62 全て叶えたい
私が言いながら抱きつくと、ルイは目をパチクリとさせていた。
「・・・ルイ?」
息を止めていたようで、次の瞬間、はぁぁぁぁ、と長く息を吐き出した。
「・・・どこでそんなセリフ覚えてきた」
ルイがかすれた声で、唸った。
「覚えたわけじゃないわ」
ただ、それらしきアドバイスはもらった。
「それじゃ、セーレが本当に俺をそう思ってくれているということ、・・・だよな? それは・・・嬉しい、というか、なんというか、・・・」
ルイが視線を泳がせ、頬を赤らめながら、言葉を濁した。
そんな表情もするのね。意地悪じゃなくて、皮肉っぽくなくて、恥ずかしそうで、幸せそうで、・・・なんだか調子が狂うわ。
まじまじとルイを見つめながら、私はよく考えた。
みんな、よくわかっているんだわ。
本当かどうか怪しかったけれど、この反応を見る限り、間違ってはいなかったらしい。
しばらくは、みんなからアドバイスをもらいながら、ルイと話をしたほうが良いのかしら・・・
「・・・なんだよ」
ルイが私の視線に気がついて、少しふてくされた。
「私、ルイのこと全然知らないんだなって、思ったの」
「そうか?」
「ええ。だって、私、ルイが私をどう思ってるか、わかってるつもりで、何もわかっていなかったんだもの」
「そうだな、俺も・・・知らなかった」
ルイはクスリと笑った。
「なぁ、・・・セーレ、俺の一番の望みを知ってる?」
言うと、ルイは真正面から私を見つめ直し、うっとりと目を細めた。そして私の顎をそっと指で引っ掛けて、動けなくした。ルイの紺碧の瞳に私が映り、その私がどんどん大きくなっていく。
「いいえ?」
「・・・セーレの望みを全て叶えたい」
「全て?」
「そうだ。俺ができることは、全て」
目を閉じたルイの小さな呟きに、私はクスリと笑った。
「・・・もう叶ってるわ」
だって愛しい婚約者が、誰より素敵な婚約者だと、私のことを言ってくれたんだもの。
ええ、そう、すごく早口だったけれど。
何を言っているのかわからないくらいに。
ルイって時々、本当に決めどころを外すんだわ。
まぁ、そんなところも大好きだけど。
・・・本当に、すごく、早口だったわ・・・叶えてくれるというのなら・・・
私がルイの長いまつげに見とれていると、ルイがふと気がついたように目を開けた。
「セーレ?」
言いながら、ルイは不思議そうに私を見た。唇が重なりそうで、重ならない近さだ。ルイの指が私の顎をそっと撫でる。
「どうした?」
言われても、私は黙ってルイの目をじっと見た。ルイがびくりと身を引いた。
叶えてくれると言うのなら。
「それじゃ、もう一度、言ってくれる?」
「何を?」
「さっきの長ーいセリフ」
私がにこりと笑うと、ルイは少し考え、首を横に振った。
「・・・もう覚えてない」
「少しずつでいいの。ゆっくりでいいから、もう一度、言って?」
「無理だって」
「あら。望みを叶えてくれると言ったわ。ルイが全て叶えてくれるんでしょう?」
「それは言ったけど・・・! そういう意味じゃない」
「じゃ、どんな意味?」
「それは・・・その・・・俺ができることで」
「できるじゃない。今言ってくれたことを、もう一度言ってくれるだけよ」
「いや、でも・・・もう一度言うなんて無粋じゃないか? こういうのはその場限りだからいいのであ」
「愛しいルイ、大好きだから、もう一度言って?」
ルイの言葉に私が被せるように言うと、ルイは唖然として私を見た。
これじゃ、ダメかしら? 言い方を変えてみよう。
「ルイ、・・・愛しいあなたに言ってもらわなければ、意味がないの」
言いながら、私は手を胸の前で懇願するように合わせた。急に反撃し始めた私にルイが戸惑っている。
・・・もう一押しかも?
「ル」
ルイに駄目押しをしようと名前を呼びかけて、私は首を傾げた。どうも、震えている気がする。みると、ルイは両手を宙に浮かせたまま、ぎっちりと拳を握っていた。
「・・・何してるの」
「耐えてる」
私の問いに、ルイは目を瞑ったまま、手早く答えた。
「何に?」
「”困らせない・同意を得る・欲しがり過ぎない”」
「・・・はぁ、・・・」
何かの教えだろうか、規則だろうか。仕事上の規範かも?
「俺は大いに反省してるんだ。俺を覚えていたと知った時、誓ったんだから。衝動的に行動しない。絶対に」
「そんなに言いたくないの? さっきのセリフ。『誰より綺麗で』・・・えーっと、・・・『飽きない』、婚約者って」
「覚えてるじゃないか」
「他にももっと言ったでしょ。でも、早口でわからなかったんですもの」
私が口を尖らすと、ルイは私の頬を撫でながら、困ったように眉をひそめた。
「だからって、もう・・・本当に覚えてないんだよ」
そんなルイに、私は任せて、と言いたげに、胸に手を当てて、立ち上がった。
「それなら大丈夫。アガットなら覚えてるかもしれないわ」
「は?」
「アガット、入ってきて」
私が声をかけると、バツが悪そうにアガットが入ってきた。そのあとに、アダムとシドニーも一緒だ。
「ね、アガット。ルイが言ったこと、覚えてるでしょう?」
「・・・言ってよろしいのですか」
「だって侍女が主人を守るために、耳をすませるのは当然・・・なんでしょ?」
言いながら、私はアガットにウィンクした。
本当のところ、そこまで当然だと思っているわけではないし、アガットを叱る時もあるけれど、今回はきっと聞いているだろうと思っていたから、問題はない。ルイには悪いけど、アガットはだいたいそうなのだ。
「・・・えぇっと、はい、聞いておりました。覚えております」
「それを教えてくれる?」
「いいのですか?」
「ええ、ルイに覚えてもらうわ」
「そんなことして大丈夫なんですか・・・ルイ様、恥ずかしくて憤死してしまいませんか」
割と本気で心配そうにしているアガットの言葉に、私がルイを見ると、ルイは憮然とした顔でアガットを見返していた。
「本当にわかるのか?」
「では、お聞きくださいませ。それから判断なさってもよろしいですわ」
「よし、言ってみてくれ」
アガットは頷くと、口を開いた。
「『誰より綺麗で、俺の好みをわかっていて、いつも美しくて、よく似合うドレスを着て、優しくて可愛くて、時にまるで女神のように崇めたくなったと思うと、小さな子供のように無邪気で、決して飽きない、俺の最高の婚約者だ』」
「ほら、アガットはすごいでしょう?」
私には、本当にあってるのかわからないけど。
ルイは特に疑う風もなく、真面目な顔で首を傾げた。
「すごい・・・けど・・・俺、そんなこと言った?」
ルイの言葉にアダムとシドニーが黙って頷き、ルイは苦笑いをした。
「みんなで聞いてたのか」
「もちろんでございますわ」
言ったアガットの目が、キラリと輝いた。




