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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
愛しい人と呼ばれる日まで
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【閑話】新人

近衛騎士団長 レイモン・ヴィルドラック視点


結構前の話。

近衛騎士に抜擢された時に、その話を初めて聞いたルイの様子です。


「そういうわけで、君を近衛騎士に抜擢したいと思う。どうだ? やれるか?」


目の前のルイはぽかんとしていた。


そうだろう。そうだろう。


私だって、団員を決めるときの書類に目を見張った。二度見したくらいだ。推薦が一番に多いのが、この近衛騎士に興味もなかった美青年なのだから。


近衛騎士は王族の身辺の警護が主で、騎士団の中では、幹部と同列になる、いや時にはそれ以上に行使権の強い、王宮勤めを兼ねるエリートだ。


そして、このルイ=アントワーヌ=レオン・ウェベールは、安定した事業を営む子爵家の後継で、由緒正しいが特に目立つ爵位でもなく、本人も希望していない。当然、騎士団に入ったのも本人の人脈作りで、騎士幹部になる予定もなかった。


それなのに、中枢に食い込むような大抜擢を伝えられ、驚いたのはルイが一番なのではないだろうか。


「・・・ヴィルドラック様は、私が近衛騎士でやっていけるとお思いですか?」

「ああ、もちろん。だから、私が決めた。押し付けられたわけでも、いやいや決めたわけでもない。私がいいなと思ったんだ。中の者ともやっていける、とね」

「ですが、・・・私はまだ入ったばかりで、・・・近衛騎士など、そんな重要な仕事につくのは、立場上、よろしくないのではないでしょうか? ヴィルドラック様のお立場だって、お考えにならないと」

「なんだ。私のことは気にしなくてよろしい。新人一人の処遇で、私の立場は変わらないよ。それに、間違っているとは思わないしね」

「・・・なぜ私なのでしょうか」


ルイは困ったように眉をひそめる。


「君は婚約したばかりだな」

「え? あ、はい」

「おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「それで、お相手は随分と位の高い方らしいが?」


私の言葉に、ルイは目をパチクリとさせた。


「彼女が手心を加えたということですか? それはありません」

「公爵様の圧力はない、と」

「ありえません。多少の推薦はあるかもしれませんが、ゴリ押しすることも立場を利用することもありません」

「それは何でわかる?」

「そういう子じゃないからです」


なるほど。そういう”子”。


まだまだ可愛い自分の手の中の子だと思っている。


だが、女は怖い。自分のものになったと思うと、牙を剥く場合もある。


「女性は怖いぞ?」

「・・・それはわかっているつもりですが、・・・」

「君の婚約者殿だって、いつ、その立場を武器にお前を自分の有利に動かそうとするかもしれない。お前は驚くほど優秀だ。彼女も自分がそんな”使える”相手を手に入れることができて、嬉しいことだろうよ」

「だとしたら、・・・その方がいいんですけどね」


ルイは自嘲気味に言った。


「何だって?」

「私はセレスティーヌの駒になるくらい、何でもありません。まぁ、彼女はしませんけど」

「だが、・・・しかし」

「私が”使える”人間にならなければ、身分差を思えば、私はいつだって不相応ですから。・・・今だって、そうです。よく言われますよ。騎士団は実力ですが、外に出てしまえば、貴族社会で、身分が優先ですからね。ヴィルドラック様が私を”使える”と思ってくださってるのなら、それは私の思う姿に近づけているということでしょう」


私の考えでは、騎士という立場を背負う者として、あまりそういう考えにとらわれるのは好きじゃない。だが、そういう部分があるのも確かなことだった。


「・・・それじゃ、何か。君の優秀さは、その・・・、婚約者殿のためだというのか?」

「いけませんか? セレスティーヌは相手を値踏みするような人ではありませんし、他人を利用するような人ではありません。自分の立場をよく知っていて、それを使おうとはしません」

「だがねぇ。この若さで君が近衛騎士になれば、エリート中のエリートだ。また君の伝説に箔がつく」


ルイが形の良い眉をひそめた。


「何ですかそれは・・・」

「剣術に学問、王宮での振る舞い、国王陛下からもお墨付きをもらえるほどに、君は騎士学校でも憧れの的だったろう。それに加えて、騎士団でも成績はトップクラス、さらに近衛騎士に抜擢と聞けば、みんな賞賛の嵐さ」

「それを望んだわけではありませんが」

「でも、婚約者殿は望んでおいでだろう?」

「いいえ、特には。そういう意味では、私が望んだようなものです」


きっぱりというルイに、私は逆に興味を覚えた。


「どうしてそう言える?」

「・・・彼女は自分が、生まれながらにして”使える”立場であることを教え込まれてきました。だから、不用意に自分の立場を利用することを嫌っているんですよ。そして、利用されることをもっと嫌がっています」

「それは、君が使うのも嫌うということ?」

「そうでしょうね。私は使いませんし、使うつもりもありませんから、わかりませんが。それに、彼女は身分が下るのですから、必要ないことも知っています」

「彼女はそれを納得してるのか? 誰もが自分に跪く光景というのは、爽快だろう。それがなくなるんだぞ。嬉しいと思うか?」


ルイは首をひねった。


「私は彼女ではないから、真意はわかりません。でも彼女が、・・・それに納得できるように、私が努力するまでです」

「ほう?」


面白い。


これはかなりの決意だ。


ルイが少しばかりためらいがちに口を開いた。


「私が近衛騎士になったら、彼女が今いる地位に近づけますか?」

「・・・そうだな。君の今の地位は高くなるだろう。婚約者殿がお前と結婚した後、扱いに困らないようにするために、という意図がよく見える推薦だ。どう思う?」

「彼女が困らないのなら、・・・やります」


「困る人か?」

「・・・いえ。私に申し訳なく思うでしょう」

「お前の婚約者殿はそんなにいい女かね?」

「当たり前でしょう。私の唯一の絶対なんですから」


ルイはそう誇るように言った。


そんなの、盲目的な若気の至りだと思っていた。


のに。

どうしてどうして。


『キープですか? よくわかりませんけど、・・・ルイ様以外の人がいいと思ったことはありませんのよ。それがキープという意味でしょうか?』


私が、ルイを有望な切り捨てやすい相手としてキープしているのか、とあてこすった質問に対して、かの方は不思議そうに、こう述べたのだった。


私にとって、令嬢というのは謎である。

それ以上に、話したセレスティーヌ様は謎だった。


話してみれば、セレスティーヌ様は一筋縄ではいかないお人だった。

気位が高いだけの、権力を振りかざす令嬢でもなければ、自分を過小評価したがるタイプでもなく、身分を無視する人柄でもない。


その上、私が謝ると、彼女はこう言ったのだ。


『私、ルイ様には本当に申し訳ないと思っておりまして、・・・ルイ様が自分で選べないうちに近衛騎士になったのは、私が原因ですわね? 私と正式な婚約が承認されたせいですわ。私には身分以外は特に取り柄はありませんけど、だからこそ、私には今後とも、”配慮”が付いて回る気がします。そういった特別な配慮がお嫌いなのではないかと思いましたの。そうであれば、今回は最終的にヴィルドラック様がお決めになったとしても、今後はわかりません。その点で、そもそも、私の存在が不愉快だと思われても不思議はありませんわ。謝るなどなさらないでください』


そう言って、困ったように微笑んだ。


自然体で、ルイが言っていたことがすべて身についている、恐るべき令嬢。


彼女がルイを慈しむ瞳に、深い愛情があることに気づいた時、私は理解した。


ルイの執着だけでなく、きっと彼女も、同じくらい盲目的に相手を思っているのだと。

そして、なぜだか、それがすれ違っているのだと。


ルイの周囲の友人が、二人を応援したくなる気持ちも。


厄介な部下を拾ってしまったと気がついたが、もう遅い。


せめても、ルイが名残惜しく近衛騎士をやめたくないと思うほどに、居心地のいい環境づくりを互いにしていけるよう、努力したほうがいいだろう。


それがきっと、団の繁栄になるだろう。


そして私は、二人の行く末を遠くから見守ろうと思う。






近衛騎士の見学、のあとに載せようと思っていたのだけど忘れていたもの。

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