60 新しい事業と反省
その時、ドアが開き、執事のシドニーが入ってきた。
「ほ、本日、お・・・お紅茶は・・・こちらで嗜まれますか」
微かにしか気づかないけれど、いつになくシドニーが慌てた様子だ。その上、跪いているルイを見て、随分と混乱した様子をしている。シドニーにしては珍しい。
ちらりと視線を走らせると、アガットがホッとした顔で額の汗をぬぐっていた。
わざわざ急ぎで呼んだのかしら。
「ええ、ありがとう、シドニー。こちらへ持ってきて」
私がルイを立つように促しながら、笑顔でシドニーに返事をすると、シドニーは自分を取り戻したように頷き、振り向いた。
「それでは、アダムさん」
「アダム?」
私が首をひねると、シドニーの言った通り、アダムが華奢な銀のティーワゴンを押して入ってきた。
「・・・ティーワゴン? こんな素敵なの、うちにあった?」
アダムが微笑んだ。会心の笑顔はキラッキラだった。眩しいわ。
「ルイ様からのプレゼントでございます。セレスティーヌ様へ」
「どうして?」
私が振り向くと、ルイは照れ臭そうにそっぽを向いた。
「セーレ専用のティーワゴンがあったら、喜ぶかと思って・・・気に入りそうなのを探したんだ。気に入った?」
すごい。私が欲しいと思っていたの、なんでわかったのかしら。
「ええ、・・・ええ、もちろん! とっても素敵。ワゴンの上の花も、・・・これはチューリップ?」
「ああ。クロードのところで品種改良したばかりの花だよ」
「まぁ、これが・・・、ルイに舞踏会を代わってもらってでも確認したかった花ね!」
言いながら私は不思議に思った。このフレーズ、どこかで誰かが言っていたような気がする。それか、自分が思ったか。・・・どうだったかしら?
「でもそっちはメインじゃないよ。回復祝いにみんなで集まった時、ショーンは来られなかっただろう? だから、そのお詫びとして、砂糖菓子を送ってくれたんだ」
「まぁ。あの時も美味しい紅茶をいただいたのに、そんなに気を使わなくたって」
「ショーンなりに気にしてるんだろ。是非とも、セーレにって」
言いながら、ルイはアダムに指示をした。アダムが静かに皿から蓋を取った。
そこには、宝石の乗った砂糖菓子が煌めいていた。
ミモザに似せて作った砂糖菓子の上に、小さい同じ大きさのトパーズとダイヤモンドの粒が交互に並んでいる。その中央に、小さなアザミの花の砂糖菓子があり、花にはアメジスト、葉にはエメラルドの、小さな宝石の粒が散りばめられていた。
「まぁ・・・! ・・・アザミとミモザ! うちとルイの家の文様ね。なんて素敵なの・・・!」
「ドミニクがデザインしたんだって」
「ああ、ドミニクって本当に才能があるのね。ショーンもこんなこと思いつくなんてすごいわ。この宝石は食べられないわよね?」
「うん。でも、上に乗っているだけだから、すぐに外せるんだ。これをショーンの店に持っていけば、加工してもらうことができる」
「考えたわねぇ。誰でも行けるの?」
「基本的にはね。あいつ、この宝石加工専用の店を開いたんだ」
初耳だ。だから最近、忙しそうにしていたのか。
「ショーンが?」
「うちも少し出資したよ」
「どんなお店なの?」
ルイは考えるように顎に手を当てた。
「まだ見に行ったことはないけど・・・多分、ヴァン・パリスのような店より、ずいぶん地味なんじゃないかな。店構えはシンプルにしたみたいだよ。宝石だから盗まれるのを懸念して、展示も抑え気味にして。ペンダントヘッドか指輪にする方々がメインだから、台座を決めるだけで、シンプルなデザイン画があればいいみたいだし。ショーンの家が店舗を構えるのは初めてだけど、安めのライン展開だから、逆に貴族からの反発はないみたいだったな」
私は感心して、ほぅ、とため息をついた。
「みんな頑張ってるのね」
「今度、一緒に行くか?」
「いいの?」
「もちろん。一人で行きたくなっても、我慢してくれ」
「それは大丈夫よ、もうしないわ」
私は言いながら、ここしばらくのことを思い出していた。
寝込んでいた間、かなり忘れてしまった最近の出来事も、毎日を過ごしているうちに、だいぶ思い出していた。出来事を、ひとつひとつ、母様やルイやエヴァたちが聞いてくれたので、間違っていることはあまりないはず。
曖昧なのはお茶会の時からだけれど、スティーブにいきなりプロポーズされたのも思い出したし、ルイのお見舞いに行ったことも思い出した。ルイが約束したという、領地への旅行の話をしたのも、みんなで話したのも、刺繍をしていたことも、街へ一人で出かけたことも思い出した。
・・・街へ一人で出かけたことは、すごく反省している。
ジネットはできても、私にはできないことなんだろう。それを言うと、ジネット自身も、いきなり一人では街へ行くことはなかったと教えてくれた。何度も誰かと足を運んで、それも信頼できる人を選んで行っていたのだと。無謀だったことを、とても反省してる。
そのことで私は寝込んだわけだし、それを思うとどうにも怖くて、一人で出かけたいとは思わなくなった。でも悔しいから、ルイには言ってない。
でも、寝込んだ直接の原因については、相変わらず、記憶が曖昧だ。寝込んだ間に忘れてしまったのだから、思い出せないならそれでいいと、みんなは言ってくれるけれど、何かやらかしていたら、本当にとんでもないことだと思う。ルイもよく私を見放さなかったものだ。
「どちらにしろ、これじゃ足りないわ。そのお店で作ってもらうのは、この宝石だけなんでしょう? 新たに宝石を加えてもらうなら、やっぱり、ショーンに言わないとならないと思うの」
「何を作るつもり?」
「ブローチよ。ショーンには、この砂糖菓子を再現してもらうわ」
「こ・・・この砂糖菓子の図を? こんなにたくさん、同じ大きさの粒を揃えられるのか・・・?」
ルイの独り言のようなつぶやきは、興奮していた私にはほとんど聞こえず、私はただ、前のめりにルイに話しかけていた。
「もちろん、もっと小さい図案にしてもらうわ。アクセントにこの石を使うの。どう?」
「ふーん。よく考えるものだな」
「ルイにはちょっと難しかったかしら」
感心していうルイに、私は得意げに言った。すると、ルイが心ここに在らずといった風につぶやいた。
「まぁ、俺はセーレが作りたいならなんだっていいよ。セーレが笑顔なら、俺は幸せだ」
私が思わず見ていると、きょとんとして、付け加えた。
「いいものができるといいな」
ルイって、何も考えてなさそうな時の方が、多分きっと、素直なんだと思うわ。
私は笑顔云々を指摘するのをやめて、ミモザの砂糖菓子をチョンとつついて、菓子に向かって囁いた。
「あなたのご主人は、私が思ってたよりずっと、素直じゃないのね」
「何って?」
「ううん、なんでもないわ」
私は笑い、ルイはうっとりと目を細めた。でも、やっぱり心が何処かへ飛んでいる。
「ルイ、ひとまず、お茶にしましょうか」
私の声かけに、ルイは驚くほど素直に従った。
「ほら、座って」
私が言うと、ルイはそのままソファに腰を落とした。そのあとすぐにシドニーがやってきて、紅茶をティーカップに注ぐ。
ルイの目の前に湯気が漂い、私はそれだけで嬉しかった。
いつも嬉しいけど、今日は格別だ。
だって、ルイがこうして一緒にいてくれるのは、私のためで、私のそばにいるためだって、わかったから。全然素直じゃなくてわからなかったけど、それは私も同じだ。
私とルイはもっと、たくさん話をしなきゃならないんだわ。
例えば、相手を褒めたりなんか。
蛇足説明
ティーワゴン:トロリーワゴンやキッチンワゴンと呼ばれているものです。
基本的に木製で、装飾はトレイに象嵌などがされているものが多いです。
このセーレがもらったものは、取っ手や骨組みが良い感じの木製、トレイの部分がシルバー、サイドやトレイの脇にシルバーで細かい細工がしてあるような、繊細で可愛らしい、そういうのがあったら良いなと思ってイメージしています。




