63 綺麗な婚約者
「それは好奇心? それとも、忠誠心?」
ルイが尋ねると、アガットは少したじろいだ。
それを尋ねられるとは思ってもいなかったようだった。私も思っていなかった。だって、アガットは私とルイのことをからかうのが好きだし、私もそれを楽しんでいたから。・・・時々、ちょっと怒ったりもしたけど。理由なんて、考えたことがない。
「もちろん、忠誠心でございます、ルイ様」
アガットの言葉に、私は目を見張った。アガットが私たちの話を聞く時の気持ちなんて、好奇心以外に思いつかなかった。警備や警護は彼女の仕事ではないのだし・・・一体どうして?
ルイが首を傾げた。
「それはどうして?」
「私は・・・とても反省しておりますので。セレスティーヌ様が家から抜け出してしまったのは、私のせいですから」
「アガット、」
シドニーが窘めたが、アガットは首を横に振って、うなだれた。
「旦那様はお咎めなしとしてくださいましたが、私は一生、忘れることはできません。私は一番おそばにいたのですから」
「まぁ、なんてことを言うの」
アガットの言葉に、私はすっかり慌ててしまった。けれど、アガットが真剣な顔で私を見据えた。
「事実ですわ、お嬢様」
「いいえ。だって、私が勝手に抜け出したのよ。あなたに見つからないようにしたんですもの。わからなくて、当たり前なのよ」
「ですが、いくらお仕着せを着ていたからといって、お嬢様の顔もわからないようでは、この家に勤める使用人として、解雇されてもおかしくはありません」
私がオロオロとしていると、ルイが静かにアガットを呼んだ。
「アガット、尋ねて悪かった。確かめたかったんだ。これまでと随分違うんだから、聞きたくもなるよ」
「何が違うの?」
「俺に対する態度も、緊張感も何もかもさ」
「そんなに違ってた? ・・・気づかなかったわ」
「だって俺はアガットの大事なお嬢様を奪う”敵”だったからね。今までも、これからも。違うかい? アガットは誰よりセーレが大事なんだ。みんな知ってる。だから解雇されなかった。そうだろう?」
ルイの言葉に、アガットがパッとルイに向いた。
「いいかい、アガット、解雇はされていない。つまり、これまでの君の功績、セーレの侍女としての功績は認められていて、今後も君に期待しているということだ。そして、誰も解雇されなかったことについては、ヴァレリー公爵が調査の上の結論として、君たちに責任を取らせるわけにはいかないと判断されたということだよ。それとも、本当は君や誰かの責任なのか? わざとセーレを見逃したり、誘導したりしたのか? 違うだろう? 解雇しないのは、ヴァレリー公爵のご判断が間違っていると、君はそう思うのか?」
いつもと違って、毅然というルイを、アガットは怯えたように見た。
私も思わずルイを凝視してしまった。でも、アダムを盗み見る限り、珍しくないことのようで、これはきっと、ルイの仕事モードに違いない。
「・・・いいえ、そんなことは」
「だったら、きちんと結果を受け止めることだよ。君だけのせいではない、みんなが今後、注意をすることだ。セーレ自身も。そうだろう?」
最後、ルイの顔は私に向けられていた。私は慌てて頷いた。
「そ、そうよ、アガット。私、わかっていなかっただけなの。あなたがそんな風に思うなんて、・・・私・・・」
「お嬢様・・・」
アガットが目を潤ませて、私を見た。
アガットがそんな風に思っていたなんて、私はちっとも知らなかった。
いつも明るくて、元気でいてくれたから・・・それもきっと、私のため。私、アガットに気を使わせていたのね。それなのに、甘えてばかりいたんだわ。
ルイは立ち上がり、私の肩にそっと手を置いた。その手のぬくもりを感じて、私はホッとした。
「ヴァレリー公爵の処置には、甘いという声もあったのは確かだよ。でも、私はヴァレリー公爵の判断を支持したいし、私もそんな判断ができればと思う。・・・まぁ、そんな場面はない方がいいのだけれど」
振り返ると、目が合ったルイが微笑んだ。なんだかとても心強い。落ち込んだ私の気持ちを、ルイはわかってくれているんだ・・・
「アガット、私がちゃんと、刺繍をしていればよかったんだわ。もし、あの寝込んでいた間が、そっくり刺繍の練習になっていたら、もしかしたら、もっとずっと上手くなったかもしれないのに」
私は言いながら、そういえば、刺繍をしたハンカチはいったいどこへ行ったのか、しばらくわからなかったことを思い出した。
捨てられていると思って興味もなかったけど、アガットから聞いたことによると、ルイが大切に持っているらしい。毎晩うっとり見ては、頬擦りしているというのは、多分アダムの冗談だと思う。あんな拙い刺繍、ポット敷きにしたって見栄えが悪い。
「ルイ、私の刺繍したハンカチは」
私が言いかけると、ルイが手で遮った。
「返せと言われても返さないよ」
「そんなことは言わないけれど・・・使ってるの?」
「使ってるけど・・・当たり前だろう?」
ルイがきょとんとした顔で首を傾げた。
本当に頬擦りしているのかとても気になる・・・それはそれでちょっと面白いし、見てみたい気もするけれど、きっと言ったら怒られるのだろう。多分、アダムが。
「もし気に入って使っているのなら、・・・また作ってみようかな、って・・・あまり上手じゃないけれど」
「本当か? それは嬉しいな。もちろん、無理して欲しくないから、気にしなくていいからな? セーレが俺のために作ってくれるなら、なんだって、いつだって嬉しいんだから」
「そう? なら・・・やっぱり、言って欲しいわ」
「・・・何を?」
「さっきの・・・セリフを、ゆっくり」
「ゆっくり?」
「ええ。ダメ? それなら、絶対に刺繍のハンカチを作るわ」
刺繍のハンカチ一つで釣れるとは思っていないけど・・・
「わかった」
なんと。釣れた。
「アガット、さっきのは合ってるんだよな?」
「は、はい」
「安心してくれ。君のことで、公爵閣下に俺が文句を言うことはない。そうだとも、気にしなくていい、例え、セリフを全て復唱されたとしてもな・・・」
ルイの諦めたような口調に、アガットが思わずといった様子で、クスクスと笑う。
私も思わず口を出した。
「随分と寛容なのね。アガットはどこでも聞いているわよ」
「そうはいっても、セーレの害になるようなことはしないだろう? それに、セーレはアガットを信頼しているからな。できれば、アガットにはずっとセーレについていてもらいたい」
「まぁ」
私たちが言葉を失っていると、ルイは悩むように顎に手をやった。おそらく、セリフを考えているんだろう。しばらくすると、何度か頷き、指を何度も折り直す。
「覚えられた?」
私が尋ねると、ルイは少し息を吐くと、私に向き直った。
「セーレ」
「はい・・・」
私は息を飲んだ。ルイが私をまっすぐに見てる。
金色の髪がサラサラ揺れて、紺碧の瞳が輝いて、なんて綺麗なんだろう。
「君は誰より綺麗で、」
ルイは私に手を伸ばした。
「俺の好みをわかっていて、」
そしてゆっくりと私を引き寄せる。
「いつも美しくて、」
ため息をつくような声が、いつもよりやけに心地いい。
「よく似合うドレスを着て、」
言いながら、ルイは私のドレスを背中を上から下へ、ゆっくりとなぞった。
「優しくて可愛くて、」
そこで言葉を一度区切って、少し考えた。
「・・・時にまるで女神のように崇めたくなったと思うと、小さな子供のように無邪気で、」
思い出したかのように続きを言うと、私の頬をさらりと撫でた。
「決して飽きない、俺の最高の婚約者だ」
うっとりとする笑顔が、今日は特別に素敵だ。
「・・・こんなに綺麗な婚約者を持って、俺は本当に、幸せだ」
言うと、ルイはぎゅっと私を抱きしめた。
私はルイの腕の中で考えた。
勝負に勝った、でもそんなこと、どうでもよくなってしまった。
私より綺麗な人はたくさんいるし、ルイの好みなんてまだよくわからないし、いつも美しいわけじゃないし、似合わないドレスを着てる日もあるし、性格もいいとは言い難いし、ルイが私のどこに魅力を感じているのかわからないけれど、・・・飽きないと言われるのはすごく嬉しい。
「私もよ。私も、ルイに飽きたことなんて一度もないわ。いつも、いつでも、ずっとよ」
私の反応に、ルイは複雑な顔をした。
「・・・そこ?」
それでも、私がルイを抱きしめると、ルイは同じように抱きしめ返してくれた。
丁寧に、とても優しく。
私は、今度こそようやく、ルイの本当の婚約者になれた気がした。
タイトル回収できたので、ここで一旦、完結といたします。
読んでいただきまして、ありがとうございました!
とはいえ、おまけの話など、いろいろ書きたいので、まだ続きます。
そして今後、ドゴール夫人のお茶会、社交界デビュー、領地への旅行・・・と、考えていたエピソードがまだありますので、構想を練って、また続きを書きたいと思っています。
よろしかったら、その時にまた、セーレとルイにお付き合いいただけると嬉しいです。
充電中は、書き途中の連載の方を進める予定です。
こちらでは、しばらくは、ぼちぼちとおまけ閑話の更新予定です。




