61 褒め言葉
私は目の前のソファに座るか、ルイの隣に座るかしばし考えながら、ルイを見た。
「・・・ねぇ、ルイ、もしかして、何か言うことがあるんじゃない?」
私が様子を伺うように言うと、ソファに座ってティーカップに口をつけたルイは、警戒した表情をした。
「何?」
「ほら・・・ドレスがどうとか?」
「ドレス?」
ルイは不思議そうな顔をして、ティーカップを置いた。
「言ってなかったか?」
「聞いてないわ」
「そんなに言って欲しい?」
「言って欲しい!」
私が勢い込んで言うと、ルイは少し拗ねたように唇を尖らせた。
「そうか。そうだろうな。・・・待たせて悪かった」
そう言ってルイは、一拍置いて、私をゆっくりと自分へ引き寄せた。
「セーレのために作ったドレスを、本人に着てもらうのは、嬉しいものだな・・・」
言いながら、ドレスのドレープをなぞる。
「俺は幸せ者だ」
そして、とても丁寧に、私を自分の膝の上に乗せた。
なるほど。とりあえず、さっきまで私が悩んでいた、ルイの隣に座るか、向かいのソファに座るかという問題は解消した。ルイの膝の上だ。
今度からここに座れば悩む必要もないか・・・でもあんまりにも図々しかもしれない。毎回膝に座るなんて、ちょっと、ねぇ? あ、でも、二人でいる時なら大丈夫かしら?
私が考えている間に、ルイは私の頬をゆっくりと撫でた。
「よく似合うよ、今日のドレスも。いつも、・・・いつでも、セーレは綺麗だ」
・・・わぁお。
ようやく!
ようやく言ってもらえた!
「まぁ、ルイ!」
私は言って、ルイに抱きつこうとしたのだけど。
でもなんだろう。
・・・物足りない。
「足りないわ」
「え?」
「なんていうか・・・もっと褒めてくれてもいいんじゃないかしら・・・?」
「そ、そうか・・・?」
ルイが戸惑っていたのは、私が甘えたわけではなくて、真剣に悩んでいたからだと思う。
そして、私は多分、言われた場合のことをシミュレーションしすぎて、結局、満足できなくなってしまったらしい。つまり、私も少しばかり混乱していた。
そんな私を前に、ルイは少し考えて、わかったように頷いた。
「俺はもっと、セーレに伝えるべきだったんだから、足りないのは当たり前だな」
そして、ルイは意を決したように息を吸い、低い声で従者たちを呼んだ。
「アダム、シドニー、アガット」
「はい、ルイ様」
アダムが代表して返事をした。
「頼む、ちょっとだけ席を外してくれないか」
すると、シドニーは、顔色も変えず、何事もなかったかのように、すぐに従って準備を始めたが、アダムとアガットは顔を見合わせた。とはいえ、アダムはもともとすぐ出て行く予定だったようで、すぐに下がっていく。
アガットが口を開こうとして、シドニーがそれを遮った。そして、首を左右にゆっくりと振る。アガットは残念そうに肩を落とした。
程なくして人払いはされて、アガットの努力の結晶、半開きのドアを残して、居間には私とルイだけになった。
私はルイの膝の上にちょこんと座っているだけで、空間は二人が別々に座るよりずっと広く感じた。
「・・・よし」
ルイはつぶやくと、何度か深呼吸をしてから最後に深く息を吸い、私の頬に顔を寄せた。
「綺麗だよ、セーレ」
耳元で囁かれる甘い言葉は、とてもくすぐったかった。
「誰より綺麗で、俺の好みをわかっていて、いつも美しくて、よく似合うドレスを着て、優しくて可愛くて、時にまるで女神のように崇めたくなったと思うと、小さな子供のように無邪気で、決して飽きない、俺の最高の婚約者だ」
あれ・・・?
え、えーと・・・なんて言ってたっけ・・・?
一気に言われて目を白黒させている私を見て、ルイは緊張した面持ちをした。
様子を探るように、じっと私を見ている。私が何度目かのまばたきをした時、耐えきれなくなったように、ルイは、残念そうな深いため息をついた。
「・・・足りない?」
「ううん、・・・そうじゃないわ・・・」
でも、とても早口だったから、よく聞こえなかった。
もう一度聞かせてもらえるものなのかしら。
ルイは私の考えをよそに、話を続けていた。
「でもずっと、そう思っていたんだ。ずっと言えなくて、・・・今日だって人払いまでしてるんだから、アダムもきっと呆れていただろうな、俺に」
「そうかしら?」
どちらかというと、アダムはホッとした顔をしていた気がするけれど。
「本当は、ティーワゴンだって、・・・もっといいタイミングを考えていたのに、・・・ティーワゴンを渡す時のセリフだって考えていたのに、結局、どうしたいのか忘れてしまった。自分でも、こんな自分が嫌なんだけど、セーレに何かしてあげようとしても、うまくいかないんだ・・・」
しょんぼりとして、叱られた犬のようなルイに、私は思わず笑ってしまった。
ルイは自分ができると思ったことは必ずやり遂げられる人だ。でも、やりたいと思ったことは、意外とできないことが多い。近衛騎士に抜擢された後、やめられないみたいに。
「いいじゃない。ルイらしいわ。私、ルイが意地悪で、優しくなくても、構わないんだもの。でももっと、お話ししましょう。なんでもないことで構わないの。ルイが楽しかったこととか、私が面白かったこととか」
「そうだな。もっと話をしなければな。時間はあるんだ・・・この先もずっと」
ルイが嬉しそうに目を細める。
「お仕事の話もね、ルイが話してくれるなら、楽しいわ。ええ、愚痴でもね」
私が少し嫌み気味に言うと、ルイは口を尖らせた。
「・・・別にいいじゃないか」
「いいわよ、もちろん。私たち、結婚するんだもの。だったら、時間はたっぷりあるんだから」
「まぁ、・・・そうだな」
「でもね、ルイは素直になることから始めないとね」
私がうふふと笑うと、ルイは声を上げて笑った。
「セーレはなんでもお見通しだな。俺は見捨てられないように気をつけないと」
「そんなことしないわ。だって・・・」
今まで怖くて言えなかったけれど、ルイが婚約破棄を決してしないと言うのなら。
私と同じように、一緒にいられるように、努力してきたというのなら。
負担にならないで、同情しないで、聞いてくれるかしら。
私は意を決して息を吸った。
「だってルイは私の・・・愛しい人だもの」
するとルイは、目を大きく見開いた後、顔を歪めた。
言うことを間違えたかしら。変なことを言った?
心配になってルイの顔を覗き込むと、思ってもみないことに、泣きそうになっている。
「ど・・・どうしたの、ルイ?」
「・・・言ってもらえるとは思わなかった」
「何が?」
「愛しい人なんて、・・・一生言ってもらえないと思っていた」
「どうして? ルイしかいないわよ? 本にはそう書いてあったわ」
私は言いながら、ハタと気がついた。
もしかして、これはもっと言えという催促なのでは。
そうよ、ルイのあれだけ長いセリフに匹敵する言葉を考えられないなんて、本当にルイを愛しいと思ってるか、わからないもの。
ルイのいいところ、私が素敵だと思っているところ、たくさんあるんだから。
ルイが私に思っているより、ずっとたくさん。
「だってルイは、とても優しくてかっこよくて、真面目で堅物で、でもそんなところが良くて、えぇーっと、いつでもうっとりするほど素敵で、・・・それから・・・」
足りてるかしら。私は悩みながら次の言葉を考えた。
あの時、エヴァはなんと言ったかしら。アンドレは? クロードは?
そう、ルイが喜ぶには・・・愛しい人だとわかってもらうためには・・・
「あなたと一緒に過ごす時間は、全部宝物なの・・・ルイ大好き」
エヴァたちが言っていた、ルイが喜ぶこととは、”あなたに会う日を待ち焦がれ”の章の、43を参照です。




