【閑話】花は手折られることなく
クロード視点。
自宅療養中のセーレへの訪問。
エヴァもいます。
外出許可は医者からもらったけど、まだルイには話していない、くらいの時系列。
「クロード。しわしわの手紙ってどう思う?」
セレスティーヌが顎に手を当て、考え深げに言った。
俺は首を傾げた。向かいでエヴァが素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。
「しわしわ?」
「便箋がしわしわなの。最近、そういう便箋が流行ってるの?」
「あまり聞かないな」
「そうよね? 私疑問に思ってたのだけど、・・・なんでかしら? 何でもかんでも礼儀正しいルイにしては、珍しいわよね?」
「どういうこと?」
「『セーレに会いたい』って手紙が箱から出てきて・・・しわしわの便箋でね、挨拶文もないのよ。それでね、以前も手紙が来たのを思い出したの。『セーレに会いたい。俺が選んだドレスを着たセーレに、早く会いたい』って、それしか書いてなかったの。そのあとにもね、何通か来たのよ。『セーレを思うとなかなか眠れない』とか『そばにいてほしい』とか。でもルイは出してないっていうし、何かの暗号かしら?」
雲行きが怪しくなってきた。その手紙の内容は、俺が聞いていい話なのだろうか。
俺は視線を彷徨わせた。
テーブルの上には、ルイが贈ったのだろうアコントゥのスイーツが並んでいる。今日はチョコレートだけではなく、マカロンと焼き菓子もある。セレスティーヌが家にいても飽きないよう、ルイが一生懸命頑張っているのだと思うと、心中察して余りある。
「それ、俺が聞いていい話?」
俺が尋ねると、セレスティーヌは困ったように首を傾げた。出会った頃から変わらず、彼女らしい仕草だ。
思い起こせば、初恋はセレスティーヌだった。
ルイに婚約者だと説明を受けた時、俺たち三人は『女の子』というものを意識した。それは淡い初恋だったのだろうと、俺は思っている。
出会った瞬間に終わったものであったけれど、それでも自分たちの夢だったと思う。ルイとセレスティーヌが結婚するのを見届けることで、自分たちは何かを諦めずに済むんじゃないかと、アンドレと語り合ったこともあった。
だが今、俺はその願いが自分の手に余ることなんじゃないかと思い始めている。
ルイとセレスティーヌがうまくいったとしても、自分たちがどうにかできるとは思えない。二人は特別というか、特殊だ。
「あら。暗号はダメ?」
「そうじゃなくて・・・手紙の内容だよ」
「だって、それしか書いてなかったのよ。内容も何も、ないでしょう?」
「・・・うーん?」
エヴァを見てみると、案の定、素知らぬ顔のままだ。大方、埒があかなくて、男性に聞けばいいでもと言ったのだろう。
でもなんで俺?
女性関係ならアンドレの方が詳しいし、そもそも、俺は女性あしらいは得意でも、母と姉に当てられて、女性にほとんど期待などしていない。俺は誰かに恋い焦がれたことがなく、その文意は理解できても、ニヤつけるほど自分に反映できる経験もない。
察するに、他に手の空いている人がいなかったのだろう。例えば、ブリュノ殿に聞いていい話じゃない。
まぁ、ただ、二人に当てられるのは気分の悪いことじゃない。
セレスティーヌから脇目も振らず、目も当てられないほどに熱烈なルイは、品行方正なルイでもやっぱりおかしくなるんだなと、ホッとするし、昔から遠回しでもアプローチを怠らなかったルイが、堂々と正面からアプローチしたところで、慣れきっているセレスティーヌには暖簾に腕押しなのかと思うと、なんだか滑稽で、可愛くすら思えてくる。
言葉を濁した俺に、セレスティーヌは少し俯いて、ちらりと目をのぞかせた。
「どう思う?」
うん、それ、可愛いからね。頼むから、免疫ないその他大勢の男性にやってくれるなよ。
俺はため息をついた。
「違うと思うよ。大方、犯人はアダムだろうね」
「アダム?」
「ルイが思わず書いてしまった書き損じだろう」
「・・・送るつもりがなかったってこと?」
「そりゃそうだ。俺も従者にやられたことがある。姉宛の・・・まぁ、謝罪文で、結果は良かったけど、冷や汗かいたよ」
「そういうもの?」
「ま、実際は、しちゃいけないことだよ、もちろん。でも、信頼関係があって、必要だと思えばね、してしまうこともあるだろうし、こっちも許しちゃうよね」
「まぁ・・・でも・・・そんなことでは困るわ・・・」
「アダムがルイのためにしたとしたら、構わないだろう?」
「でも、私の時にそんなことされたら困るわ」
「いや、いくらなんでも君にはしないと・・・」
言いながら、エヴァと目を合わせて軽く睨む。いい加減にしたらどうだ。すると、エヴァはクスクスと笑った。
「だから、言ったでしょ、セーレ。手紙はそのままの意味なんだって。ねぇ、クロード」
「・・・だと思うよ」
「そう? ルイにはようやく綺麗だって言ってもらえたけど、・・・よくわからなくて。・・・遠征の時はね、会いたいって思ったらしいの。でも、今は数日に一回は会ってるし、ルイが会いたいなんて思う必要なんてないし」
思う必要がないって、どういうことだろう。セレスティーヌは時々、独特なものの考え方をする。
「・・・毎日でも会いたい、ってことでは?」
「毎日? ルイが?」
「逆に聞くけど、セレスティーヌはどうなの?」
「どうって・・・」
「毎日会いたいとは思わないの?」
「思うわ。でもルイは忙しいし、そんなこと思う暇はないと思うんだけど・・・」
「忙しい方が思うものさ。会えないと不安になるものだし、自分のものだと言えるほど、自信なんてないんだから」
俺は言いながら、思わずエヴァを見てしまった。目が合い、俺はふと視線をそらすと、俺はセレスティーヌに微笑んだ。
「ルイが毎日仕事に励んでいられるのは、セレスティーヌがいるからだし、会える日のために指折り時間を数えて楽しみにしているんだから、そう言ってはかわいそうだよ」
「そうなの? 会いたいのは私ばかりだと思っていたわ」
へぇ。信じられない。考えられない。
ルイの頭の中なんて、八割がセレスティーヌのことだ。前までは無理やり締め出していたようだけれど、今はだだ漏れで、どうしたらセレスティーヌが喜ぶのか、そればかり考えているんじゃないかと思う。
嘘を吹き込めるなら、部屋いっぱい花で埋め尽くしたら喜ぶよって言えたんだけどな。そのためにはうちの花をどうぞと買わせられるのだけれど。それを言うには、ルイのこともセレスティーヌのことも、知りすぎている。
すると、エヴァが呆れたようにつぶやいた。
「何言ってんだか。九割はセーレのことしか考えてないわよ、ルイは」
おっと。俺の認識不足。
「じゃ、手紙がそのままの意味だったら、・・・私がルイに会いたいって言っても、一緒にお出かけしたいって言っても、大丈夫だと思う?」
「それはもちろん、当たり前さ。嬉しくないわけがないよ」
「なら良かったわ。あのね、前にね、ルイにプレゼントをしたいって言ったでしょう? 刺繍もうまくいかなかったし、買い物もできなかったけど、何かしてあげたくて・・・」
言いながら、セレスティーヌは言葉を濁した。
『何か』じゃないな。具体的に考えてることがあるのだろう。俺が解決できることならいいんだけど。
「”何か”って、何を?」
「あの、・・・ルイって、街歩きは嫌いなのかしら」
「・・・特に好きではなさそうだな。騎士学校の寮にいた時も、そんなに行ったって聞いたことはないし。なんで?」
「あの、・・・マーケットの方に行きたいっていうと、嫌がるから・・・」
「あぁ、まぁ、そうだろうね・・・」
セレスティーヌが一人で街歩きして寝込んでから、ルイは神経質だ。俺は詳細は知らないけれど、セレスティーヌほどの身分なら、当然のことだと思う。
「どうしていきたいの?」
「クロードの・・・ドゴール花園に、行ってみたいの。私が行っても問題ない?」
「花園に? もちろんいいけど、それがなんで・・・あぁ、マーケットに近いからか」
花園がそこにあるのは、広い敷地と、幅広く意見を言ってもらうには、そのあたりが一番良かったからだが、身分に拘らず、幅広い間でデートスポットになるとは思っていなかった。
「その話は、したの?」
「まだ・・・してない」
「するといいと思うよ」
「ルイは怒らないかしら?」
「そういうことなら、喜ぶさ。心配なら、君たちが行く時間、人払いを徹底するよ。それくらいはできるからね。俺に教えて貰えば」
まぁ、その時間のことは俺たちに筒抜けになって、からかいのネタになることは間違いないが、ルイは苦渋の決断で選ぶだろう。
セレスティーヌが喜ぶのであれば。ぜひやってもらいたい。からかって遊びたいものだ。
「その時に、ずっとルイのそばにいて、ピッタリとくっついて、甘えてみるといい。ルイは喜ぶよ」
「それだけで?」
「ルイだったら・・・自分からじゃなくてセレスティーヌが甘えるっていうのがミソだ」
「ふぅーん・・・そういうもの?」
「そういうものさ。なぁ、エヴァ?」
「え? 私?」
エヴァがきょとんとした顔で目をパチクリとさせた。
「私は・・・そりゃ、セーレが甘えてくれるのは嬉しいけど、・・・普通でいいわ」
「いやいや。君だって恋人に甘えることくらいあるだろうよ」
「ないわ」
「ないの?」
「私、恋愛には興味がないもの。結婚だって」
「えっ、あんなにモテるのに?」
俺は驚いて、思わず声をあげた。すると、セレスティーヌがさらに驚いて目を輝かせる。
「まぁ、知らなかったわ、エヴァ。モテるの?」
「クロード! モテてなんかないわ! みんな仕事の話を聞いてるだけよ」
言いながら、エヴァが真っ赤になった。
しめしめ。少しは恥ずかしくなればいい。俺にルイの手紙の説明なんてさせるからだ。
俺は思ったが、それより多少、エヴァが実際、結婚や恋愛をどう考えているのかは気になった。まぁ、俺には関係のない話だけど。
「セレスティーヌ、次にルイに会うのはいつだい?」
俺が聞くと、すごく嬉しそうにはにかみながら、セレスティーヌは答えた。
「明後日よ。明日来たかったけど、仕事がとても忙しいのですって」
不満そうにしながら、晴れ晴れとしているそのセレスティーヌの笑顔を見て、俺の顔は自然とほころんだ。
無垢なままでいてほしいわけじゃない、でも、彼女の可憐さと純真さが、心ない誰かに手折られることなく、ルイと幸せになりますように。
で、この後、”愛しい人と呼ばれる日まで”になります。
でも結局、セーレが誘ったのは花園ではなくてお茶会でしたが。




