58 もう一度、考え直して
あまり怒らせすぎて、お茶会に行ってくれなくなっては困る。私は名残惜しく感じながらルイから離れた。
ルイがホッとしたように肩を落とし、それでも私に手を伸ばしかけて躊躇した。
「俺も相当勝手だな・・・」
小さく呟いたのは、何の意味があるのだろう。『抱きつかれるのは恥ずかしいのに抱きしめたいだなんて終わってる』・・・何やらつぶやいていたけれど、全く聞こえなかった。
「何?」
「いいや。お茶会は久しぶりだな」
ルイが言い、私は頷いた。
「寝込んでからは初めてだから、緊張してしまうわね。でも、ルイが一緒なら大丈夫だろうってお父様が許可してくださったの。それに、私もルイと一緒がいいなぁって。本当はね、お医者様には、ブリュノ兄様がいいって言われたのだけど」
目が覚めてから順調に回復したけれど、外出が許可されたばかりで、事実上、まだ禁止されているようなものだった。当然、旅行も行けなかったし、このまま社交界デビューになりそうだ。
でも、こうしてルイも来てくれるし、友達も遊びに来てくれて、みんな、私が退屈しないように配慮してくれていた。寂しくはなかったけれど、キラキラしたものに手を触れたくなってくるのは当然だ。
そんな中、ドゴール伯爵夫人が、もし体調が良かったら、と主催するお茶会に誘ってくれたのだった。
「・・・あぁ、まぁ、・・・医者はそう言うだろうな」
ルイは渋い顔で目をそらした。どうも、私の医者とは相性が良くないらしい。
「身内がいいっていうのなら、別にルイだって構わないわよね?」
私が言うと、ルイは目を細めた。目がうっとりとして、なんだか眠そうだ。きっと疲れているのに、変なことを言うなと思っているのかもしれない・・・
「もちろんだ。セーレがそう思ってくれているのなら、嬉しいよ」
なんてことだろう。ルイはついに、私の欲しい言葉をくれるようになった。
でも・・・きっと、私のことがかわいそうなのだと思う。
まだお見合いの打診は止まらないし、寝込んでからあと自由に動けないし、考えるに、同情するしかない。その上、こんなに頻繁に会っていたら、私の考えることなんて、ルイにはすぐにわかってしまうと思う。私がルイからもらって嬉しい言葉なんて、推察するのは簡単だ。
「ルイ?」
私は思わず名前を呼んでいた。
「何?」
ルイが微笑んだ。
うっとりするほど甘い笑顔で、少しだけ私は見とれて、ぼうっとしてしまった。
ほら。甘やかして欲しいって、わかってしまうから。
ちゃんと聞いてみないとならないんだわ。
聞くのは怖いけれど、ルイがいなくなってしまったら、とても辛いけれど・・・聞いてみなければ。
何も言わない私に、ルイが不思議そうに首を傾げた。
「セーレ?」
ルイが穏やかに私を見る。
ルイはなんで婚約破棄するのをやめたのだろう、とか。
なんで正式に申し込んでくれたのだろう、とか。
昔みたいに、なんの気負いもなく、ただ仲良くしていた頃に戻りたいなら、やっぱり、こうして婚約を続けない方がいいのだろうか、とか。
こうして会いには来てくれるけれど、私をかわいそうに思っているだけなのなら、・・・
「あのね、・・・婚約破棄しても、いいのよ」
ルイの表情が一瞬で青ざめ、固まった。目の端で、今まで動かなかったアガットが突然飛び跳ねるようにして動いた。
「・・・は?」
「婚約破棄するって言ってたのに、結局破棄しなかったのは、ルイにとって、仮婚約は、他の申し出を断るための、虫除けだったからよね?」
「な・・・」
「私、ちゃんと考えたのよ。ルイは私のこと嫌いなんだと思ってたけど、正式な婚約をしてくれたんだし、違ってたのはわかったわ。でも、私がかわいそうだからって、私に同情しなくてもいいのよ。結局、綺麗だって言ってもらえてないし・・・私、勝負に負けてばかりだもの。ルイがドレスを好きなのはわかっているのに、ルイはデビュードレス選びにも口を挟めないし、意味ないんじゃないのかなって」
私はだんだんと落ち込みながらうなだれた。
「何の話だ? その話はとっくに・・・」
言いかけて、ルイは頭を抱えた。
「・・・そうか・・・覚えてるわけないな」
「何を?」
「俺が」
ルイは言いかけて、ふと止めた。そして、そのまま考えを逡巡させるように黙り込み、さらには立ち上がって、しばらくその場でうろうろと歩き回った。
「じゃ、反対に聞くけど、なんでセーレは断らなかった?」
「・・・私が断るって?」
私が断るはずがないのを、知っていたんじゃないの?
言われた言葉に、私が驚いてルイを見ると、ルイも驚いたように私を見た。
「俺の”正式な婚約”への申し込みだよ。正直、断られると思っていたから・・・ダメ元で、いつか破棄されるなら、お前に相手がいないうちにと、思っただけなんだ。俺以外の相手に向けられるだろうお前の笑顔を、突きつけられるのが怖くて」
私は首を捻った。言ってることが複雑に聞こえるのは、私の頭が悪いだけなのだろうか。ルイが何を言いたいのかわからない。
「受けてくれて、俺はセーレに嫌われていないことはわかった。・・・俺に嫌気がさしていたら、正式な婚約を受けたりしなかったはずだから。でも、聞きそびれてしまって、考えたけど、どうしてもわからなかった。俺はセーレを褒めもしなかったし、ろくに会話もしなかったのに、どうして?」
どうして?
答えは簡単だ、だってルイだから。
でも、なぜルイだからと聞かれたら、私はどう答えていいのかわからない。
ルイが嫌がるかもしれないもの。
私は動揺を隠すように立ち上がると、手を腰に当て断固とした口調で答えた。
「・・・会話? 昔は話したし、今も話してるわ。問題あるの?」
「ないさ、けど・・・」
「それに私、ルイの子供を産むって決めたでしょ。ルイの子供なら、きっと綺麗だって言ってくれると思って。うん、そう、私に似てても、もしかしたら」
ルイが言っている私の腕を掴んだ。びくりとして思わず口を噤んだ。
「セーレ、似てようが似ていまいが、俺とお前の子供なら俺は死ぬほど可愛がるし、お前のことだって可愛がる! 俺が話してるのはそれ以前の問題だ。仮婚約の間はそんなこと考えたことなかっただろ? お前が嫌なのなら、結婚だって、・・・子供だって・・・」
ルイの言葉が尻つぼみになっていった。私には訳がわからなかった。
「婚約しておいて、結婚しないつもり?」
「でも、・・・結婚したって、お前なら清い結婚を望めるし・・・」
「子供はいらないの?」
「欲しいけど!」
言いながら、ルイは私から視線を逸らした。
「・・・俺はずるいんだよ。好きと言ったって、子供の戯れ感覚だったことくらい、わかっていたんだ。その上、子爵夫人の肩書きをもらって、身分から、束の間解放されたいのを知っていたんだから」
ルイの言い分に、私は目を丸くした。
子爵夫人の肩書きって? 子爵夫人になりたいとは言ったことはあるけれど、それはルイが子爵を継ぐ予定だからで、それ以外に理由はないけれど?
むし返すセレスティーヌ。
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入れるつもりのない文が入ってたので、ちょっと削りました。




