまだ私の手を握っていた。


「向こうへ行こうか」


コゼットがキリキリと何か言っており、他の令嬢も不平を言っていたが、侯爵令息の意見に逆らうわけにはいかない。男性たちや他の大人たち貴族は興味津々で私たちを見ていた。


・・・ああ! アンドレ! 助けて! こんな上級貴族とまともに会話ができると思えない! 


でも気がついた私に、アンドレはニヤァっと嫌な笑いをしただけだった。


裏切り者ー!


確かに、下級貴族は基本的に上級貴族には逆らえない。だが、アンドレなら旧知の仲だ。お互いに事業で協力し合っているし、話にもよく出てくる。だから、私を助けてくれてもいいはずだ。せめて会話に入ってくれても。


もう一度言う。


裏切り者ぉぉぉぉ! 


今度、頭から足先までレースで埋め尽くした男性用スーツを作って着させて、街中を歩かせてやる。もしくは、あんまりにもセーレに似合わないレースづかいをして、ルイに文句を言われるがいい!


☆ ☆ ☆


喧騒から離れバルコニーに出ると、ベルナールは壁脇のベンチを探し当てた。促されて言われるままに座ると、ベルナールは隣に座った。


逃げられない・・・


私が血の気の引く思いでいるのを知ってか知らずか、ベルナールがすぐに話し始めた。


「君はショーンと恋仲なのかと思っていたが」

「まぁ、・・・そのようなことはありえませんわ、ベルナール様」


私はおかしくてクスクスと笑った。


「ありえない、ね・・・弱ったな。ショーンには男性として魅力がないということですか?」

「そうではありませんわ。とても魅力的な方です。でも、なんというか、私たち、ルイとセーレの見守り隊なのです。だから、同志のようなもので、友情はありましても、恋はありませんのよ。それはルイとセーレの間だけで充分なのです」

「そう? なの? でも、その割に、ショーンは君の話をよくするから・・・」

「だとしたら、先ほどの砂糖菓子の件ですわ。リボンレースの太さや長さについて、相当議論して、一度、口も利きたくなくなりまして、私、ショーンのことをずっと避けてまして・・・最終的にショーンが折れてくれて、謝ってくださいましたわ」

「あのショーンがね」


感心したようなベルナールに、私は頷くだけにした。あれは、期限が迫っていたからで、はじめはルイの注文だったから、彼の機嫌を損ねないため、譲歩しただけだ。私が見かけの割に頑固だったとか、そういうことじゃない。・・・多分。


「ええ、それでですね、それが今のリボンレースなのですわ! 大きさも形もかわいくてちょうどいいと評判で、私、とても嬉しいんです! ショーンはリボンは捨てられるって言ってたのですけど、そんなことなかったでしょう? 女性は貪欲なのです! 可愛らしいもの美しいものは、できるならいくらでも、手元に置いておきたいのです!」


ハッと気がつくと、ベルナールが目の前で優しく笑っていた。


興奮して私は身を乗り出していたらしい。慌てて身を引くと、改めて座り直し、空咳をした。


「で、ですから、私はショーンとは友達なのです」

「ふーん・・・そうか・・・なら、私が君をもらっても、ショーンは怒らないかな?」

「構わないと思いますわ・・・って、今、なんとおっしゃって?」

「私があなたを欲しがってもいいだろうか、と言ったんです」


私は首をひねった。


「・・・使用人になさるなら、それなりの職じゃないと父は満足しないと思いますが、私はなんでもやりますわよ。でもできるなら、宝石のお仕事の方が楽しそうですわね。リボンレースに宝石をつけるブローチは評判になりましたし、その路線で、刺繍やレースに一工夫していけば、いろいろできそうな気がします。・・・どうなさったのですか?」


困った顔になったベルナールに私が尋ねると、彼は腕を組んでしきりに頷いた。


「うーん、そうか。そうだよね。ショーンと友達付き合いするんだもの、君はそういう人でなければね。つまりストレートに言わなきゃならないか。君にプロポーズしても構わないかい?」


私は耳を疑った。


「ぷ・・・ぷろぽーず?」


ルイがセレスティーヌにしそびれたというあれのこと?


言葉ひとついうだけなのに、いったい何年かかってるんだって、・・・そもそも言えてないのに婚約してるってどういうことだって、みんなに揶揄されているあれのことだ。


「それは・・・難しいんじゃないでしょうか・・・」




後編は明日投稿予定です。


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