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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
愛しい人と呼ばれる日まで
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【閑話】恋い焦がれた先

ユニス嬢視点。


セーレの療養中。

ユニス嬢が舞踏会に出る話。

エヴァを見かけ、スティーブとルイに会ったりします。


羨ましかった。


私より地位があって、美しくて、可愛らしくて、誰からも愛されて、婚約者も素晴らしい。


高潔なルイ=アントワーヌ=レオン・ウェベールを婚約者に、セレスティーヌ・トレ=ビュルガーは誰よりも純粋で綺麗に見えた。


そんなセレスティーヌ嬢に対抗しようなんて、おこがましいことはわかっていた。内から出る美しさは、その人の人生そのものだ。私など、・・・嫉妬や猜疑心でいっぱいの私など、美しく見えるものでもない。


セレスティーヌの姉、バルバラに初恋の相手をあっさりと奪われて、ただただ恨んだ時と、変わっていない。もうお二人には三人目のお子が産まれるというのに。


それでも、一度くらいは、争ってみたかった。


・・・結果は完全なる敗北。


何をしてもダメだった。


トーマン侯爵家の一人娘、ユニス・ポートフリーという、子爵令息であるルイにとって、いい婿入り条件のはずだったのに、何の意味もなかった。


だって、ルイは身分をあげようなんて思っていなかったのだから。


「そのようにおっしゃらないでくださいませ、エリック様」


朗らかな声がして、考えにふけっていた私はハッと顔を上げた。エヴァ・ポリトフ嬢だ。彼女は頭が良く、彼女の兄から仕事を任されていると聞いている。だから、頭のいいエリック・エマールと話が弾むのだろう。


エリック・エマールは侯爵家の次男で、最近、長男を差し置いて婚約したばかりだ。お相手は、親族の伯爵令嬢だった気がする。エリックが将来、継ぐだろう身分は、おそらく伯爵なので、ちょうどいいだろう。その弟、ショーンは、伯爵か、子爵か、その辺りだろうが、エヴァにとっては悪い話ではない。むしろ、自分で仕事をこなしているエヴァなのだから、良いお相手に思えるのだが。


「本当ですよ、エヴァ嬢。あなたがショーンと結婚してくれれば、これほどいいことはないんですが」

「おやめください、本当に。私とショーン様は友情で繋がっておりますのよ」


張りのある声が彼女の意思の強さを感じさせる。ショーン・エマールと彼女の関係がどうであれ、結婚するつもりはないらしい。不思議なことだ。彼女にとって、とてもいい縁談だろうに。


「そうですか・・・残念ですね。僕に婚約者がいなければ、あなたにプロポーズしたでしょう」

「まぁ。心にもないことおっしゃって。告げ口してしまいますわよ」

「それは怖いな」


明るい笑いが広がる。エリックが女性と世間話で笑うなど、滅多に見かけない。ちらちらと周囲が見ていることからもわかる。


エマール家は侯爵の肩書きはあるが、大きな家業を営んでいる一家として、身分などあってないようなものだった。社交界に出入りする時に、必要だと感じているだけ。彼らの中では、一族の中での立ち位置の方がよっぽど意味がある。身分は、ただの世間体だ。彼らは婿入りをして、お相手の家業を継ぐことなど、考えもしない。


彼らの考えはよくわかる。しかし、そういった商売人とは、私は相容れない考えだ。身分は大切な私の指標の一つだから。


今日のエヴァは、いつもより綺麗に見えた。さほどデコルテの開いていない夕焼け色のドレスは、エヴァの栗色の髪によく似合っていたし、すっきりと上がった髪は耳の後ろでまとめ上げられ、同じ夕焼け色の花がエレガントに咲いていた。そして、耳元にかかる、メガネから落ちてくるようなイヤリングの宝石は、連なる星のようにキラキラとしていた。


以前お茶会で話してから、エヴァは私をずっと避けていた・・・と言うより、無視はしないけれど、近づこうとはしなかった。それは当たり前だろう。私などを大切な親友のセレスティーヌに、紹介してしまったのだから。


エヴァは、堂々としているからか、伯爵令嬢としてはさほど高い地位にいるわけでもないのに、舞踏会でも目を惹いて、美しかった。


羨ましい。


私はここでもそんなことを思い、自分の性格を呪いたくなった。

もともとこんな性格じゃなかったはずなのに。


視線をそらすと、私の憧れ、ルイ=アントワーヌ=レオン・ウェベールと、私とは旧知のスティーブ・ティボーがなぜか顔をつき合わせて話していた。どちらかというとルイが腹を立てていて、スティーブが困っているようだった。


社交の場でルイが笑顔にならなかったことを見たことがなかった私は、驚いてじっと見てしまった。


すると、スティーブが救いの手を求めていたように私に顔を向けた。


「ユニス様? こちらにいらしたのですか?」

「え? えぇ、・・・はい」

「探していたのです。兄から伝言を授かっておりますので」

「まぁ、・・・」


それは絶対嘘だろう・・・思いながらも、曖昧に頷くことしかできず、私は言葉を途切らせた。


「どうなさいましたの? 今聴いてもよろしいのかしら?」


私が言うと、スティーブは知恵を絞る様に頭をかいた。昔から、こういうクセは変わらないのね。


「えー、っとですね、」

「私が邪魔だということですか?」


ルイが言った。


散りばめられた憤りが興味深く、私はまじまじと見つめてしまった。


「まぁ、ルイ・ウェベール様。何を怒っていらっしゃるの?」


嘘偽りのない言葉だけれど、ルイはムッとした様にそっぽを向いた。


「・・・怒ってなどおりませんよ」

「私の勘違いですわね。でしたらよかったですわ。そうですわ、ルイ様、私、先日のご無礼を改めて謝罪したいと思っておりますの。セレスティーヌ様がお元気になられたら、是非お二人とお話をさせてくださいませ」

「・・・謝罪? とはなんですか?」

「私が・・・その・・・何も考えず・・・セレスティーヌ様に言い募ったり、・・・お屋敷に押しかけたり・・・したことですわ」


言いながら恥ずかしくなり、私は俯いた。目の端でスティーブが不思議そうに私を見ていた。


「顔をあげてください、ユニス様。そんなこと、気にしないでください。そういう時もあるものですし、セーレも私も大事おおごとにしたくありませんから」


そう言うと、ルイは魅力的に微笑んだ。以前はなかった、優しい笑顔だった。少しだけ胸が痛くなる。


「でも、・・・謝罪は関係なく、セーレに会いに来てあげてください。とても暇しているので」

「まぁ。私などが行っても?」

「もちろん、大丈夫です。ただしスティーブ殿はダメ」

「・・・行きたいなど言っておりませんよ」


少し苦笑いをしながら、スティーブが言う。


ルイの独占欲だろうか。そんなものがあったのか・・・何も知らなかった自分を、改めて感じる。


あの時はただ、セレスティーヌがルイを手放さないために、手を尽くしているのだと思っていた。


可愛らしい仕草も、分け隔てなく優しい性格も、愛される美しさも。

彼女がルイの好みを研究して、偽ってでも目指しているのだと。


でも違っていた。セレスティーヌはただ純粋に、ルイのために自分を磨いていたのだった。むしろ、ルイの好みの女性が、ただ、セレスティーヌだっただけ。


ルイのことだって、私は、勝手に想像していただけなのだ。ほとんど出会っていないのに、私の理想の人のように考えて。


違っていたから、私は何もかも、自分の認識が甘かったことを理解して、ルイを諦めた。諦めるしかなかった。


「仕方ありませんわね。スティーブ様、こちらにいらして、お話を聞かせてくださる?」


私が言うと、ルイは肩をすくめ、スティーブが目を瞬かせた。まさか、私が自分のとっさの嘘に乗ってくれるとは思っていなかったのだろう。でも私だって、親切にしたい時はある。


ルイと別れ、ホールの片隅に来ると、スティーブはしょんぼりと肩を落としてきた。


「申し訳ありません、ユニス様。兄の伝言など、ありませんでした」


頭をさげるスティーブに、私は肩をすくめた。


「知っていたわ。あなた、嘘をつくのが下手なんだもの。だから、問題ありません」

「怒らないのですか? 知っていて、話に乗ってくれたと?」

「そうしたい時だってあっていいでしょ」

「ルイ様と一緒にいらっしゃるのは、やはり気まずかったでしょうか?」

「いいえ、ちょっと切なくはなったけれど、大丈夫だったわ」


傷を抉るように心配してくるなんて、本当に無粋なんだから。心で悪態をつきながら、私は笑えてきてしまった。スティーブの家は、懇意にしている伯爵家だ。憎らしいことに、私の情報なんてとっくに回っていて、共有されてるというわけだ。逆に私だって、よく知っていた。


昔はスティーブとも、随分と遊んだのだわ。何だか懐かしい。


「・・・今は二人きりなんだし、誰も聞いていないから、昔みたいに話していいのよ」


私が言うと、スティーブは笑って首を横に振った。


「まさか、できませんよ。ユニス様の評判を落とすことになりかねません。ユニス様は高貴な方なんですから」

「そうは言っても、セレスティーヌ様ほどではないでしょう」


私が言うと、スティーブは気まずそうに頬を赤らめた。


「それは・・・関係ありません! ユニス様こそ、ルイ様の前では、あなたらしくないしおらしさで、一体誰かと思いましたよ」

「まぁ、ひどい。それが普通の私です。誰が見ているかわかりませんもの、誰に対してだって、しっかり振る舞わなければ。私は私なりに、魅力的でいようと思っていますわ。しっかりしたお相手を探す必要があるんですから、当たり前でしょう?」


私の言葉に、スティーブは残念そうに首を振った。


「ルイ様じゃなければきっと、よかったでしょうに、・・・高望みをするから」

「いやだわ、スティーブ。同じ言葉を返していい? あなたにセレスティーヌ様なんて、失礼しちゃう」

「あなたは選り取り見取りのはずですけどね」

「あなたこそ、順調な出世をしてるらしいじゃないの。騎士団で重要なポストにつくのなら、そんなに嫌がる令嬢もいないでしょうに」


ふと顔を見合わせ、私たちは吹き出した。


「ユニス様は、・・・本当に負けず嫌いですね」

「あなたこそ。穏やかそうな顔をして、優しくしてくれないじゃないの。だから振られるんだわ」

「あなたもね」


そして、今度はお互いにため息をついた。


しばしの沈黙の後、スティーブが言った。


「喉が乾きませんか」

「・・・ええ」

「それじゃ、振られたもの同士、乾杯でも致しますか」


スティーブが笑い、私も自然と笑顔になった。


「そうね」


食事の部屋へ移動しながら、スティーブが軽口を叩いた。


「誰か良い方がいたら、ご紹介いたしますよ」

「あら、それじゃ、私もしなくてはね。ねぇ、エヴァ・ポリトフ嬢は? さっきお見かけしたの」


すると、スティーブは顔を青くした。


「やめてください。トラウマなんです。いくらなんでも、彼女は僕となど話したいと思いませんよ」

「わからないじゃない。新たな気持ちでお会いすれば」


すると、スティーブは真面目な顔で言い放った。


「・・・エヴァ嬢は素晴らしい方ですが、セレスティーヌ様はもっと素敵な方ですよ?」

「全然諦めてないじゃないの」

「憧れるのは許してくださいよ。ルイ様にはご迷惑をかけてしまったし、もう何もするつもりはないんですから」


私は肩をすくめた。


「そうね、それがいいわね」


まだ、傷はあるけれど。


フィルマンに恋い焦がれ、ルイに恋い焦がれ、うまくいかず、私は結局、自分と向き合うしかなかった。


エヴァのように、自由に毅然としていられたらと思うこともあるし、セレスティーヌのように、婿取りなんてしなくてもいい人生にも憧れた。


でも私は、やっぱり、私なのだ。


両親を敬愛し、婿が欲しくて、そのお相手と、ちゃんと愛し合いたいと思っている。


そんな相手に、出会いたい。


だから私は信じようと思う。


きっといつか、会える。もしかしたらもう、会っているかもしれない。


そんな風に。



あまり出てこなかったけどもっと書きたかったので。

ユニス嬢は、”あなたのいないお茶会は”でセーレに宣戦布告した令嬢です。

その後、セーレの前にはほとんど出てこなかったのですが、あっちこっちに出てきました。

セーレとは仲良くなれるんじゃないかと思ってるんですけど。


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